岡山・最上稲荷は日本三大稲荷の一つ!目指せ八畳岩と奥の院

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岡山・最上稲荷は日本三大稲荷の一つ!目指せ八畳岩と奥の院

岡山・最上稲荷は日本三大稲荷の一つ!目指せ八畳岩と奥の院

更新日:2018/12/27 09:15

大里 康正のプロフィール写真 大里 康正 旅する写真家、タイと台湾に詳しい旅作家

京都「伏見稲荷」、愛知県「豊川稲荷」、そして岡山県岡山市「最上稲荷」の三つで日本三大稲荷(諸説有)と数えるほど、最上稲荷は歴史と格式があります。

シンボルの巨大な鳥居は高さが27.5mもあり、遠くからでも目立つベンガラ色。稲荷神社でありながら、日本古来の神仏習合の姿を今に残し、正式名称は「最上稲荷山妙教寺」となります。

また、豊臣秀吉に関係する境内と、更には伝説の八畳岩、奥の院にもぜひどうぞ。

巨大な最上稲荷の鳥居と霊光殿

巨大な最上稲荷の鳥居と霊光殿

写真:大里 康正

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高さ27.5m、柱の太さ4.6m、総重量は2800tにもなる巨大な最上稲荷の鳥居。作られたのは昭和47年(1972年)ですが、平成26年(2014年)に大改修が行われ現在の姿となっています。

この鳥居は最上稲荷の本殿近くではなく、豊臣秀吉、黒田官兵衛による備中高松城の水攻めで有名な「高松城址公園」近くと少し離れていますが、その見事さから必見ではないでしょうか。

巨大な最上稲荷の鳥居と霊光殿

写真:大里 康正

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通常は最上稲荷と呼ばれることが多いのですが、正式には「最上稲荷山妙教寺」となります。山門にもしっかりとそのように書かれていますが、現代人からすれば、神社とお寺が一つという姿は不思議に感じるのではないでしょうか。

日本に仏教が伝来し広く普及していく中で、日本神道と仏教は長い時間をかけながら融合しました。過去には仏教に帰依した天皇が存在し、日本の歴史から見れば神社とお寺が一体という期間がむしろ長いのです。

明確に分離することになるのは、実は明治期の太政官布告(通称「神仏分離令」、「神仏判然令」)と、その後の詔書「大教宣布」によるのです。

最上稲荷は岡山県内でも極めて珍しく、神仏分離の影響を免れたことになるのです。

巨大な最上稲荷の鳥居と霊光殿

写真:大里 康正

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結界廊を抜け、その先にある本殿(霊光殿)は神宮形式。祈願所がありますので、日本三大稲荷の一つという「強力なパワースポット」で、祈願してみてはいかがでしょうか。

ところで最上稲荷の歴史ですが1200年を誇ります。 天平勝宝4年(752年)に、報恩大師に孝謙天皇の病気平癒の勅命が下ったことで、大師は最上稲荷の裏手にある龍王山中腹の「八畳岩」で祈願。そこに白狐に乗った最上位経王大菩薩が現れ、病気は平癒したのでした。

旧本殿(霊応殿)の様子

旧本殿(霊応殿)の様子

写真:大里 康正

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本殿(霊光殿)建立の際、現在の場所に曳家工法でうつされたのが旧本殿(霊応殿)です。境内の中で最も古い木造建築は寛保元年(1741年)のもので見どころ。

旧本殿(霊応殿)の様子

写真:大里 康正

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一般的な参拝ルートはこの霊応殿付近までとなります。ここから先は、豊臣秀吉(羽柴秀吉)が陣取り軍議を開いた場所や最上位経王大菩薩が現れた八畳岩、そして奥の院となります。

秀吉が軍議を開いた陣

秀吉が軍議を開いた陣

写真:大里 康正

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旧本殿(霊応殿)から右手前方向に進むと妙見堂、秀吉本陣となります。

秀吉が軍議を開いた陣

写真:大里 康正

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北辰妙見大菩薩と額がある妙見堂ですが、妙見信仰は日本各地に残されています。妙見菩薩が北辰(後に北斗と一体として認識されることが多くなる)と繋がるのは中国の道教の影響とされています。道教では、北極星を宇宙の中心と考え、天皇大帝という神として崇めてきた歴史がありました。一説には、日本の天皇の語源がこの大帝からではないかとされています。

仏教と繋がりが多く、特に日蓮宗との関りが深いのです。こちらのお堂では備中高松城の守護神であった北辰妙見大菩薩を祀っており、毎年6月の第2日曜日には祭祀が行われています。

秀吉が軍議を開いた陣

写真:大里 康正

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そこから歩いてすぐの場所にある秀吉本陣跡ですが、この場所で確定というよりも、この付近で作戦を練ったと考えるのが自然ではないのでしょうか。

なお、眼下の備中高松城ですが、城を水没させるという秀吉と官兵衛の奇策が実施された場所です。織田信長が明智光秀に討たれる「本能寺の変」により、秀吉は中国大返しを行ったのです。

下記の関連MEMOに詳しい記事を掲載していますので、そちらもぜひご覧下さい。

八畳岩、そして奥の院へ

八畳岩、そして奥の院へ

写真:大里 康正

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旧本殿(霊応殿)に戻る形で進み、今度は正面側に進んで下さい。ここからは上り道が増えることになります。

八畳岩、そして奥の院へ

写真:大里 康正

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歩く途中では奥の院という案内がありますが、八畳岩を先に観光することをお勧めします。その理由として、奥の院は八畳岩からさらに上がることになり、天候や時間、そして体力との相談となるからです。

神秘的な八畳岩と奥の院

神秘的な八畳岩と奥の院

写真:大里 康正

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八畳岩は、報恩大師修行の地として、最上稲荷の聖域となっています。名前は大きな岩の大きさが八畳もあるということから。ここからは見晴らしがよく、周囲を見渡せますので絶景ポイントと言えるでしょう。

神秘的な八畳岩と奥の院

写真:大里 康正

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そして奥の院です。八畳岩からは、時間にして約15分の上りが続く徒歩となりますので、体調や足元には十分に配慮をして下さい。

神秘的な八畳岩と奥の院

写真:大里 康正

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日蓮宗の南無妙法蓮華経の文字と、龍王山に縁がある狐とが同じ空間に存在する独特の世界が奥の院ですが、こちらは一乗寺というお寺となります。

日本三大稲荷の一つとされる「最上稲荷」で祈願し、そして歴史的な場所や他の地域では見ることが出来ない題目と狐の同居する世界を、時間の許す限り歩いてみてはいかがでしょうか。

最後に付近の観光についてのお知らせです。羽柴秀吉が実施した備中高松城の水攻めの痕跡は今も残されていますので巡ってみてはいかがでしょうか。

また、岡山と言えば桃太郎ですが、そのモデルとなった人物に関係する吉備神社と吉備津彦神社はすぐ近く。もちろん、観光の玄関口とも言える岡山中心地で外せない岡山城と後楽園の美しさ。こちらにもぜひ、足を運んでみましょう。

最上稲荷の基本情報

住所:岡山県岡山市北区高松稲荷712
電話番号:086-287-3700
アクセス:JR桃太郎線(吉備線)備中高松駅下車、約2km

2018年12月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/05/08 訪問

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