戦国武将が競った静岡県の続百名城「諏訪原城」は旧東海道沿いに!

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戦国武将が競った静岡県の続百名城「諏訪原城」は旧東海道沿いに!

戦国武将が競った静岡県の続百名城「諏訪原城」は旧東海道沿いに!

更新日:2018/10/12 17:05

田中 秀昭のプロフィール写真 田中 秀昭 歴史と文化財の解説ナビゲーター

室町幕府が滅亡した1573年頃、この諏訪原城は武田家の家臣「馬場信春」によって徳川の所領攻略のため、築城されたと言われています。城の規模は広大で、遺構を全部見ると1時間半ほど掛かってしまいます。
見処は多々あり、武田流の丸馬出と薬研堀の空堀などが随所に見られ、木造復元の二の曲輪北馬出の薬医門は、小振りながらも当時の面影を偲ばせています。

お城好きなら必見の諏訪原城、是非お出掛け下さい!

車以外でも列車とバスで簡単に到着、駐車場とトイレも新設!

車以外でも列車とバスで簡単に到着、駐車場とトイレも新設!

写真:田中 秀昭

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最寄りの相良牧之原ICからなら15分、機関車トーマスで有名な大井川鉄道(東海道線も)金谷駅からなら、バスに乗って15分程度で諏訪原城跡に着きます。
バス停は城の入口にあり、すぐそばに喫茶店もあるので、登城前に一休みする事も出来ます。

車以外でも列車とバスで簡単に到着、駐車場とトイレも新設!

写真:田中 秀昭

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駐車場は15台ほど停まれる広さがあり、バス停の表示板の向こうには新設されたトイレもあります。

車以外でも列車とバスで簡単に到着、駐車場とトイレも新設!

写真:田中 秀昭

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続百名城スタンプは駐車場の上に小さな箱があり、その中に置いてあります。城跡見学を終わった後に押そうと思うと、忘れる事が間々あります。最初に押しておいた方が無難です。

登城の道順は二通り、本丸を最後に訪れる道順で、いざ攻めましょう!

登城の道順は二通り、本丸を最後に訪れる道順で、いざ攻めましょう!

写真:田中 秀昭

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喫茶店の裏側から入る登城道の先に、城の案内板と城名の基となった武田氏所縁の諏訪神社があります。

登城の道順は二通り、本丸を最後に訪れる道順で、いざ攻めましょう!

写真:田中 秀昭

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諏訪神社に参拝した後に、駐車場方向に戻って、城跡碑からお城へと攻め入ってみましょう。諏訪原城の見所は、様々な曲輪・薬研堀の空堀・武田流の丸馬出・土塁やカンカン井戸などが遺構として残っているところです。遺構の保存状態や復元した城門や土塁などもしっかりとして、古戦場の跡を残しています。

登城の道順は二通り、本丸を最後に訪れる道順で、いざ攻めましょう!

写真:田中 秀昭

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城内には幾つもの分かれ道があります。見所が多い左側から城内に攻め入ってみましょう。

二の曲輪中馬出は深い空堀に囲まれた、防御性の高い巨大な曲輪!

二の曲輪中馬出は深い空堀に囲まれた、防御性の高い巨大な曲輪!

写真:田中 秀昭

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ぐるりと鉄柵に囲まれていますが、その広さは野球場がすっぽりと入るくらいに広く丸く作られています。空堀は深く落ちてしまったら大変で、這い上がるのは容易ではありません。鉄柵で囲ってあることが納得できます。

二の曲輪中馬出は深い空堀に囲まれた、防御性の高い巨大な曲輪!

写真:田中 秀昭

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V字形をした壕の形がよく分かります。このような形を薬研堀と言います。この曲輪にはありませんが、攻め込み降りる方がU字形で上がる方がV字形だと片薬研堀と言って、攻めるのに最も難儀するお城の壕の形になります。

二の曲輪中馬出は深い空堀に囲まれた、防御性の高い巨大な曲輪!

写真:田中 秀昭

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二の曲輪北馬出の城門が2016年に木造復元されました。復元された城門は薬医門と言い、主柱が前に出ており庇も前側が少し長くなっています。小振りではありますが高さが約3.5mあり、事業費は約2,100万円掛かりました。

諏訪原城は山城、でも平坦な二の曲輪から本曲輪を目指して!

諏訪原城は山城、でも平坦な二の曲輪から本曲輪を目指して!

写真:田中 秀昭

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地元の方と文化庁なども協力して復元整備事業が進められています。二の曲輪へ行く道すがらも、ウッドチップが敷き詰められており、大変歩き易くなっていますし、昔の風情も感じられます。

諏訪原城は山城、でも平坦な二の曲輪から本曲輪を目指して!

写真:田中 秀昭

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山城にしては平坦な地形が大きく広がっています。ここが二の曲輪跡です。

諏訪原城は山城、でも平坦な二の曲輪から本曲輪を目指して!

写真:田中 秀昭

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二の曲輪から本曲輪を目指すと土橋があります。昔も土橋だったのか、それとも木の吊り橋だったのかは、議論が分かれていて結論は出ていません。ただ戦国の世の中、守りを強化するためには、曲輪と曲輪の間は木の吊り橋を掛けておく方が守り易かったのでしょう。

まだまだ諏訪原城の遺構は広がって、見処がそこかしこに!

まだまだ諏訪原城の遺構は広がって、見処がそこかしこに!

写真:田中 秀昭

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水の手曲輪へ降りる道は夏から秋にかけて茂みに隠れ、道筋が分かりにくくなっています。マムシも生息しているので、この時期に訪れる際は充分に注意する必要があります。

まだまだ諏訪原城の遺構は広がって、見処がそこかしこに!

写真:田中 秀昭

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二の曲輪から本曲輪に行く途中やその他の曲輪の跡に、河原で見かける拳二つほどの丸い石が散乱しています。これは石垣の表面にある胴介石の裏側に込める「裏込め石」です。落城後の破城時に、大きな石垣は他の城に流用され、裏込め石だけがここに残ったものです。

まだまだ諏訪原城の遺構は広がって、見処がそこかしこに!

写真:田中 秀昭

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二の曲輪馬出方向へ向かうと、最初に訪れた諏訪神社方向に辿り着きます。城の遺構を全て周ろうとすると惣曲輪や外曲輪もありますが、雑草が生い茂っています。繰り返しますが9〜10月はマムシの繁殖期に当たるため、山城に行く際は注意が肝要です。

諏訪原城の基本情報

住所:静岡県島田市菊川1174
電話番号:0547-46-2844 島田市観光協会 
アクセス:
JR東海道本線金谷駅もしくは大井川鉄道金谷駅下車、徒歩30分、または金谷駅より菊川神谷城線バスで諏訪原城バス停下車、徒歩1分
車の場合は、新東名島田金谷ICから金谷方面を目指して約10分
   
2018年9月現在での情報です。最新の情報は公式サイトでご確認下さい。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2018/09/05 訪問

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