崇峻天皇の真の陵墓か!?奈良県桜井市「赤坂天王山古墳」

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崇峻天皇の真の陵墓か!?奈良県桜井市「赤坂天王山古墳」

崇峻天皇の真の陵墓か!?奈良県桜井市「赤坂天王山古墳」

更新日:2019/01/08 11:47

乾口 達司のプロフィール写真 乾口 達司 著述業/日本近代文学会・昭和文学会・日本文学協会会員

陵墓とは、天皇をはじめとする皇族のお墓のこと。宮内庁が一般の立ち入りを厳しく制限していることもあり、その内部をうかがい知ることは出来ません。しかし、奈良県桜井市には、古代の天皇陵と目されながらも石室のなかにまで立ち入ることの出来る古墳が存在します。赤坂天王山古墳です。今回は崇峻天皇の真の陵墓と考えられている赤坂天王山古墳をご紹介しましょう。

蘇我馬子に暗殺された崇峻天皇の真の陵墓!?赤坂天王山古墳

蘇我馬子に暗殺された崇峻天皇の真の陵墓!?赤坂天王山古墳

写真:乾口 達司

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「赤坂天王山古墳(あかさかてんのうざんこふん)」は奈良県桜井市にある古墳。被葬者は明らかではありませんが、江戸時代までは「崇峻天皇(すしゅんてんのう)」の陵墓と認識されており、明治時代以降、別のところに陵墓が定められてからも、古来、崇峻天皇の陵墓であると伝えられて来た点、その築造年代が崇峻天皇の存在した6世末から7世紀はじめと合致する点、崇峻天皇の宮があったと伝わる地域に築かれた大王クラスの大型古墳である点などから、赤坂天王山古墳こそ崇峻天皇の真の陵墓であると考える考古学者が多数存在します。

崇峻天皇は第32代の天皇。聖徳太子の父・用明天皇の後を継いで6世紀末に即位したとされます。しかし、政敵・物部守屋を滅ぼし、大臣として絶大な権勢を誇っていた蘇我馬子に不満を抱き、その殺害をほのめかしたことで馬子の配下・東漢駒に殺害されました。歴史上、臣下に殺害された唯一の天皇とされています。

現状はご覧のとおり。墳丘へ続く道は金網で遮断されていますが、これは隣接する畑にシカやイノシシといった動物が侵入して来るのを防ぐためのものであり、天皇陵として管理されているわけではないため、誰でも自由に見学することが出来ます。

蘇我馬子に暗殺された崇峻天皇の真の陵墓!?赤坂天王山古墳

写真:乾口 達司

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赤坂天王山古墳は3段築成の方形で、約40メートルから約50メートル四方の歪な形。頂上部は一辺10メートル前後の平坦地となっており、墳丘に登ることもできます。

蘇我馬子に暗殺された崇峻天皇の真の陵墓!?赤坂天王山古墳

写真:乾口 達司

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南面には、石室の開口部が見られます。石室の内部に立ち入ることもできますが、入口部分がもっとも狭いのでご注意を。もちろん、懐中電灯は必携ですよ。

石棺が安置された石室の内部

石棺が安置された石室の内部

写真:乾口 達司

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石室の全長は15メートルあまり。羨道を奥へと進むと、やがてご覧のような巨大な石棺が現れます。上部の蓋には、石棺を運ぶために縄を引っ掛けた「縄架け突起」も残されています。摩滅している部分もあるとはいえ、石棺自体の保存状態は良好で、これが1400年も前のものであるということに驚く方も多いのではないでしょうか。

石棺が安置された石室の内部

写真:乾口 達司

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石棺は二上山から切り出された凝灰岩製の刳抜式家形石棺で、長さは約2.4メートル、幅約1.7メートル、高さ1.1メートル。盗掘に遭い、石棺の南面に大きな盗掘穴が開けられています。

石棺が安置された石室の内部

写真:乾口 達司

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写真はその穴から覗いた石棺内の様子。ご覧のように、すでに副葬品は持ち去られ、遺骸の痕跡すら見られません。

巨石の積み重ねによって築かれた石室

巨石の積み重ねによって築かれた石室

写真:乾口 達司

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石室自体も巨大です。石棺の安置された玄室の高さは4メートルあまり。巨石を積み重ねて石室を作っており、そのスケールの大きさには圧倒されます。

巨石の積み重ねによって築かれた石室

写真:乾口 達司

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写真は玄室から羨道側を振り返ったもの。羨道の長さは8メートル以上あり、やはり巨石を積み重ねています。

あわせて見学しよう!赤坂天王山古墳に付随する古墳群

あわせて見学しよう!赤坂天王山古墳に付随する古墳群

写真:乾口 達司

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赤坂天王山古墳の周辺には、複数の古墳が残されています。赤坂天王山古墳を見学した折にあわせて訪れてみましょう。

写真は赤坂天王山古墳のすぐ横にある赤坂天王山2号墳。1辺25メートル程度の方墳です。

あわせて見学しよう!赤坂天王山古墳に付随する古墳群

写真:乾口 達司

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その裏手に残るのは赤坂天王山3号墳。横穴式石室が開口しています。

古墳じゃない!?宮内庁によって指定されている崇峻天皇倉梯岡上陵

古墳じゃない!?宮内庁によって指定されている崇峻天皇倉梯岡上陵

写真:乾口 達司

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赤坂天王山古墳が崇峻天皇の真の陵墓であるならば、現在、宮内庁が管理している崇峻天皇陵とはいったい何なのでしょうか?

宮内庁が管理する「崇峻天皇倉梯岡陵(すしゅんてんのうくらはしのおかのみささぎ)」は、赤坂天王山古墳から西に一山越えた倉橋地区にあります。その地の小字は「天皇屋敷」で、崇峻天皇が過ごした倉梯柴垣宮の旧地と伝えられています。かつてここに崇峻天皇の位牌をまつった金福寺があったことにちなみ、1889年(明治22)、現在の地に崇峻天皇陵が比定されたわけです。

つまり、崇峻天皇陵は崇峻天皇ゆかりの地に過ぎず、崇峻天皇を埋葬した古墳(陵墓)ではないわけです。考古学上の古墳ではないのに陵墓に指定されているというのは、どこか釈然としませんね。

古墳じゃない!?宮内庁によって指定されている崇峻天皇倉梯岡上陵

写真:乾口 達司

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事実、周辺から域内を観察しても、被葬者を埋葬した古墳らしさは認められません。わずかに1メートルあまりの円丘が見られますが、これは崇峻天皇陵として整備された折に埋葬施設を模して作られたものでしょう。崇峻天皇陵が古墳でないとすれば、赤坂天王山古墳が崇峻天皇の真の陵墓であるという確信がますます強まって来ますね。

いかがでしたか?赤坂天王山古墳が古代の天皇陵にふさわしい巨大古墳であること、おわかりいただけたでしょうか。その迫力ある石室は見応えがあり、確かに崇峻天皇の陵墓であるという印象を訪れるものに与えます。赤坂天王山古墳を見学し、古代の天皇陵がどのようなものか、ご自身の目でご確認ください。

<崇峻天皇倉梯岡上陵の基本情報>
住所:奈良県桜井市倉橋
アクセス:桜井駅からバス。「倉橋」停留所で下車、徒歩約5分

赤坂天王山古墳の基本情報

住所:桜井市倉橋
アクセス:桜井駅からバス。「忍坂」停留所で下車、徒歩約5分

2019年1月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2018/12/23 訪問

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