「国境の島」対馬で歴史スポット巡り!厳原市内のおすすめ5選

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今村 裕紀のプロフィール写真 今村 裕紀 旅先案内人

韓国との「国境の島」対馬には、国境であるがゆえに歴史の波に洗われて来た多くの史跡が、対馬南部の厳原(いずはら)を中心に残されています。14世紀後半から江戸時代に至るまで、一貫して対馬を治めて来た藩主宗氏にまつわる史跡をはじめ、幕府から一任された朝鮮通信使が通り過ぎて行った痕跡が、寺院などに残されています。そうした厳原市内に残る、徒歩圏内のスポットをご紹介いたします。

対馬藩主の菩提寺「万松院」

対馬藩主の菩提寺「万松院」

写真:今村 裕紀

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万松院は、対馬藩2代目藩主 宗義成が、初代藩主の父 義智の冥福を祈って建立した宗氏の菩提寺です。その後、数度の火災により、創建当時の姿を残すのは、写真の山門と仁王像のみですが、それらは対馬最古の木造建築と言われています。

対馬藩主の菩提寺「万松院」

写真:今村 裕紀

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堂内には対馬藩主の逝去に際して、朝鮮王国から贈られた三つ揃いの仏具である、三ツ具足(みつぐそく)の花瓶、香炉、燭台があります。これらは日光東照宮にも贈られており、対馬藩に対する朝鮮王国の信頼を表すものとされています。

対馬藩主の菩提寺「万松院」

写真:今村 裕紀

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本堂の横から百雁木(ひゃくがんぎ)と呼ばれる比較的緩やかな123段の石段が続きます。この石段を上ったところに宗家一族の墓所である御霊屋(おたまや)があり、巨大な墓がずらりと立ち並びます。鬱蒼としながらも、あたりには荘厳な雰囲気がたちこめています。

<万松院の基本情報>
住所:長崎県対馬市厳原町西里192 
電話番号:0920-52-0984
拝観料:大人300円、中高生200円、小学生100円。年中無休
開館時間:8:00〜18:00(10月中旬〜4月は17:00まで)
アクセス:厳原「観光情報館ふれあい処つしま」より徒歩8分

対馬藩の居城「金石城」櫓門と復活した庭園

対馬藩の居城「金石城」櫓門と復活した庭園

提供元:(一社)対馬観光物産協会

http://www.tsushima-net.org/地図を見る

金石城は、対馬藩藩主である宗氏の居城であった金石屋形を朝鮮通信使を迎えるために近世城郭に改築したもので、天守は築かれず、大手口の櫓門を天守の代用としました。その後、この櫓門は焼失と解体を経て、 平成2年に古写真や模型などから復元されたのです。

対馬藩の居城「金石城」櫓門と復活した庭園

提供元:(一社)対馬観光物産協会

http://www.tsushima-net.org/地図を見る

旧金石城の敷地内にある旧金石城庭園は、発掘された庭園です。
この地はかつて厳原中学校の校庭で、片隅に日本庭園で使用される巨大な景石と荒れ果てた池がありました。宗家の文書に敷地に「心字池」を作ったとの記録があり、さらに朝鮮通信使を迎えるために城内の整備が行われた際に作成された複数の図葉に大規模な泉水が描かれていることから、校庭の池との関係が指摘されて来ました。

そこで平成9年から平成16年にかけて、史跡の整備事業の一環として発掘調査が行われ、その結果、中学校の施設であった池の巨石の多くは、江戸時代の金石城庭園の築山に据えられた景石をそのまま踏襲するもので、その北側には中島を擁する大規模な泉水が造営されていたことが判明しました。こうして金石城の大名庭園は復元されて蘇り、平成19年に国の名勝に指定されたのです。

<旧金石城庭園の基本情報>
住所:長崎県対馬市厳原町今屋敷(旧金石城敷地内)
入園料:一般300円、小・中学生100円、乳幼児無料
休館日:火・木、年末年始
開館時間:9:00〜17:00
アクセス:厳原「観光情報館ふれあい処つしま」より徒歩6分

朝鮮外交に携わった「西山寺」と「国分寺」

朝鮮外交に携わった「西山寺」と「国分寺」

写真:今村 裕紀

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厳原の高台に建つ西山寺(せいざんじ)は、江戸時代に朝鮮との外交機関「以酊庵」が置かれていたお寺です。幕府は日朝外交を推進するため、外交文書に精通した専従の担当者が必要となり、京都五山の碩学の僧をここに派遣して、朝鮮との往復書簡のことや朝鮮からの使者の接待のことなどにあたらせました。そうした由緒あるお寺なのです。

現在では、宿坊を兼ねています。高台にあり、長屋門を備えた静かで、落ち着いた佇まいに触れると、思わず心なごみます。

<西山寺の基本情報>
住所:長崎県対馬市厳原町国分1453
アクセス:厳原「観光情報館ふれあい処つしま」より徒歩4分

朝鮮外交に携わった「西山寺」と「国分寺」

写真:今村 裕紀

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対馬国分寺。江戸時代に造られた山門をくぐると、屋根の獅子瓦が睨みをきかせて迎えてくれます。

聖武天皇によって国ごとに国分寺が造られたとき、対馬にも島分寺として、この国分寺が創建されました。その後、この国分寺が大きな役割を果たすのは、江戸時代に朝鮮通信使の客館となったことです。しかしながら、1811年には、日本側の財政事情から朝鮮通信使一行336名を江戸に招くことなく、対馬の地のみで迎え、幕府の使者とともに、儀式、接待を行いました。これが最後の朝鮮通信使となり、「易地聘礼」と言われました。朝鮮通信使の歴史に幕が閉じられた寺院です。

<国分寺の基本情報>
住所:長崎県対馬市厳原町天道茂480
アクセス:厳原「観光情報館ふれあい処つしま」より徒歩10分

対馬藩 藩船の係留地跡「お船江跡」

対馬藩 藩船の係留地跡「お船江跡」

写真:今村 裕紀

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厳原港の南、久田川の河口に「お船江跡」はあります。それは江戸時代に対馬藩が藩船を係留するために構築した船たまり跡のことです。当初は四つの突堤が設けられましたが、ひとつは埋め立て現在の姿をとどめています。

対馬藩 藩船の係留地跡「お船江跡」

写真:今村 裕紀

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江戸時代に水辺に面していた藩には、それぞれ藩の船を格納する施設を設けていたと言われていますが、これほどの原形を残しているのは全国的に珍しく、貴重な遺構です。江戸時代に造られたドック跡は必見のスポットです。

<お船江跡の基本情報>
住所:長崎県対馬市厳原町久田
アクセス:厳原「観光情報館ふれあい処つしま」より徒歩25分

対馬の情報発信基地「観光情報館 ふれあい処つしま」

対馬の情報発信基地「観光情報館 ふれあい処つしま」

写真:今村 裕紀

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対馬の中心部 厳原町にある「観光情報館 ふれあい処つしま」は、対馬の情報発信基地です。

施設には、「観光案内」「観光の間」「物産品の間」「ふれあい食堂 憩い」や多目的広場などの機能が備わっています。建物は、対馬産の木材と日本瓦が使用され、対馬藩家老 古川家の長屋門を再現したものです。

対馬の情報発信基地「観光情報館 ふれあい処つしま」

写真:今村 裕紀

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「観光の間」では、対馬を代表する動植物や自然、対馬が辿って来た激動の歴史などが写真や映像でとても分かりやすく展示されています。
写真の床面は、古代から近代にかけて、複数に巡らされた対馬との繋がりを示す海上交通ルートです。

また、「ふれあい食堂 憩い」では、縄文時代後期に伝来したといわれる十割そば「対州(たいしゅう)そば」やサツマイモを原料とした、ちょっと黒っぽい麺「ろくべえ」などをはじめとした、対馬ならではの料理を食することが出来ます。

<観光情報館 ふれあい処つしまの基本情報>
住所:長崎県対馬市厳原町今屋敷672番地1
電話番号:0920-52-1566
営業時間:
・観光案内所 8:45〜17:30
・観光の間 9:00〜17:00
・特産品の間 9:00〜18:00
・多目的広場 8:45〜18:00
・ふれあい食堂 憩い 11:00〜14:00
アクセス:厳原港より徒歩10分

歴史の波あとが残る対馬へ

ご紹介したスポットはすべて徒歩圏内ですが、「お船江跡」だけ少し離れていますので、周遊する場合には、「観光情報館 ふれあい処つしま」でレンタル出来る、自転車(電動アシスト付もあり)が便利です。

また、その「お船江跡」へは、海岸道路伝いに進んで行きますので、その間、左手に対馬海峡の景観がひろがり、開放的でとても爽やかな気分に浸ることが出来ます。
歴史の波あとが残る「国境の島」対馬に出かけてみませんか。

2019年5月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2019/03/24−2019/03/26 訪問

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