ブルガリア・コプリフシティツァはまるで村全体が歴史美術館

| ブルガリア

| 旅の専門家がお届けする観光情報

ブルガリア・コプリフシティツァはまるで村全体が歴史美術館

ブルガリア・コプリフシティツァはまるで村全体が歴史美術館

更新日:2018/11/16 13:57

大里 康正のプロフィール写真 大里 康正 旅する写真家、タイと台湾に詳しい旅作家
ブルガリアには美しい村が多くありますが、中でも特にお勧めするのが「コプリフシティツァ」です。

村の様子はまるで全体が美術館。中心広場近くの歴史ある「オスレコフの家」はとてもぜい沢な作り。あまりに見事な青の生神女正教会。村で最初に一般公開された「カブレシュコフの家」。そのカブレシュコフの一発の銃声により、ブルガリアの歴史を変える「カラチェフ橋」。

土産物店の様子を含め、村の魅力を紹介します。
LINEトラベルjpなら、その旅行代LINEポイントで戻ってきます!対象はこちら

大金持ちで嫉妬された?オスレコフの家

大金持ちで嫉妬された?オスレコフの家

写真:大里 康正

地図を見る

コプリフシティツァ村の大金持ちであったネンチョ・オスレコフ。彼が1856年に建てた家が「オスレコフの家(Oslekov House Museum)」として、一般公開されています。彼の仕事は税の取り立てでした。現代の感覚からすれば、税を徴収する人が大金持ちになるとは考えにくいこと。

それは当時も同じだったようです。「オスレコフの家」の右側の家は色が異なっていますが、実はオスレコフがこちらの敷地を買い取り、自分の家を左右対称の作りにする予定でした。しかし、家主は断固断ったという経緯が。地元の人の話によると、大金持ちなのが気に入らなかったと伝わっているのです。

大金持ちで嫉妬された?オスレコフの家

写真:大里 康正

地図を見る

敷地内に入ると、まるで村の雰囲気を象徴するような美しさが伝わって来ることでしょう。

大金持ちで嫉妬された?オスレコフの家

写真:大里 康正

地図を見る

建物内は実にぜい沢。全てが立派な調度品であり、かなり高額であった当時のままのガラスが今も残されています。ガラスを仕切る十字の枠はまるで十字架に見える美しさ。

調度品から小物や日用品まで、その全てがとてもぜい沢なオスレコフの家は見どころ満載です。

<オスレコフの家の基本情報>
住所:ul Gereniloto 4 Koprivshtitsa
電話番号:+66-359-87-817-5613

トドール・カブレシュコフが眠る青の生神女正教会

トドール・カブレシュコフが眠る青の生神女正教会

写真:大里 康正

地図を見る

オスレコフの家から、美しい村の様子を眺めながら坂を上がって行き、数分で到着する青があまりに美しい生神女正教会。

トドール・カブレシュコフが眠る青の生神女正教会

写真:大里 康正

地図を見る

生神女とは正教会において「聖母マリア」を意味しています。

トドール・カブレシュコフが眠る青の生神女正教会

写真:大里 康正

地図を見る

トドール・カブレシュコフ(Todor Kableshkov 1851年-1876年)が眠るのがこの教会。

ところで、彼はどのような人物なのでしょう。後に4月蜂起といわれるオスマン帝国からの独立のきっかけがこのトドール・カブレシュコフです。そして25歳にして非業の死を遂げるのです。

<生神女正教会の基本情報>
住所:26 A, 2077 コプリフシティツァ
電話番号:+66-359-88-948-3769

村で最初に公開されたカブレシュコフの家

村で最初に公開されたカブレシュコフの家

写真:大里 康正

地図を見る

カブレシュコフの家(Todor Kableshkov House Museum)は、トドール・カブレシュコフが生まれた家。家の前には彼の銅像が拳銃を持って立っていますが、ここは多くの観光客が写真撮影をする場所。

村で最初に公開されたカブレシュコフの家

写真:大里 康正

地図を見る

カブレシュコフの家が一般公開されたのは1932年のことです。

村で最初に公開されたカブレシュコフの家

写真:大里 康正

地図を見る

1845年に作られたこの家は、村で一番最初の公開となっていますが、観光すると彼がいかに裕福な家庭で育ったかが伝わって来ることでしょう。

<カブレシュコフの家の基本情報>
住所:Todor Kableshkov Street 8, Koprivshtitsa 2077
電話番号:+66-359-71-842-054

LINEトラベルjpなら、その旅行代LINEポイントで戻ってきます!対象はこちら

「カラチェフ橋」でブルガリアの歴史を変える銃声

「カラチェフ橋」でブルガリアの歴史を変える銃声

写真:大里 康正

地図を見る

カブレシュコフの家から歩いて数分で到着するのが、町を南北に流れるトポルニツァ川に流れ込む川であり、そこに架かる石橋がカラチェフ橋です。

1876年4月20日、トドール・カブレシュコフが銃を発射したというのがこの橋。他にも複数のメンバーがいましたが反乱のリーダー格が彼でした。

実際に橋を見ると、とても小さく感じられるかも知れませんが、歴史的に重要であることに変わりはありません。

「カラチェフ橋」でブルガリアの歴史を変える銃声

写真:大里 康正

地図を見る

橋そのものは、4月蜂起よりも古く1813年のものですが、ここからの銃声により、やがてオスマン帝国への抵抗がブルガリア全土に広がっていくのです。これを徹底して弾圧しようとしたオスマン帝国ですが、そのやり方があまりに残虐であるとヨーロッパ各地で報道されることに。ブルガリアに多くの同情が集まることとなりました。

そして、ロシアがトルコに宣戦布告したのは翌年の1877年で露土戦争となります。4月蜂起から2年後の1878年に、ブルガリアは独立することとなるのです。

「カラチェフ橋」でブルガリアの歴史を変える銃声

写真:大里 康正

地図を見る

なお、カラチェフ橋からは川沿いに道を歩いて、中央広場に戻ることができます。冬季は足元に注意をしましょう。

馬に乗る少女と広場近くのお土産店

馬に乗る少女と広場近くのお土産店

写真:大里 康正

地図を見る

村を歩いていると、のどかな光景を見ることが出来るでしょう。親族に付き添われて乗馬の練習をする少女。

馬に乗る少女と広場近くのお土産店

写真:大里 康正

地図を見る

村のあちらこちらで見ることが出来る美しい石畳。観光のだいご味ではないのでしょうか。

馬に乗る少女と広場近くのお土産店

写真:大里 康正

地図を見る

そして中央広場付近では多くのお土産店やレストランがあり、観光の楽しみを更に広げてくれるのです。

歴史と美しさが同居するコプリフシティツァ村

ブルガリアの歴史に重要な意味を持つコプリフシティツァ村は、銃声が鳴り響いたとは思えないほどののどかな雰囲気。

村に残されている見事な建物や美しい景観は、出来るだけ長い時間楽しみたいものです。そして数あるお土産店に入り、お気に入りのブルガリアの小物を見つけて見てはいかがでしょうか。

また、ブルガリアには他にも見どころが。圧倒的な美しさに包まれる「ヴェリコ・タルノヴォ」の朝と夜。「アレクサンドル・ネフスキー大聖堂」の圧倒的な光の世界。下記の関連MEMOからお楽しみ下さい。

2018年11月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

LINEトラベルjpなら、その旅行代LINEポイントで戻ってきます!対象はこちら
掲載内容は執筆時点のものです。 2018/01/27 訪問

- PR -

旅行プランをさがそう!

このスポットに行きたい!と思ったらLINEトラベルjpでまとめて検索!

条件を指定して検索

LINEトラベルjpで一緒に働きませんか?

- PR -

旅行ナビゲーター(在宅ライター)募集中!
この記事に関するお問い合わせ

- PR -