日本の100名城なのに庶民的。福井県丸岡城はお手軽オススメしかも見どころ満載!

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日本の100名城なのに庶民的。福井県丸岡城はお手軽オススメしかも見どころ満載!

日本の100名城なのに庶民的。福井県丸岡城はお手軽オススメしかも見どころ満載!

更新日:2014/04/10 11:23

きんぎょ 美歩のプロフィール写真 きんぎょ 美歩 ときどき旅Walker

お城の観光は行きたいけど城郭内公園は広くて体力や時間がない。城が建つのは山の中が多いからちょっと遠いし…等々。
そんな方にオススメのお城が福井県坂井市の丸岡城!城が建っているのは町のど真ん中。小ぢんまりと庶民的な雰囲気の城ですが、日本最古の天守閣を持ち別名『霞ヶ城』と言われるほど桜自慢のお城。紅葉の季節も見事、なおかつ日本100名城のひとつ!
そんな見どころいっぱいの丸岡城をご紹介しましょう。

桜と紅葉が彩る季節には、さすが歴史ある古城の貫録!

桜と紅葉が彩る季節には、さすが歴史ある古城の貫録!

写真:きんぎょ 美歩

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今回ご紹介する丸岡城は、福井県北部の坂井市丸岡町の中心部にあります。
北陸自動車道丸岡IC出口に城への案内矢印板があり、それに従って進むこと10分程度。迷わず丸岡城公園の駐車場に着くことができます。駐車場の脇にはもう城内に続く石垣が!駐車場のすぐ横には庭のある休憩所&お土産処の建物があります。

それではまず一番の見どころの天守閣を見るために、その建物の横に続く階段を上がりましょう。階段が苦手な方、車いすやベビーカー等の方は、階段脇に城内まで、石垣をぐるっとゆっくりまわって上っていく遊歩道があるので安心!階段を利用した方も、帰り道に利用してみてくださいね。

この天守閣に続く階段や遊歩道がある丸岡城公園は、四季折々、天守閣を華やかに彩ります。特に、春は桜、秋には艶やかな紅葉がとても見事で、天守閣との相性も抜群!
日本100名城に名を連ねるだけあって、歴史ある古城の貫録にうっとりすること間違いなし!
ちなみに、丸岡城はさくら100選の名所のひとつにも数えられ、春にはさくら祭りも開催されています。

階段や遊歩道を上りきると、そこはもう天守閣の真下!城郭内の公園に着きます。駐車場からゆっくり歩いてもわずか数分で城内に!

さあ、国内最古の丸岡城の天守閣をゆっくり眺めましょう!

天守閣は日本最古の城郭建築

天守閣は日本最古の城郭建築

写真:きんぎょ 美歩

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丸岡城は1516(天正4年)一向一揆の備えに織田信長の命により、柴田勝家が甥・勝豊に築かせた城です。この城は、軍事的・戦略的拠点であった山城と違い、平野の中の小高い丘に立地する平山城。現在でも市街地の中心にあり、地元の人々の憩いの場となっています。公園内には日向ぼっこの家族連れやカップルも大勢。丸岡城はまさに手軽な庶民のお城そのものです。

丸岡城は、今は本丸と天守閣、石垣を残すだけ。というのも昭和23年の福井地震によって倒壊したからです。でも可能な限り倒壊前の建材を活用して再建され、屋根は2重、内部は3階。城郭建築では日本最古といわれる天守閣の建築様式を残しています。
日本国内で現存する天守閣は、全部で12城しかありません。丸岡城の天守閣はとっても貴重な国の重要文化財!

よく見ると、天守閣の瓦は白い石瓦。これも全国の古城の中でも稀なので必見です!地震で落下した天守閣の石の鯱は、天守閣登り口階段の脇に置かれていますので、そちらも見逃さないでくださいね。写真は天守閣入口から見上げた丸岡城の全景です。ほっとする優しい姿です。

丸岡城の見どころは天守閣ばかりではありません。
実は外観やその周辺にも古城の見どころや伝説が…!

隙間だらけの石垣?小窓の目的は?

隙間だらけの石垣?小窓の目的は?

写真:きんぎょ 美歩

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丸岡城の天守閣を見上げると、それを支える石垣は隙間だらけ。
天守閣のまわりばかりでなく、城内の石垣はどれも隙間だらけ。粗雑に見えますが…?!
実はここも見どころ。これは『野積み』という古い方式です。
隙間だらけの理由は、排水がよく大雨によって崩れる心配がないこと。
雨ばかりでなく、福井は雪国。北陸の雪は水分も多く含むため、水はけをよくする工夫がされたものです。
他にも、天守の壁面に開けられた小さな穴や小さな格子窓は、狭間(さま)という鉄砲穴。この穴から弓や鉄砲を撃ちました。また石落としという狭間(写真右の格子の窓)はその窓の床下から石垣を登ってくる外敵に向かって石を投げ落とす窓として使用されたもの。
当時の戦いの様子が思い浮かびますね。

古風な小さな古城の丸岡城ですが、当時の様子を伝える逸話がいくつか残されています。
その中のひとつをご紹介しましょう。

人柱のお静の涙雨

人柱のお静の涙雨

写真:きんぎょ 美歩

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これは丸岡城築城の折の伝説です。

☆「お静の涙雨」伝説。
柴田勝家の甥、勝豊が丸岡城を築く際、天守閣の石垣が何度も崩れたので人柱を入れることになりました。二人の息子を持ち、苦しい生活をしていたお静が、息子の一人を侍にする約束で天守閣の中柱の下に『人柱』として埋められました。天守閣は完成したのですが、その後、勝豊は近江長浜に移ることになり、柴田家も賎ヶ岳の合戦に敗れたり等々、結局お静の子どもは侍になることもなく、約束は反故になりました。
お静の霊はこれを恨み、その後毎年春雨でお濠の水を溢れさせ、人々はそれを「お静の涙雨」と呼び、小さな祠を建ててお静の霊を慰めました。
写真は城郭内公園の天守閣への階段のすぐ横にある「お静慰霊碑」。

公園内にはその他にも、丸岡城が霞の城といわれる所以という大蛇の伝説もあります。吐く息で城に霞をかけて丸岡城の危機を救った大蛇。その大蛇が現れた「雲の井」(井戸)は天守閣の石垣の左後方に。

日本で一番短い手紙のブームはここから!「一筆啓上」の書簡碑

日本で一番短い手紙のブームはここから!「一筆啓上」の書簡碑

写真:きんぎょ 美歩

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「一筆啓上書簡」は今では一番短い手紙として知られていますが、実はその手紙のブームはここ丸岡から!天守閣石垣のそばにある一筆啓上書簡碑。
書かれているのは「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」。家康の家臣、本多作左衛門重次が長篠の戦いの際陣中より妻に送った手紙と言われ、お仙というのは後の丸岡城6代目城主となる本多成重の幼名(仙千代)のこと。また火事には気を付けるよう、戦に欠かせない馬を大事にするよう、留守を気遣った手紙と思われます。
丸岡町は手紙文化の発信地として「日本一短い手紙」を募集し、今では「日本一短い手紙」は「日本一小さな物語」として心のこもった書簡が「一筆啓上賞」として表彰されています。

 一昨年の大賞のひとつ
「母」へ  
  母ちゃん。産んでくれてありがとう。今日も弁当、少し、味濃いよ

丸岡城を見上げる場所にある、駐車場脇の土産処は「一筆啓上茶屋」と名付けられ、丸岡町産の蕎麦を食べたり福井名物の水ようかんも買うことができます。

歴史は継体天皇時代から

いかがですか。日本の名城の中ではけっして大きくはないけれど、見どころの多い丸岡城。
城郭の規模も公園も小さく派手なお城ではありませんが、日本100名城の名に恥じない、古城観光としての満足度は間違いなし!
(城郭公園(丸岡城公園)内は散策自由。天守閣へは300円が必要です。)
また丸岡城のある坂井市や近隣の足羽は古い歴史ある風土で、聖徳太子の曾祖父継体天皇の話や像、また継体天皇の母である振媛の逸話や関連する建物や品々等が数多く見受けられる地域です。
歴史のひとコマを想いながら、ぜひ訪ねてみてはいかがでしょうか。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/04/03 訪問

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