麓から山頂まで丸ごと満喫!茨城県笠間市「笠間城」の歩き方

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麓から山頂まで丸ごと満喫!茨城県笠間市「笠間城」の歩き方

麓から山頂まで丸ごと満喫!茨城県笠間市「笠間城」の歩き方

更新日:2019/04/16 14:44

木村 岳人のプロフィール写真 木村 岳人 フリーライター

茨城県の中央部に位置する笠間市の笠間地区は、四方を山々によって囲まれた盆地に位置しています。その東側に聳える佐白山(さしろさん)には鎌倉時代に笠間城が築かれ、中世から近世にかけて笠間の支配拠点として機能していました。

その城域は佐白山の全域に亘る広大なもので、麓から山頂にかけて数多くの遺構が残されています。今回はそのような散策のしがいがある笠間城の見どころをご紹介します。

まずは「かさま歴史交流館井筒屋」で笠間城について知ろう!

まずは「かさま歴史交流館井筒屋」で笠間城について知ろう!

写真:木村 岳人

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笠間城を訪れる際には、何はともあれ佐白山の入口に位置する「かさま歴史交流館井筒屋」に立ち寄りましょう。明治中期に建てられた三階建ての旅館「旧井筒屋本館」をモダンにリノベーションした観光交流施設です。

まずは「かさま歴史交流館井筒屋」で笠間城について知ろう!

写真:木村 岳人

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一階の観光インフォメーションでは笠間城に関する様々なパンフレットが配布されていますので、縄張図など散策に役立つ資料を頂いておくと良いでしょう。

二階は歴史展示コーナーとなっており、笠間の歴史を深く知ることができます。中でも要チェックなのが笠間城の立体模型。縄張図と照らし合わせてみて、在りし日の笠間城のイメージを頭の中に入れておくと散策がスムーズです。

笠間城の正門である大手門から本丸へ

笠間城の正門である大手門から本丸へ

写真:木村 岳人

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山城である笠間城へのアクセスは、現在は下屋敷跡にあたる佐白山麓公園からの登山道で本丸に直接向かう人が多いようですが、どうせならかつての城主と同じように城の正面玄関である大手門から登城してみてはいかがでしょうか。登山道は傾斜が結構きついのに対し、大手門の道は比較的緩やかなので体力に自信のない方でも安心です。

大手門跡で注目して頂きたいのは、背後に連なる石垣です。これは慶長3年(1598年)に蒲生郷成(がもうさとなり)が笠間城を近世城郭に改修した際に築かれたもので、東日本には石垣を用いた城は少なく貴重な存在です。また笠間城は江戸時代を通じて笠間藩主の居城として維持され、山城として現役のまま明治維新を迎えた極めて特異な例でもあります。

笠間城の正門である大手門から本丸へ

写真:木村 岳人

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大手門跡から道なりに石段を上っていくと、やがて本丸に辿り着きます。かつて御殿が構えられていた広場の南側には巨大な土塁(土を盛った壁)が現存しており、その上部には「八幡台櫓」と呼ばれる二重櫓が建てられていました。また本丸の北西端にも二重櫓の「宍ヶ城櫓」が築かれており、現在も基礎の石材が残されています。

山頂の天守曲輪に残る石垣と佐志能神社

山頂の天守曲輪に残る石垣と佐志能神社

写真:木村 岳人

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本丸からさらに石段を上った山頂には天守曲輪が存在します。「山城なのに天守があるの?」と疑問に思われた方はお城通! 山の上に築かれている山城は防衛力こそ優れているものの、町との行き来が不便なので統治には向いていません。城郭に天守が築かれるようになった安土桃山時代には既に山城は廃れており、より町に近く統治しやすい平山城や平城が主流となっていました。

しかし笠間城は前述の通り蒲生氏によって近世城郭として整備されたことにより、山城としては珍しく天守が築かれることになったのです。もっとも笠間城の天守は一般的にイメージされるような巨大なものではなく、二重櫓程度の規模と実にささやかなものでした。

天守曲輪で目を見張るのが、約4mにも及ぶ巨大な石垣です。残念ながら東日本大震災で崩れてしまい、完全には修復されておらず痛々しい状態です。現在も一部に立入禁止の区域が残っていますので、そのような場所には決して立ち入らないようにしましょう。

山頂の天守曲輪に残る石垣と佐志能神社

写真:木村 岳人

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明治時代の廃城令により天守をはじめとした笠間城の建物は取り払われ、現在、天守曲輪には佐志能(さしのう)神社が祀られています。その建立には天守の部材が転用され、また本殿を取り囲む塀は天守の屋根瓦を積み上げて築かれました。姿こそ神社に変わりましたが、かつての天守の息吹は今もなお受け継がれているのです。

城内に残る採石場「石倉」を見に行こう!

城内に残る採石場「石倉」を見に行こう!

写真:木村 岳人

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天守曲輪を訪れた後は、佐白山の東麓に位置する「石倉」の見学がオススメです。天守曲輪へと上る石段の入口脇に案内標識が出ていますので、見落とさないようにしましょう。石倉までは細い山道が続きますが、アップダウンは少なくそれほど険しいものではありません。

城内に残る採石場「石倉」を見に行こう!

写真:木村 岳人

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石倉と聞くと「石造りの倉でもあるのかな?」と思うかもしれませんが、その正体は巨石が露出する採石場です。辺り一帯にはスッパリ切られた石材の残骸が散在すると共に、楔を打ち込んだ矢穴の跡を目にすることができます。

東日本に石垣の城が少ない理由として、良い石材が採れる産地が少ないという点が挙げられます。笠間城は城内で石材を賄うことができたたからこそ、石垣を築くことができたのです。その点、この石倉は笠間城を象徴する場所のひとつだといえるでしょう。

「坂尾の土塁」と「真浄寺の八幡台櫓」も必見のスポット!

「坂尾の土塁」と「真浄寺の八幡台櫓」も必見のスポット!

写真:木村 岳人

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最後に、笠間城の中心部からは少し離れますが、ぜひとも見て頂きたい場所として「坂尾の土塁」と「真浄寺の八幡櫓」があります。

「坂尾の土塁」は笠間城の北口にあたる防衛の最前線で、現在も高さ2.2mの土塁が残されています。東西の土塁を前後にずらした「食い違い虎口」として築かれており、現在は埋められていますが土塁の外側には堀も存在しました。

「坂尾の土塁」と「真浄寺の八幡台櫓」も必見のスポット!

写真:木村 岳人

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また笠間城の北西に位置する相生町の真浄寺には、かつて笠間城の本丸に建っていた「八幡台櫓」が移築されています。現在は七面堂と呼ばれる仏堂として使用されていますが、その堂々たる構えは城郭建築そのもの。現存する笠間城の建造物としてとても貴重な存在です。

笠間城の基本情報

住所:茨城県笠間市笠間3613
電話番号:0296-71-8118(かさま歴史交流館井筒屋)
アクセス:JR常磐線「友部駅」より「かさま観光周遊バス」で約15分、「笠間日動美術館」下車、徒歩約20分。

2019年4月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。

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