朝ドラ「まんぷく」のロケ地・同志社大学のレンガ建築がレトロかっこいい!

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朝ドラ「まんぷく」のロケ地・同志社大学のレンガ建築がレトロかっこいい!

朝ドラ「まんぷく」のロケ地・同志社大学のレンガ建築がレトロかっこいい!

更新日:2018/11/02 14:06

澁澤 りべかのプロフィール写真 澁澤 りべか 西洋史ブロガー

京都御所のすぐ北に広がる同志社大学今出川キャンパスには、明治のレンガ建築が5つあり、いずれも重要文化財です。
2018年10月に始まったNHKの朝ドラ「まんぷく」や2013年大河ドラマ「八重の桜」のロケにも使われたレトロな赤レンガ建築群は、19世紀末のヨーロッパの街並みを思わせます。
「まんぷく」の撮影は2018年6月17日に行われ、ドラマに登場するすべての場面を丸一日かけて撮り終えました。

薩摩藩邸あとに建てられたキリスト教の学び舎

薩摩藩邸あとに建てられたキリスト教の学び舎

写真:澁澤 りべか

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同志社大学の前身、同志社英学校は明治8年(1875年)、新島襄により創立されました。
御所に隣接するこの地は古くは相国寺の敷地でしたが、文久2年(1862年)に薩摩藩邸が建造されます。その後、旧薩摩藩邸の敷地を入手した会津藩士の山本覚馬が新島襄と知り合い、ここを学校建設用地として譲ったのです。
今出川駅に近い西門の左に「薩摩藩邸跡」の石碑があります。

薩摩藩邸あとに建てられたキリスト教の学び舎

写真:澁澤 りべか

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烏丸通りに面する西門を入ると、メインストリートとも言うべき広い道が伸びています。まさに朝ドラ「まんぷく」第一話のオープニングに登場する昭和13年の大阪の並木道がここです。
地下鉄の出入口のセットは画面右端あたりに置かれていました。
この道の敷石は自動車の重さには対応していないため、撮影では乗用車をおそるおそる走らせました。

道の右側は比較的新しい建物。
注目は左側。赤レンガのレトロな建築が次々に現れます。全て重要文化財です。では順に見ていきましょう。

薩摩藩邸あとに建てられたキリスト教の学び舎

写真:澁澤 りべか

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一番手前左に建つのが「彰栄館」。明治17年(1884年)完成。
今出川キャンパスで最も古い建物で、京都市内に現存するレンガ建築としても最古級。
鐘楼をかねた時計塔があるのが特徴で、昔は毎朝ここから礼拝の時を告げる鐘の音がキャンパスに響いていました。
外観はアメリカン・ゴシック様式。内部の見学はできません。

この裏手にあった同志社中学校は2010年に岩倉キャンパスに移転し、今は跡地に大学の新校舎「良心館」が建っています。

日本最古のプロテスタントのレンガ造りチャペル

日本最古のプロテスタントのレンガ造りチャペル

写真:澁澤 りべか

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急勾配の切妻屋根が特徴の同志社礼拝堂「チャペル」は、学内で彰栄館に次いで古く明治19年(1886年)竣工。記念切手になったこともあります。

礼拝堂の西(左手)の芝生には大河ドラマ「八重の桜」を記念して植樹された「容保桜」があります。京都府庁舎旧本館(京都守護職の上屋敷跡)の中庭にある桜の苗木が、桜守から寄贈されたものです。

日本最古のプロテスタントのレンガ造りチャペル

写真:澁澤 りべか

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チャペルに入って振り返るとバラ窓が。左右の壁にもステンドグラスの尖頭アーチ窓が並ぶゴシック様式です。
それ以外はプロテスタントらしい簡素で落ち着いた雰囲気。壁には草創期の同志社運営にかかわった人々の肖像画があり、祭壇向かって右には、創設者新島襄の肖像も。
チャペルの床には色とりどりの光が落ちて幻想的です。

日本最古のプロテスタントのレンガ造りチャペル

写真:澁澤 りべか

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朝ドラ「まんぷく」では、ヒロイン福子と萬平が初めてのデートでチャペルの東側(写真)を左から右へと歩いていましたね。

月〜木曜の昼の「メディテーションアワー」や、金曜の昼の礼拝「チャペルアワー」は誰でも参加できます。どちらも終了後は歩き回っての見学と撮影ができます。
聖書を開き、みんなで祈り、オルガンに合わせて讃美歌を歌う。そんな体験をしてみたい方はぜひ金曜に訪問してください。
(詳しくはMEMO欄の「同志社大学キリスト教文化センター」HP参照)

大学博物館になった「ハリス理化学館」

大学博物館になった「ハリス理化学館」

写真:澁澤 りべか

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ハリス理化学館は左右対称のどっしりとした造りで、明治23年(1890年)に完成。正面のアーチの上には「SCIENCE」の浮彫りが。

朝ドラ「まんぷく」ではアーチを支える右の柱に「大阪憲兵隊東大阪分遣隊」の看板が掲げられ、萬平が憲兵に連行された先として登場。第14話では福子が雨の中、この前で萬平の解放を訴えました。
ロケでは理化学館の裏手側に給水車を設置して雨を降らせました。

大学博物館になった「ハリス理化学館」

写真:澁澤 りべか

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理化学館の完成直前に新島襄が亡くなり、隣りのチャペル前で葬儀が執り行われました。
その棺を若王子山頂まで運ぶために、学生たちは理化学館の建築資材を棺台として使い、それが階段の手すり(写真)に利用されたと伝わります。
奥にかかる肖像は建築資金を提供したアメリカ人実業家J.N.ハリスです。

理化学館は、工学部(現・理工学部)が平成6年(1994年)に田辺キャンパスに移転した後「ハリス理化学館 同志社ギャラリー」という資料館になりました。
校史に関する資料を常設展示するほか、年に数回の企画展も。入館無料。1階に大学グッズが買えるショップもあります。良心館の生協とは品ぞろえが違います。

同志社のシンボル、クラーク記念館

同志社のシンボル、クラーク記念館

写真:澁澤 りべか

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明治27年(1894年)竣工。新島襄の死後、卒業生らが新島を記念するために建設しました。高くそびえる塔を備えた、同志社のシンボルです。
当初は「クラーク神学館」と呼ばれていましたが1963年に新しい神学館が出来、「クラーク記念館」と改名されました。ドイツ・ネオゴシック様式。

同志社のシンボル、クラーク記念館

写真:澁澤 りべか

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新島が没した翌年に23歳で息子を亡くしたクラーク夫妻の寄付により建てられ、入口内側に「Byron Stone Clarke Memorial Hall」の銘があります。1階の壁には親子3人の写真と息子バイロン・ストーンをたたえるタブレットも。

2階はパイプオルガンを備えた「クラーク・チャペル」。同志社礼拝堂と同様、メディテーションアワーとチャペルアワーが実施される日があります(要確認)。
どちらのチャペルも同志社の卒業生や関係者であれば結婚式に利用できます。(詳しくはMEMO欄の「同志社エンタープライズ」HP参照)

これまで見てきた建物と違い、クラーク記念館は日常的に神学部の授業教室として使用中です。現役同大生でない方はクラーク・チャペルの公開時間帯以外は立ち入らないでください。

有終館からアーモスト館、栄光館へ

有終館からアーモスト館、栄光館へ

写真:澁澤 りべか

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クラーク前を右に曲がると、右手奥に5つ目の重要文化財「有終館」が見えてきます。
明治20年(1887年)に初代図書館として開館。当時は「書籍館(しょじゃくかん)」と呼ばれていました。新島襄の執務室もこの中にあったとされます。現在は事務棟で、内部は見学できません。

有終館からアーモスト館、栄光館へ

写真:澁澤 りべか

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「良心碑」を過ぎ正門を出て左へ。相国寺の門の方へ少し歩くと、右手に洋館が現れます。登録有形文化財「アーモスト館」です。昭和7年(1932年)竣工。
新島襄の母校にちなんで命名され、学生寮などに使用されてきました。

設計者は有名なヴォーリズ(W.M.Vories 1880〜1964)。関西を中心に西洋建築を多く手がけ、また滋賀に近江兄弟社を創立し日本に軟膏メンソレータムを広めた実業家でもあります。
さらにヴォーリズは致遠館、新島遺品庫、2代目図書館の啓明館を設計しただけでなく「同志社カレッジソング」の作詞者。同志社とは縁浅からぬ人物です。

有終館からアーモスト館、栄光館へ

写真:澁澤 りべか

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時間があれば、正門まで戻って今出川通を東へ。
左に同志社女子大学および女子中学高等学校の講堂が現れます。昭和7年(1932年)竣工の登録有形文化財「栄光館(ファウラー講堂)」です。
パイプオルガンを備えていて、普段は女子中高の毎朝の礼拝や行事に使われますが、同志社大学(主に文系学部)の卒業式もここで行われます。

同志社大学の基本情報

住所:京都市上京区今出川通烏丸東入
電話番号:075-251-3120 (広報課)
アクセス:京都市営地下鉄「今出川」下車すぐ
      (出口3:西門、出口1:良心館地下直結)

掲載内容は執筆時点のものです。 2018/10/12 訪問

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