朱に包まれる別郭一城 浜松「二俣城跡・鳥羽山城跡」

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朱に包まれる別郭一城 浜松「二俣城跡・鳥羽山城跡」

朱に包まれる別郭一城 浜松「二俣城跡・鳥羽山城跡」

更新日:2018/10/28 20:20

麻生 のりこのプロフィール写真 麻生 のりこ 元観光バスガイド、ご当地マンホーラー

「離れていても心はひとつ」のような関係の「別郭一城」をご存じでしょうか。浜松市天竜区の入口付近にある二俣城跡と鳥羽山城跡はまさにその関係。徳川家康とのゆかりも深く、2018年2月に両城跡をあわせて国指定史跡に選ばれました。
城跡内には野面積みの石垣や暗渠、天守台等の遺構も。11月下旬から12月初頭にかけて城跡一帯が錦秋に包まれ、紅葉狩りも楽しめます。

武田vs.徳川、攻防戦の舞台地・二俣城跡

武田vs.徳川、攻防戦の舞台地・二俣城跡

提供元:浜松・浜名湖ツーリズムビューロー

https://hamamatsu-daisuki.net/地図を見る

静岡県浜松市北部は、甲斐の国(現在の主に山梨県)から南進する武田軍と、それを防御する徳川軍との間で激しい攻防戦が繰り広げられた地。天竜区の中心部を見下ろす「二俣城」は、そんな戦国乱世に築城された平山城です。

天守台が残る本丸の周囲には北の丸と西の丸、南の丸などが配置され、秋の深まりとともに紅く色づくモミジが訪城者の目を楽しませてくれます。

武田vs.徳川、攻防戦の舞台地・二俣城跡

写真:麻生 のりこ

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こちらは大手道と大手門。左右に見える石垣は、左側(南側)の石垣は築城当時のものですが、右側(北側)のものは幕末頃に積み直されたとも。石の積み方を見比べてみてくださいね。

武田vs.徳川、攻防戦の舞台地・二俣城跡

写真:麻生 のりこ

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城跡内には今でも堀切が何箇所か残されています。堀切とは空堀の一種で、敵の侵入を阻止できるように人為的に掘削したもの。
こちらの堀切は二の丸と南の丸との間に残る三号掘です。南北に延びている尾根筋に掘られ、底面から二の丸南端に造られた土塁頂部との高低差は7.5メートル以上。掘切の窪地が分かりやすい場所なので、こちらへもどうぞ。

野面積みの天守台を建てたのは…

野面積みの天守台を建てたのは…

写真:麻生 のりこ

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この二俣城。攻防戦の末、天正3年(1575年)に家康の所有となりましたが、天守を建てたのは家康の後に入城した豊臣方の武将・堀尾宗光なんです。
北側に天守入口用の階段が備えられ、石垣の間からは草が生えた天守台はほぼ方形。自然石を使った野面積みの石垣が、郷愁を感じさせてくれるでしょう。

二俣城といえば、天正7年に家康の嫡男・松平信康がこの城で自刃した事件は、戦国悲話として今なお語り継がれています。

野面積みの天守台を建てたのは…

写真:麻生 のりこ

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木立ちの間からは、本丸の西側を流れている天竜川の流れを見ることが。川音を聞きながら散策も楽しめます。
かつては城の南側を蛇行しながら二俣川が、北から西側にかけては天竜川が流れ、この地で合流していたので、攻略が難しかったのです。

野面積みの天守台を建てたのは…

写真:麻生 のりこ

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本丸と旭ヶ丘神社が鎮座している北の丸との間には、4号堀と思われる箇所があります。往時にも本丸と北の丸とを結ぶのに、木橋または石橋が架けられていたのかもしれませんね。

二俣城跡ではこれら以外にも、土塁や喰違虎口となっている搦手門に残る石垣などを見ることができます。

<基本情報>
住所:静岡県浜松市天竜区二俣町二俣
電話番号:053-925-5845(天竜観光協会)
アクセス:天竜浜名湖鉄道「二俣本町」駅から徒歩約10分
駐車場:あり

目印は大イチョウ!鳥羽山城跡

目印は大イチョウ!鳥羽山城跡

写真:麻生 のりこ

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「鳥羽山城」は南に天竜川を見下ろす小高い丘の上に残る、戦国末期に築城された平山城。標高は108メートルですが見晴らしが良いためか、ハイキング気分で訪城される方も多く見られます。
駐車場の目印はイチョウの大木。黄色く色づいた様子は、天竜川対岸からも確認できます。

目印は大イチョウ!鳥羽山城跡

写真:麻生 のりこ

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駐車場からは大手道を上って、こちらの大手門へどうぞ。かつては6メートル以上の幅員を持っていた大手道の紅葉もさることながら、突き当りの枡形を抜けた先に位置する大手門が朱に彩られた様子は格別!

目印は大イチョウ!鳥羽山城跡

写真:麻生 のりこ

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城は本丸を中心に、周囲には北の丸、西の丸、南の丸や東の丸などがあります。南北にやや細長い形状をした本丸は、その周囲をぐるりと土塁で囲まれ、途中には東門と搦手門を配置。土塁の上は歩くことができるので、紅葉を眺めながら歩いてみて!

こちらは石垣で覆われた土塁の間に設けられた東門です。石垣の上に架けらた木橋を抜けると、左手足元に暗渠跡を見ることが。

枯山水庭園を造ったのも…

枯山水庭園を造ったのも…

写真:麻生 のりこ

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城の玄関となる大手門の反対側には、幅約6.5メートルの搦手門があります。発掘調査の結果、礎石の数が少ないことや、門の向こう側が斜面になっていることなどから、櫓門などの建造物はなかったと推定されています。

枯山水庭園を造ったのも…

写真:麻生 のりこ

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搦手門から少し南西寄りには築山と枯山水庭園の遺構。
江戸時代中後期まで二俣城と鳥羽山城は二俣川で隔てられ、それぞれが独立した丘陵でした。天守が建ち戦闘的要素を持つ二俣城に対し、鳥羽山城には城主の住居や庭園などが築造。
そのため二俣城と鳥羽山城は一連の城とみなされ、2つの城はあわせて「別郭一城」と呼ばれています。枯山水庭園の背後には、築城当時の石垣も見ることができますよ。

枯山水庭園を造ったのも…

提供元:浜松・浜名湖ツーリズムビューロー

https://hamamatsu-daisuki.net/

朱やオレンジ、黄色に色づいたモミジやカエデ。ところどころ設置されているベンチに腰かけて、のんびりと鑑賞するのもお勧めです。大手門近くには、天竜川を眼下に望むことができる展望台もあります。

なお、本丸の西側土塁には鉢巻石垣が、南西角には腰巻石垣が遺存しています。興味のある方は、こちらへもどうぞ。本丸西側の土塁に設置され高低差を利用したローラー滑り台も人気です。

紅葉の見頃は11月下旬から12月初頭にかけて!

紅葉の見頃は11月下旬から12月初頭にかけて!

写真:麻生 のりこ

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現在「鳥羽山城跡」と呼ばれている場所は、徳川家康が二俣城攻略時に布陣した城ではなく、家康が関東に移封されてから城主となった堀尾氏によるもの。
浜松城には豊臣家家臣・堀尾吉晴が、二俣城と鳥羽山城にはその弟・宗光が入城し枯山水庭園や築山も彼の手によって造られました。

錦秋に包まれる別郭一城で歴史ロマンを感じてみませんか?

<基本情報>
住所:静岡県浜松市天竜区二俣町二俣
電話番号:053-925-5845(天竜観光協会) 
アクセス:天竜浜名湖鉄道二俣本町駅から徒歩15分
駐車場:あり

二俣城跡と鳥羽山城跡の巡り方

徳川軍と武田軍との攻防戦の舞台となった両城を隔てていた二俣川の流れは付け替えられ、現在では別の場所を流れています。
2つの城の間には行き来できる小径が作られ、少し体力は要りますがハイキング気分での訪城も可能。紅葉を愛でながら、両城散策をお楽しみください。
どちらの城跡も天竜浜名湖鉄道(天浜線)の「二俣本町」駅から徒歩圏内です。

2018年10月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2009/11/03−2018/10/21 訪問

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