日本遺産・兵庫津の様々な時代を物語る歴史スポット15選

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日本遺産・兵庫津の様々な時代を物語る歴史スポット15選

日本遺産・兵庫津の様々な時代を物語る歴史スポット15選

更新日:2018/12/10 15:42

阿部 吾郎のプロフィール写真 阿部 吾郎 フリーカメラマン、ライター、日本旅のペンクラブ会員、日本旅行写真家協会会員

JR兵庫駅の南側の一帯は、古代から明治にかけて栄えた天然の良港で「大和田泊(おおわだのとまり」「兵庫津(ひょうごのつ)」などと呼ばれていた。今でこそお隣の神戸港に主役の座を奪われているが、この地を散策すると平清盛の時代から近代の遺構まで様々な歴史的痕跡を目にすることができる。ひとつひとつのスポットに決して派手さはないが、こうした痕跡を探し歩くのはスタンプラリーのような楽しさがある。

新川運河周辺

新川運河周辺

写真:阿部 吾郎

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兵庫津は、2018年5月に北前船寄港地として日本遺産に追加認定された。これを機に、北前船関連以外の史跡も含め注目が集まりつつある。この兵庫津を大まかに5つの地区に分けて、散策の順路も意識しながら各史跡をご紹介して行こう。

まず最初は、神戸地下鉄中央市場駅から徒歩2分ほどの場所にある新川プロムナード周辺の地域からご紹介しよう。ここは駅に近く、フードコートやレストランもたくさん入っているイオンモール神戸南店もあり、散策の起点とし利用しやすい。
上の写真は「新川運河」、明治8年に開通したもので、和田岬を迂回せずに船が入港できるようにすることを目的に開削された。一番奥の方に少し見えているのが運河の南の端「大和田水門」だ。

現在は、運河沿いに「新川プロムナード」という遊歩道が造られ市民の憩いの場になっている。ここには、池田恒興が築いた兵庫城蹟の碑がある。

新川運河周辺

写真:阿部 吾郎

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新川運河を眺めることができる入江橋の上には「清盛くん」像が設置されている。この地は奈良時代から「大和田泊」と呼ばれ、天然の良港として知られていたが、平安時代に平清盛が福原に都を置き、経が島の建設を行うなど大和田泊を大々的に整備し、その後の発展の基礎を築いた。平清盛がいなければ兵庫津がここまで発展することはなかったとも言われている。

新川運河周辺

写真:阿部 吾郎

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新川プロムナードから5分ほど歩いた場所に「兵庫住吉神社」があり、この神社の境内に、清盛塚と呼ばれる十三重石塔と神戸出身の彫刻家柳原義達による平清盛象がある。住吉神社自体は明治に入って建てられたもので平清盛とは直接関係ないが、清盛の墓と言われていた十三重石塔(調査の結果墓ではないことがわかった)は13世紀に造られたもので、区画整理にともないこの地に移され、平清盛像がその横に設置された。

築島水門周辺のスポット

築島水門周辺のスポット

写真:阿部 吾郎

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新川運河の北の端、築島水門近くの風景である。築島水門からすぐ海に出られるため、このあたりは船の係留地になっており、大和田水門側とはまた違った雰囲気である。

築島水門周辺のスポット

写真:阿部 吾郎

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築島水門の近くに、コンクリートの土台の上に大きな岩が置かれている場所がある。ちゃんと看板も設置されている。これは古代大和田泊の岩椋(いわくら)である。昭和27年に行われた新川運河の浚渫工事でこのような巨岩が20数個も発見された。発掘されたものではないので、正確な年代はわかっていない。

岩椋とは、石を積み上げて造られた防波堤や突堤の基礎部分の事で、このような岩をいくつか積み重ね松杭で補強して使われていた。

築島水門周辺のスポット

写真:阿部 吾郎

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築島水門のすぐ横に来迎寺というお寺がある。築島寺とも呼ばれており、築島とは平清盛が築いた経が島のことである。ここに「妓王妓女塔」がある。妓王と妓女とは平清盛が寵愛した白拍子の姉妹で、後に清盛の寵愛が仏御前に移ると、世の無常を嘆き仏門に入った。この石塔は、二人の供養塔である。

境内には「松王小児入海の碑」もあり、これは経が島造営の際、人柱となった17歳の少年松王に関するもので、来迎寺はこの松王の菩提を弔うために建立された寺である。

阪神高速道路南側のエリアと兵庫運河周辺

阪神高速道路南側のエリアと兵庫運河周辺

写真:阿部 吾郎

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築島水門のあたりから路地を抜けて5分ほど歩くと「札場の辻」という史跡がある。小さな石の標柱と看板があるだけだが、ここは西国街道沿いにあたり、江戸時代兵庫の中心であった場所である。高札場があったため、このように呼ばれている。

阪神高速道路南側のエリアと兵庫運河周辺

写真:阿部 吾郎

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能福寺はその領内に平清盛の墓所があったと言われる寺で、9世紀初頭伝教大師最澄により創建された。境内にある兵庫大仏は明治24年に兵庫の豪商の寄進により造られたが、第2次大戦中の金属回収令により国に供出された。現在の大仏は平成3年に再建されたもので、台座を合わせて18メートルの高さを誇る。

阪神高速道路南側のエリアと兵庫運河周辺

写真:阿部 吾郎

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能福寺がある阪神高速道路南側の地域からは少し離れているが、大和田水門のあたりから新川に出て南側に進んでいくと兵庫運河に出る。兵庫運河は新川運河完成後に和田岬を迂回する航路として幾多の苦難の末開削された、日本最大の運河だ。
この運河の入り口にある材木橋から見た風景が上の写真である。JR和田岬線の列車が差し掛かっている小さな橋は日本最古の旋回式可動橋である。現在は可動装置は取り外されている。

なお、和田岬線の電車は三菱造船所の人々が通勤する朝と夕方の時間帯のみ運行しており、電車がこの橋を通過する様子を見たい場合は、あらかじめ時刻表をチェックしておくことをお勧めする。

阪神高速道路北側のエリア

阪神高速道路北側のエリア

写真:阿部 吾郎

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阪神高速北側エリアにあるスポットをご紹介しよう。ここは、JR兵庫駅からすぐの場所で、兵庫駅を起点に散策する方は、この段落でご紹介するエリアからスタートするといいだろう。

江戸時代の兵庫には東西2つの惣門(入口)があった。西の柳原惣門は柳原蛭子(ひるこ)神社の前にあった。江戸時代の初めごろに創建された神社で「柳原のえべっさん」の愛称で親しまれている。

阪神高速道路北側のエリア

写真:阿部 吾郎

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八王寺は、もともと天保時代に能福寺境内の八王子社の一角を借りて創建されたお寺であったが、後に北前船で財を成した北風別家の寄進で昌福寺として建立された。戦災、火災で全焼し、昭和27年に八王寺として再建された。そして、阪神大震災で本堂はじめ建物がすべて倒壊し、平成7年に再建された。

このお寺の境内に工楽松右衛門の墓所がある。「帆布の父」と称された人物で、北風別家に住み研究を重ね帆布を開発した。これがなければ、北前船もなかっただろうと言われている重要な発明であった。
墓所にある顕彰碑は、反物の帆布の形をしている。

阪神高速道路北側のエリア

写真:阿部 吾郎

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柳原蛭子神社からJR山陽本線に沿って東に進むと湊八幡神社に行き着く。ここは、兵庫の東側の入り口、湊口惣門があった場所である。この神社の境内におもしろいものがある。「迷子の道しるべ」と呼ばれる標柱である。江戸時代、今のように交番もなく、迷子が出るとなかなか保護者を見つけ出すのは難しかった。そこで、西国街道筋の東の入り口であるこの地に「迷子の道しるべ」を建て、迷子を捜している保護者や、迷子を保護した者は、この標柱に特徴や氏名・年齢などを書いた紙を貼り、迷子が保護者に巡り合えるようにしていた。

向かって右側がオリジナルの標柱で、戦災で破損したものを補強してある。左側は新たに作られたものだ。

兵庫津東側の高田屋嘉平関連史跡

兵庫津東側の高田屋嘉平関連史跡

写真:阿部 吾郎

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湊口惣門のさらに東、そこから阪神高速を超えて少し南側に行ったあたりに蝦夷地開拓やゴーロニン事件で知られる豪商、高田屋嘉平にまつわる史跡が点在している。
鎮守稲荷には北前船で財を成した高田屋嘉平が海上安全を願って献上した一対の石灯篭が残されている。

兵庫津東側の高田屋嘉平関連史跡

写真:阿部 吾郎

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阪神高速と国道2号線に挟まれ、ひっそりとたたずむ七宮神社。平清盛が経が島を築造した際、土砂を取っていた塩槌山の神を鎮めるためこの地に移し祀ったという伝説が残されている。また神功皇后が三韓征伐から戻った際、7番目に参ったのがこの神社とされ、これが七宮神社という名前の由来であるとも伝えられている。

寛政年間に高田屋嘉平が海上安全を願い船の模型三艘を献上し、以後海上業者がこの神社を参拝するようになった。なお、高田屋嘉平が献上した船の模型は戦災で焼失してしまった。

兵庫津東側の高田屋嘉平関連史跡

写真:阿部 吾郎

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高田屋嘉平は淡路島の五色町の出身だが、兵庫の西出町に居を構え高田屋の本店を置いた。七宮神社からやや南に下った場所がこの地にあたる。今は埋め立てられているが、当時は佐比江の入江という七宮神社のあたりまで深く切り込んだ入江があり、北前船などの回船が盛んに寄港したという。まさに高田屋の本店を置くにふさわしい地であったのだ。
今では「高田屋嘉平本店の地」碑と看板が設置されているのみである。

歴史ロマンを感じながらのちょうどいい散策コース

兵庫津の歴史スポットを15か所ご紹介したが、いかがだっただろうか?実は、ここには載せきれなかったが、まだまだ多くの歴史スポットがある。巨大で真っ赤な鳥居が印象的な和田神社や和田岬砲台などにも足を延ばしてみたいところである。また、Jリーグヴィッセル神戸の本拠地ノエビアスタジアム神戸もこの地域の中にある。
今回ご紹介したスポットを巡るコースは、ゆっくり歩いて3〜4時間ぐらいで回ることができる。入場料が必要な場所も含まれていないので、気軽に楽しむことができる。

掲載内容は執筆時点のものです。 2018/08/27 訪問

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