虎ノ門駅すぐ!三年坂の坂上にあった大久保利通邸と界隈坂道めぐり

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虎ノ門駅すぐ!三年坂の坂上にあった大久保利通邸と界隈坂道めぐり

虎ノ門駅すぐ!三年坂の坂上にあった大久保利通邸と界隈坂道めぐり

更新日:2019/01/31 12:07

雲本 らてのプロフィール写真 雲本 らて ブロガー、坂道探検家

東京メトロ・虎ノ門駅からもすぐの場所にある三年坂。この坂道そばにはかつて大久保利通邸があったと言われています。ただ現地にはそのことが書かれた案内看板などはないため確証はありませんでした。ただ、NHKの大河ドラマ「西郷どん」の解説にて語られたことで坂道との関係が広く知られるようになりました。今回はそんな三年坂とかつての大久保利通邸の位置関係を中心に、界隈の史跡などについても取り上げます。

三年坂と大久保利通邸の関係

三年坂と大久保利通邸の関係

写真:雲本 らて

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「三年坂」は、東京メトロ・虎ノ門駅からなら徒歩1、2分の場所にあります。財務省と文部科学省の間を北西に上る坂道です。坂名については、昔この坂で転んだら三年の内に死んでしまうという俗説や、坂道が裏霞が関と三年町の間を通っていることからの町名由来説など諸説あります。また別名で、かつては坂上の道路が湾曲していたことにちなみ「栄螺尻(さざえしり)坂」や、周辺にウグイスが多かったことから「鶯谷坂」などとも呼ばれていました。

三年坂と大久保利通邸の関係

写真:雲本 らて

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三年坂自体は、形がすこし変化しましたが、江戸時代から存在している坂道です。高低差もそれなりにあり、まわりの省庁の新旧ビルを眺めながら歩くのも楽しいと思います。

また三年坂の坂上には、はじめにすこし触れたとおり、かつて大久保利通邸があったと言われています。現在でいえば内閣府があるあたりにあった可能性が高いと言われています。

また、これまでは三年坂との関係も、かつての大久保利通邸の場所の情報が乏しく、もちろん現地には案内看板もないため判断が難しかったのですが、NHKの大河ドラマ「西郷どん」の解説にて語られたことで、その場所と坂道との関係が広く知られるようになりました。

<三年坂の基本情報>
所在地:東京都千代田区霞が関3
アクセス:東京メトロ・虎ノ門駅より徒歩1分

かつての大久保利通邸まわりは坂道だらけ

かつての大久保利通邸まわりは坂道だらけ

写真:雲本 らて

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三年坂の坂上から国会議事堂方面(北側)へと抜けることができる抜け道も坂道になっています。ここはかつての大久保利通邸の敷地内だった可能性の高い場所です。今の風景からも、敷地内が高低差あふれる場所だったかもしれないことを示してくれている坂道と言えるでしょう。

ちなみにこの坂道には名前はつけられていませんが、坂下から半分くらいの部分は江戸時代から存在していた可能性があります。

かつての大久保利通邸まわりは坂道だらけ

写真:雲本 らて

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三年坂の坂上とかつての大久保利通邸との間には、新しくつくられた首都高速都心環状線が地下を走っており、その地上部もこのあたりの地形の関係で坂道になっています。

ここも名前はつけられていませんが、地下の首都高速と地上部道路との関係が独特の都市景観を生み出していて、東京らしくもあり、歩いているだけでも楽しい坂道でもあります。

かつての大久保利通邸まわりは坂道だらけ

写真:雲本 らて

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また、この坂道は地下の首都高速だけでなく、坂の途中からは国会議事堂も遠くに眺めることができます。

ぜひ、ここを歩いた時は探してみてください。

官邸前の坂道

官邸前の坂道

写真:雲本 らて

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かつての大久保利通邸に隣接した坂道はまだあります。現在は内閣総理大臣官邸になっている場所と、かつての大久保利通邸(写真でいえば右側)の間の道路も坂道になっています。

坂道自体は場所柄きれいに整備されており、まわりの地形具合を確かめながら歩いていると楽しいです。ただ、さすがに警備の方もたくさんおられるので、そのあたりの心構えは必要になるかもしれません。

官邸前の坂道

写真:雲本 らて

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またこの坂道の坂上あたりには、総理大臣官邸敷地の沿革について書かれた案内看板もあります。長くなるのでここでは詳しく書きませんが、近世からかつての綱島邸、そして現代の総理大臣公邸完成(平成17年)にいたるまでの経緯が簡潔に書かれてあります。

ですので、ここも名前のない坂道ではありますが、江戸時代からあった道で、周辺状況などいろいろな意味で印象深いので、体験してみる価値はあると思います。

茱叟 (ぐみ)坂と名付けられた坂道?

茱叟 (ぐみ)坂と名付けられた坂道?

写真:雲本 らて

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かつての大久保利通邸(写真で言えば右側)と現在の国会議事堂の敷地の間には、「茱叟 (ぐみ)坂」と名付けられた坂道が存在します。ここも江戸時代から存在する坂道です。坂名については、坂道に沿ったかつての武家屋敷に茱叟 (ぐみ)の木が植えられていたことに由来しています。また、別名で「番付坂」とも呼ばれ、これは山王祭の行列がこの坂道に並び、山者の番付札を確認したことから名付けられたと言われています。

<茱叟 (ぐみ)坂の基本情報>
所在地:東京都千代田区永田町1
アクセス:東京メトロ・国会議事堂前駅より徒歩0分

江戸城外堀の痕跡

江戸城外堀の痕跡

写真:雲本 らて

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虎ノ門駅からすぐの虎ノ門金刀比羅宮そばの外堀通りに面した部分には、「江戸城外堀跡 溜池櫓台」の案内看板があります。この付近に残っている石垣が、寛永13年(1636年)に構築された櫓(やぐら)台の一部だからです。

なお江戸城外堀の隅櫓は、全部で3箇所ありましたが、その中で唯一ここだけが現存しています。

江戸城外堀の痕跡

写真:雲本 らて

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この地域の江戸城外堀は、三年坂の坂下あたりに虎御門を置いていました。ただ外堀自体は明治時代に埋め立てられましたが、かつて外堀の一部であったと考えられる石垣については、「江戸城外堀跡 溜池櫓台」の案内看板のある櫓台の石垣から三年坂に隣接している文部科学省構内の石垣まで、現在3地点で現存しています。

特に、文部科学省構内の石垣については、構内ラウンジ前と虎ノ門駅の新庁舎連絡通路内に保存された石垣が見学できる無料の展示コーナーが設けられています。

江戸時代からの史跡からみえてくる風景

今回は、かつての大久保利通邸に隣接する三年坂を中心に界隈の坂道や史跡を紹介しました。大久保利通邸があったことを示す案内看板などは現地にないためわかりにくいのですが、今回紹介した江戸時代から存在する坂道を通して、かつての風景や歩いた人たちの姿を妄想しながら歩いてみるのも楽しいでしょう。ぜひ試してみてください。

2019年1月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。

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