秋田・大湯環状列石(ストーンサークル)観光で知る縄文時代の世界観

秋田・大湯環状列石(ストーンサークル)観光で知る縄文時代の世界観

更新日:2019/03/28 08:53

大里 康正のプロフィール写真 大里 康正 旅する光と影の写真家、タイと台湾に詳しい旅作家
日本の縄文時代。今では「JOMON」として世界が注目する程の魅力にあふれ、各地に様々な遺跡群があり、独創的な出土品の中には国宝も存在しています。

中でも訪ねておきたい秋田県大湯にある環状列石は、縄文時代後期の遺跡群。日本最大の万座環状列石があり、他にも野中堂環状列石観光が可能です。また、数多くの出土品も有名で、中にはサイコロ?とまで言われる数字を意識した土版もあり、見逃せないのです。
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特別史跡「大湯環状列石」観光は大湯ストーンサークル館から

特別史跡「大湯環状列石」観光は大湯ストーンサークル館から

写真:大里 康正

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国の特別史跡である大湯環状列石観光は、まず大湯ストーンサークル館に入ることから始めましょう。こちらの施設では、縄文時代の歴史紹介と大湯環状列石からの出土品が展示されています。

特別史跡「大湯環状列石」観光は大湯ストーンサークル館から

写真:大里 康正

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中に入ると色々な資料があるロビーとなります。受付を済ませた後、パネルによる様々な紹介、そして縄文時代後期で今から約4000年前となる遺跡からの出土品を観光できるコーナーに進むことができます。

大湯ストーンサークル館で知る豊かな縄文文化

大湯ストーンサークル館で知る豊かな縄文文化

写真:大里 康正

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展示コーナーでは、大湯環状列石の発掘調査等で見つかった様々な縄文土器や土版が展示されています。

ところで縄文時代後期とはどのような時代なのでしょう。それをイメージすることは簡単なことではありません。しかしながら世界の出来事と比較してみると、どれだけ古い時代なのかを想像することが出来ます。

例えばパリのルーブル美術館が保有している「ハンムラビ法典」は、紀元前1792年から1750年にハンムラビ(ハムラビ)王が定めた法典。あるいは古代エジプト第18王朝のファラオである「ツタンカーメン」は紀元前1342年頃 - 紀元前1324年頃の人なのです。縄文後期はほぼこれらの時代と重なると言えます。

大湯ストーンサークル館で知る豊かな縄文文化

写真:大里 康正

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縄文の地層からは多くの出土品があり、様々な形、そして模様がある土器はとても有名です。一昔前にはその均一のデザイン性から縄を転がして模様をつけたと考えられており、そこから縄文という名称になったのです。ところが模様をつけるためのスタンプが多く見つかっており、縄だけではない模様の付け方があったことが分かっているのです。

また、縄や定型のスタンプでは作ることが出来ない模様も多く、縄文人が豊かな発想を持って、独特の土器を作っていたことを知ることが出来ます。その芸術性の高さから世界が注目する「JOMON」なのです。

大湯ストーンサークル館で知る豊かな縄文文化

写真:大里 康正

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模様だけではなくとてもユニークな形の土器まであり、じっくりとその姿、美しさを楽しみましょう。

土版の面白さ

土版の面白さ

写真:大里 康正

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大湯ストーンサークル館の中で、特に有名なものが長方形の中に1から6までを表す数と見られる模様が付いた土版があります。まるでサイコロの目のように形が整っており、縄文人にとって数は特別な意味があったのではないかと考えられています。

また数字の位置から、人体を意味しているとも考えられています。数字と人体を同時に意図しているとすれば、実に独創性のある土版ではないでしょうか。中央上部の大きな穴を1であり口と考えます。上の左右にある2つの穴は目。このようにして鏡で見ることが出来る裏側まで含め、じっくりと観察してみて下さい。

土版の面白さ

写真:大里 康正

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他にも様々な形をした土版が多く見つかっています。これは鼻の位置から、動物を模したものではないのでしょうか。

土版の面白さ

写真:大里 康正

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そして人間の姿と考えるのが適切な形の出土品も多数展示されています。縄文人の豊かな発想を楽しみましょう。

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日本最大の大きさ「万座環状列石」

日本最大の大きさ「万座環状列石」

写真:大里 康正

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大湯ストーンサークル館を出て、前の駐車場を過ぎて進むと「万座環状列石」となります。遺跡が発見されたのは昭和6年(1931年)のこと。環状の直径は52mあり、これは現在見つかっている国内のストーンサークルでは最大の大きさです。展望台がありますので、全体像を見てみましょう。

日本最大の大きさ「万座環状列石」

写真:大里 康正

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美しい環状列石は、周囲を歩くことも可能です。しかしながら遺跡の中には入らないようにして下さい。

環状列石を中心とし周囲に建物があり、更には貯蔵穴、遺物廃棄場所があったことが発掘調査で分かっていますので、生活の中心が環状列石にあると考えることが出来るのです。

日本最大の大きさ「万座環状列石」

写真:大里 康正

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この万座環状列石は150基以上の配石となっています。一見、無造作に置かれているようですが、意味があってその場所に配置されていると考えられています。ではなぜ、環状列石は作られたのでしょうか。

時代は何千年も前の縄文時代であり、具体的な記録はありません。現在の説は発掘調査や位置関係からとなるのですが、万座環状列石と次に紹介する野中堂環状列石の中心部を線で結ぶと、その先は夏至の日没方向になることが分かっています。太陽の運行を意識していたことは、自然と一体の生活をしていた縄文人にとって重要な意味があったことでしょう。

しかしここでさらなる疑問が出てきます。単に太陽の運行であれば、なぜこのような列石にしたのかということです。その答えは、太陽の動きを影で読み取るための日時計ではないか、というものです。

また、発掘調査で配石は墓であり、その集合体としての環状列石は「集団墓」となっていることが分かっています。ここからの出土品も併せて考えられることは、故人に対して、また自然に対しての畏敬を伴う「祭祀施設」を兼ねていたのではないかとも考えられているのです。

もし、これらの全てを兼ね備えた複合的な意味を持つとすれば、この地に暮らした人々にとって極めて重要な場所だったはず。観光の際にはそのようなことを思い浮かべながら、ストーンサークルを歩いてみて下さい。

道路を横断し「野中堂環状列石」へ

道路を横断し「野中堂環状列石」へ

写真:大里 康正

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秋田県道66号(十二所花輪大湯線)を横断し、「野中堂環状列石」に進みましょう。

道路を横断し「野中堂環状列石」へ

写真:大里 康正

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野中堂環状列石の環状径は44mと、万座環状列石よりもやや小さい姿となります。

道路を横断し「野中堂環状列石」へ

写真:大里 康正

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しかしながらこちらの遺跡は、より明確に日時計を表してるのではないかという形を見ることが出来るのです。ところでこれらの石はどこから運ばれてきたものでしょうか。それは2〜4km離れた大湯川から運ばれたことが分かっています。

約4000年前の縄文人たちは、何を思い、どのような考えて環状列石を作ったのでしょうか。ぜひとも現地に足を運び、自分自身で縄文の風を感じてみてはいかがでしょうか。

最後に、秋田県は縄文だけではない日本の歴史に重要な意味があった場所や風光明媚な観光地、そしてグルメも充実しています。下記の関連MEMOにリンク設定していますので、ぜひ、旅行の参考としてみて下さい。

大湯環状列石(ストーンサークル)の基本情報

住所:秋田県鹿角市十和田大湯万座45
電話番号:0186-37-3822
アクセス:鹿角花輪駅からバスで約30分。十和田ICから車で約15分

2019年3月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2018/07/24 訪問

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