つづら折りの登城路を制覇せよ!島根「月山富田城」は日本屈指の要害

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島塚 渓のプロフィール写真 島塚 渓 トラベルライター

島根県安来市にある月山富田城(がっさんとだじょう)は、戦国の大名、尼子氏が本拠地とした日本屈指の要害。天然の地形を利用した難攻不落の山城で、お城ファンのみならず、ハイキングを楽しみたい人たちからも根強い人気を誇る観光スポットとなっています。
今回は、この月山富田城の魅力を紹介していくので、ぜひともみなさんの旅行の参考にしてみてください!

繁栄を極めた尼子氏の居城

繁栄を極めた尼子氏の居城

写真:島塚 渓

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尼子氏は戦国時代に、月山富田城を本拠地として、中国地方に覇を唱えた大名。一時は山陰山陽11カ国を支配するほどの強大な勢力を誇っていました。
しかし、毛利氏の侵攻によって次第に衰退し、永禄9年(1566年)、難攻不落を誇った月山富田城もついに落城。毛利元就(もうりもとなり)の謀略と兵糧攻めに苦しめられ、開城時には300人あまりの将兵が残っているだけだったと伝わっています。

防御機能を高める曲輪に注目

防御機能を高める曲輪に注目

写真:島塚 渓

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月山富田城の魅力は、天然の地形を利用した、その堅牢な構造にあります。標高184mの月山の山頂部分に築かれた本丸を中心に、幾重にも連なる断崖絶壁の砦と、外堀のように流れる飯梨川(いいなしがわ)が、自然の要害として見事に利用されています。

防御機能を高める曲輪に注目

写真:島塚 渓

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南北1キロメートルに及ぶ壮大な規模の月山富田城は、本丸、二の丸、三の丸が連なる山頂部分と山中御殿(さんちゅうごてん)や花の壇(はなのだん)と呼ばれる、尾根沿いに設置された曲輪群によって成り立っています。

防御機能を高めるうえで、これらの曲輪は非常に重要で、特に麓から続く3つの攻め口が合流する山中御殿は、守りのかなめとしての機能を有しているんです。3000平方メートル余りの比較的大きな土地に、城主の館があったと考えられ、月山富田城でも大切な場所として利用されていました。

防御機能を高める曲輪に注目

写真:島塚 渓

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山中御殿の正面、一段下がった場所にある花の壇と呼ばれる曲輪には、侍たちの詰所として利用された「侍所(さむらいどころ)」が復元されています。発掘調査をもとに建てられた掘立柱の建物で、当時の様子を偲ぶことができる貴重な資料となっています。
また、花の壇という変わった名称は、かつて、ここに多くの花が植えられていたことから、名付けられたと言われているんです。

山頂部分にあるメインの本丸

山頂部分にあるメインの本丸

写真:島塚 渓

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山中御殿から本丸のある山頂部分に行くためには、「七曲がり」と呼ばれる急峻な一本道を登るしかありません。舗装されているとは言え、幾重にも折れ曲がる急勾配の登城路を歩くのは、かなりの重労働です。
難攻不落の要害として知られる月山富田城にふさわしい登城路になってていますよ。

山頂部分にあるメインの本丸

写真:島塚 渓

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七曲がりを登った先にある山頂部分は、三の丸、二の丸、本丸が縦長につながったの連郭式(れんかくしき)に配置されています。見事に積み上げられた石垣や本丸と二の丸の間に設けられた、深さ7、8メートルの堀切(ほりきり:外敵を防ぐための人工的な溝)は必見です!

山頂部分にあるメインの本丸

写真:島塚 渓

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また、標高184mの山頂部分からの眺めも抜群なんです。遠くに中海(なかうみ)、さらには日本海まで望むことができ、「日本名城100選」にも選ばれる山城ならではの雄大な景色が楽しめます。これまでの登城の疲れが一気に吹き飛ぶ素晴らしい眺めとなっていますよ。

月山富田城の基本情報

所在地:島根県安来市広瀬町富田
電話番号:0854-32-2767(安来市立歴史資料館)
料金:無料

2019年5月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2019/04/27 訪問

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