新一万円札の顔!深谷市「渋沢栄一」を知る日帰りモデルコース

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新一万円札の顔!深谷市「渋沢栄一」を知る日帰りモデルコース

新一万円札の顔!深谷市「渋沢栄一」を知る日帰りモデルコース

更新日:2019/04/16 12:05

Naoyuki 金井のプロフィール写真 Naoyuki 金井 神社・グルメナビゲーター

20年ぶりの新紙幣発行、その中で紙幣の代名詞とも言える一万円札の肖像が埼玉県の偉人・渋沢栄一に決定しました。しかし、かつての新渡戸稲造と同様「渋沢栄一って誰?」と思われる方が多いようです。
そんな方にご紹介するのが、渋沢栄一の半生、そして功績を知る日帰りモデルコース。渋沢栄一がどんな偉人なのか、2024年の新紙幣発行までに知っておいてくださいね。

午前:深谷駅で栄一の存在を知る

午前:深谷駅で栄一の存在を知る

写真:Naoyuki 金井

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スタートは東京駅にそっくりな「深谷駅」です。何故東京駅にそっくりなのか、それは勿論渋沢栄一との関りによるものです。
現在、深谷と云えば「ねぎ」ですが、かつて深谷と云えば「レンガ」でした。そんな産業を興したのが渋沢栄一なのです。

午前:深谷駅で栄一の存在を知る

写真:Naoyuki 金井

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深谷駅のロータリーには渋沢栄一の座像があります。栄一は、江戸時代の1840年、現在の深谷市血洗島で生まれ、23歳の頃まで居住し東京に移りました。その後、多大なる功績を残し、郷土の偉人として銅像が建立されました。

午前:深谷駅で栄一の存在を知る

写真:Naoyuki 金井

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深谷駅とロータリーの間には遊歩道があります。これは「あかね道り」と云い、かつてレンガを製造していたレンガ工場と深谷駅を結ぶ、約4kmの貨物専用線跡を遊歩道としたものです。

午前:「あかね道」で深谷の産業を知る

午前:「あかね道」で深谷の産業を知る

写真:Naoyuki 金井

あかね通りは歩行者と自転車の通行ができ、所々レンガ敷になっている休憩スペースに癒されます。お天気の良い日の散歩は最高の気分です。

午前:「あかね道」で深谷の産業を知る

写真:Naoyuki 金井

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深谷駅から約2kmほど進むと鉄橋が展示されています。これは貨物専用線が福川を渡っていた「旧福川鉄橋」で、日本最古のプレートガーター橋として国指定産業遺産に指定されています。周辺はブリッジパークとして整備されており、多くの家族連れが楽しんでいます。

午前:「あかね道」で深谷の産業を知る

写真:Naoyuki 金井

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鉄橋から約2kmほど歩くと渋沢栄一所縁の「日本煉瓦製造会社」跡に到着です。明治時代、耐火・耐震などの必要性からレンガ製造が急務となり、渋沢栄一らが尽力して建設されました。

現存するのは、国指定重要文化財の「ホフマン輪窯6号窯」、「旧事務所」、「旧変電室」、「備前渠鉄橋」の4つの建造物です。ここで作られたレンガは、東京駅を始めとして東京大学、赤坂迎賓館、日本銀行旧館など重要な施設に使われています。現在は煉瓦資料館として、レンガの歴史が学べる貴重な施設です。

<基本情報>
所在地:深谷市上敷免28-11
電話番号:048-577-4501
アクセス:コミュニティバス利用

午後:「論語の里」で栄一の成長を知る

午後:「論語の里」で栄一の成長を知る

写真:Naoyuki 金井

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あかね通りから約3kmほどで大寄公民館に到着します。ここには栄一所縁の建造物「誠之堂」があります。

「誠之堂」は大正5年、栄一77歳の喜寿を記念して、世田谷区の第一銀行の保養施設・清和園内に建築されたものを移築復元した重要文化財です。これは栄一が日本最古の銀行、第一国立銀行(後に第一銀行)の初代頭取を務めたことによります。

設計は、大正期に活躍した田辺淳吉で大正期を代表する作品と高く評価されており、イギリスの田園農家風外観をモチーフに深谷のレンガで作られていると云われています。

なお、ここにはもう一つの建造物「清風亭」があります。栄一を補佐した当時の第一銀行頭取・佐々木勇之助の古稀を記念した建物で、同じく清和園内から移築されたものです。こちらはスペイン風の様式がちりばめられています。

<基本情報>
住所:埼玉県深谷市起会110番地1
電話番号:048-571-0341
アクセス:コミュニティバス利用

午後:「論語の里」で栄一の成長を知る

写真:Naoyuki 金井

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大寄公民館から約2kmほどで「論語の里」というエリアにはいります。これは7歳の栄一が、論語などの学問を習うため従兄の尾高惇忠家に通ったことから、両家の間の道を論語の道と呼び、周辺を論語の里と名付けられました。

栄一の師である尾高惇忠は、後に世界遺産である富岡製糸場の初代場長で、栄一も通ったその生家が「尾高惇忠生家」として深谷市指定文化財に指定されています。栄一が幕末の尊皇攘夷運動に目覚めたときには、ここで高崎城乗っ取り計画を謀議したとも云われています。

その後、栄一は京都へ向かい、一橋(徳川)慶喜に仕官することになりこの地を離れました。いわば栄一が成長期を過ごした重要な施設といえるでしょう。

<基本情報>
住所:深谷市下手計236
電話番号:048-577-4501
アクセス:コミュニティバス利用

午後:「論語の里」で栄一の成長を知る

写真:Naoyuki 金井

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尾高惇忠生家から300mほどにある「鹿島神社」。社殿の扁額は栄一の書によるもので、境内には栄一らが建立した尾高惇忠の偉業を称える碑が建立されています。

午後:「論語の里」で栄一の功績を知る

午後:「論語の里」で栄一の功績を知る

写真:Naoyuki 金井

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鹿島神社から300mほどに「渋沢栄一記念館」があります。一橋家で実力を認められた栄一は、27歳の時パリ万国博覧会を見学し、ヨーロッパの実情を目の当たりします。そして明治維新に帰国すると大蔵省に任官、日本で最初の株式組織「商法会所」の設立や富岡製糸場設立にも関わります。

大蔵省を辞めてからは民間経済人として株式会社組織による企業の創設育成に力を入れ、第一国立銀行をはじめ、王子製紙、東京海上保険、帝国ホテル、東京電力など500社以上の企業の設立に関わりました。

このように関わった企業が多すぎるため功績が理解し難いのですが、こうして栄一が関わった企業が中心となって現代の日本が成り立っている、と考えると多大なる功績というのが理解できると思います。

午後:「論語の里」で栄一の功績を知る

写真:Naoyuki 金井

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その記念館の裏側に「渋沢栄一立像」があります。高さ約4mの立派な像がひっそりと裏手にあるのが奇妙です。

その理由は、実はこの像、元々深谷駅のロータリーに鎮座していました。しかし、この銅像、見るからに顔と身体のバランスが悪く、「偉大なる渋沢翁に相応しくないカッコ悪さ」と市民からクレームが殺到。そこで現在の坐像と交代させられ記念館の裏手に移されたのです。
新一万円の顔となる栄一の銅像、栄一になんら問題はないのですが、そのうち「ダサかっこいい」ことになるかもしれませんね。

午後:「論語の里」で栄一の功績を知る

写真:Naoyuki 金井

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その渋沢翁が見つめる先には「青淵公園」があります。青淵とは渋沢栄一の号(称号)で、深谷の偉人の功績を称えて付けられ、庶民の憩いの場として親しまれています。それにしても公園から見る記念館はまさにバブル期の象徴のようです。

<基本情報>
住所:埼玉県深谷市大字下手計1204
電話番号:048-587-1100
アクセス:コミュニティバス利用

午後:「論語の里」で栄一の生い立ちを知る

午後:「論語の里」で栄一の生い立ちを知る

写真:Naoyuki 金井

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折角ですから青淵公園を歩きましょう。約500〜600mほどで「青淵由来の碑」が現れます。この青淵という号は、18歳の頃尾高惇忠がつけたもので、栄一の生家に淵があったことが由来です。
この碑は栄一の生家の淵の跡に建立されています。

午後:「論語の里」で栄一の生い立ちを知る

写真:Naoyuki 金井

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そして碑の隣にあるのが栄一の生れた旧渋沢邸「中の家(なかんち)」で、幕末の青年期をこの家で長男として過ごし、23歳のときに離れました。現在の建物は明治28年に栄一の妹夫婦により建てられたもので養蚕の特徴である高窓のある建物です。

生家を離れてからも栄一は帰郷を楽しみにし、頻繁に立ち寄って寝泊りしていました。現在は深谷市の管理となり、県指定旧跡「渋沢栄一生地」となっており、栄一の寝泊まりした部屋も見ることが出来ます。

<基本情報>
住所:埼玉県深谷市血洗島247-1
電話番号:048-587-1100
アクセス:コミュニティバス利用

午後:「論語の里」で栄一の生い立ちを知る

写真:Naoyuki 金井

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そして晩年、栄一は鎮守のお祭りには毎年欠かさず故郷に帰り、祭りに参加していたと云われています。その鎮守が中の家から300mほどにある「諏訪神社」です。

神社の拝殿は、大正5年に栄一から寄進されたものです。また、栄一の喜寿を祝って建立された「渋沢青淵翁喜寿碑」も境内に残されています。いつになっても故郷を恋しく思っていたのでしょうね。昭和6年(1931年) 死去、享年92でした。

渋沢栄一の人となりを知ることができましたか

いかがですか、少しは渋沢栄一を理解していただけましたか。
このコース徒歩で回ると約4〜5時間はかかりますので、見学時間などを考慮すると概ねまる1日かかるでしょう。時間や体力が無い方は、レンタサイクルを利用するのも良いでしょう。また、コミュニティバスは今回のルートをなぞる様に走っていますので便利ですが、ほぼ1時間に1本なので時間には要注意です。

したがって、深谷駅〜ブリッジパーク、煉瓦資料館〜大寄公民館、諏訪神社〜深谷駅をコミュニティバスにすると、かなり効率よく廻ることが出来るはずです。
現在、論語の里ガイドアプリでクイズラリーも2019年4月1日より開催されており、今後、更に利便性が良くなる可能性もあります。
新紙幣発行までに、是非、渋沢栄一の生誕地深谷を訪れてみてください。

2019年4月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2018/03/01−2018/06/30 訪問

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