天橋立の北に広がる歴史地区!京都府宮津市「府中」を歩こう

| 京都府

| 旅の専門家がお届けする観光情報

天橋立の北に広がる歴史地区!京都府宮津市「府中」を歩こう

天橋立の北に広がる歴史地区!京都府宮津市「府中」を歩こう

更新日:2019/03/11 14:09

木村 岳人のプロフィール写真 木村 岳人 フリーライター

日本三景のひとつとして有名な「天橋立」。その北岸に位置する「府中地区」は古代における丹後国の中心地として栄えてきました。江戸時代以降は天橋立と一体の観光地として知られるようになり、現在も多くの人々で賑わっています。

そのような府中地区は今もなお古代の名残を留めており、またこの地で営まれてきた農漁業による昔ながらの風景が広がっています。天橋立を訪れる際には府中地区も併せて散策するのがオススメです。

府中地区への参詣道であった「天橋立」を歩いて行こう

府中地区への参詣道であった「天橋立」を歩いて行こう

写真:木村 岳人

地図を見る

天橋立観光の拠点である京都丹後鉄道宮津線の「天橋立駅」は天橋立南端の文珠地区に位置しています。天橋立の北端に位置する府中地区へのアクセスはバスを使うのが一般的ですが、せっかくなので天橋立を歩いて縦断してみてはいかがでしょうか。

宮津湾と阿蘇海を一直線に分断する天橋立は、文珠地区から府中地区へと至る最短ルート。昔から参詣道として使われており、江戸時代中期の「和歌浦・天橋立図屏風」にも天橋立を行き交う人々の姿が描かれています。

府中地区への参詣道であった「天橋立」を歩いて行こう

写真:木村 岳人

地図を見る

その途中、砂州の幅が最も広くなっている地点には「磯清水」が存在します。周囲を海に囲まれているにも関わらず真水が湧きだす不思議な井戸で、「一口は げに千金の 磯清水」と俳句に詠まれるなど天橋立を訪れる人々に重宝されていました。

また天橋立は約8000本もの松が生い茂っており、松林の中を歩くのは実に清々しい気分になります。「夫婦松」や「千貫松」、「船越の松」など、名前が付けられている名木も数多く存在しており、それらを見て周るのも楽しいですよ。

文珠地区から府中地区へは約1時間で抜けることができます。天橋立の周囲にはレンタサイクルを扱っているお店も数多くありますので、体力に自信がないという方には自転車がおすすめです。

丹後国一ノ宮の「籠神社」にお参りしよう

丹後国一ノ宮の「籠神社」にお参りしよう

写真:木村 岳人

地図を見る

府中地区では、まずは「籠(この)神社」にお参りするのが良いでしょう。丹後国の一ノ宮である古社で、伊勢神宮に祀られている「豊受大神(とようけおおかみ)」や「天照大神(あまてらすおおかみ)」がかつて鎮座していたという伝承から「元伊勢」とも呼ばれています。

元々は谷の奥(現在の真名井神社)に位置していましたが、奈良時代の養老3年(719年)に現在地に移され、丹後地方を開拓した神様である「彦火明命(ひこほあかりのみこと)」を主祭神として祀るようになりました。

丹後国一ノ宮の「籠神社」にお参りしよう

写真:木村 岳人

地図を見る

注目して頂きたいのが神門の前に座る狛犬です。鎌倉時代に築かれたと伝わる古いもので、胴体と脚がどっしりと安定感のある名作として国の重要文化財に指定されています。

<基本情報>
住所:京都府宮津市字大垣430
電話番号:0772-27-0006
アクセス:京都丹後鉄道宮豊線「天橋立駅」から丹後海陸交通バス「伊根線」で約30分、「天橋立元伊勢籠神社」バス停下車徒歩約3分

古代から現在まで法燈を守り続ける「丹後国分寺」

古代から現在まで法燈を守り続ける「丹後国分寺」

写真:木村 岳人

地図を見る

籠神社から西へ1.5km程のところには、国の史跡に指定されている「丹後国分寺跡」が存在します。奈良時代の天平13年(741年)に聖武天皇の詔によって全国に築かれた国分寺のうちのひとつであり、東隣の小松集落は丹後国府に比定されています。

律令性の衰退にともない廃寺となった国分寺も多いのですが、丹後国分寺は中世以降も存続していきました。現在、丹後国分寺跡に残る礎石(柱の基礎)は中世に復興された時のもので、室町時代を代表する水墨画家「雪舟」の『天橋立図』(国宝)にもその様子が描かれています。

古代から現在まで法燈を守り続ける「丹後国分寺」

写真:木村 岳人

地図を見る

中世の伽藍は戦国時代の兵火によって失われており、また江戸時代の天和3年(1683年)には洪水によって流失して高台の現在地に移転しました。古代・中世・近代と場所は変化しつつも、丹後国分寺は現在まで法燈を守り続けています。

<基本情報>
住所:京都府宮津市国分793
電話番号:0772-27-0351
アクセス:京都丹後鉄道宮豊線「天橋立駅」から丹後海陸交通バス「伊根線」で約20分、「丹後郷土資料館」バス停下車すぐ

40棟もの舟屋が建ち並ぶ「溝尻集落」は必見!

40棟もの舟屋が建ち並ぶ「溝尻集落」は必見!

写真:木村 岳人

地図を見る

阿蘇海の沿岸には「溝尻集落」が存在します。国府の港である国府津(こうづ)としての役割を担っていた可能性がある漁業集落で、籠神社から出土した文治4年(1188年)の経筒(重要文化財)にも「溝尻村」とその名が記されています。

溝尻集落の特徴は、何と言っても海に面してズラリと並んだ「舟屋」です。舟を格納する為の舟屋が約40棟現存しており、穏やかな内海ならではの漁村風景を目にすることができます。

40棟もの舟屋が建ち並ぶ「溝尻集落」は必見!

写真:木村 岳人

地図を見る

舟屋といえば丹後半島北東に位置する「伊根浦」が有名ですが、伊根浦の舟屋は居室を伴う二階建てのものが多いのに対し、溝尻の舟屋は舟や漁具を収納するための仮設的なものが主流であるのが特徴です。

<基本情報>
住所:京都府宮津市溝尻
アクセス:京都丹後鉄道宮豊線「天橋立駅」から丹後海陸交通バス「伊根線」で約25分、「溝尻」バス停下車すぐ

江戸時代からの名物「キンタルイワシ」をお土産にどうぞ

江戸時代からの名物「キンタルイワシ」をお土産にどうぞ

写真:木村 岳人

地図を見る

かつて溝尻集落では沖網によるイワシ漁が盛んに行われ、特に阿蘇海で採れるマイワシは「キンタルイワシ(金樽鰯、金太郎鰯とも)」と呼ばれ珍重されていました。

江戸時代中期の俳人である「蝶夢(ちょうむ)」の『橋立秋の記』にも「名月や飛び上がる魚も金太郎」とキンダルイワシについて詠まれており、当時から名物として知られていたことが分かります。

大正時代になるとオイルサーディンの缶詰として全国に流通するようになりました。現在も宮津市の特産品として広く知られており、土産物屋等で購入することができます。

天橋立と共に賑わってきた府中地区

古代における丹後国の中心地であり、近世以降も天橋立と共に数多くの人々が訪れていた「府中地区」。そこには古代から現代までにかけて醸されてきた歴史的な風景が広がっていることから、「天橋立」や南側の「文珠地区」を含めた範囲が国の重要文化的景観に選定されています。

ぜひとも天橋立と共に府中地区を散策し、悠久の歴史に思いを馳せてみて下さい。様々な思いがけない発見があると思いますよ。

2019年3月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。

- PR -

条件を指定して検索

LINEトラベルjpで一緒に働きませんか?

- PR -

旅行ナビゲーター(在宅ライター)募集中!
この記事に関するお問い合わせ

- PR -