写真:Ise Shinkurou
地図を見る松阪城は安土桃山時代に蒲生氏郷(がもううじさと)が築いた城で、その城下町は楽市楽座により栄えた商人の町でもあります。
徳川時代には紀州藩の管轄地となり、城の警護を任されたのは紀州藩士。その藩士と家族が住んだ武家屋敷「御城番屋敷」は、市のシンボルとして大切に保存されてきました。
この長屋は、裏門跡と搦手門(からめてもん)跡を結ぶ石畳の道の両側に立ち並んでいます。まずは「松阪城址」に登って頂き、上からその全景をお楽しみください。
写真は、松坂城址「二の丸跡」から写したものですが、槇(まき)で囲まれた長く続く屋根瓦、そして前庭と裏に張り出した棟が、石畳とともに素晴らしい景観を見せています。ここからの眺めは地元お勧めのビュースポットの一つです。
ですが撮影にあたり一つお願いがあります。松阪城址は公園として整備されていますが、城としての石垣の美しさを愉しんで頂くため柵や、フェンスなどは設置しておりません。くれぐれも足元にご注意して頂き撮影をお願いします。
では下に降りて石畳を歩いてみましょう。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る石畳の両側には東棟10戸・西棟9戸の長屋が続きます。約1ヘクタールの敷地の中に主屋(しゅおく)2棟・畑地・土蔵・神社等が現存しています。
現在も紀州藩士の子孫が住みながら維持管理をしていますので、「住居として今も生き続ける武家屋敷」です。全国的にも珍しいと言えますね。
写真は石畳から城を眺めたものです。静かな石畳を歩いていると、まるで映画のロケセットに迷い込んだような、いえ武士の時代にタイムスリップしたような快さ!裃を身に着けて登城する武士が歩いているような錯覚を起こしますよ。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る御城番屋敷左手側には、以前松阪城の隠居丸に建てられていた米蔵(県指定有形文化財)が移築されています。残念ながら松阪城関連の建造物は現存していませんので、この土蔵が唯一の現存建築物になっています。
内部の見学は出来ませんが、美しい白壁と建物の大きさが、往時の松阪の繁栄を物語る土蔵ですので是非お立ち寄り下さい。
次に御城番屋敷内が一般公開されていますのでそちらをご紹介しますね。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る40石取りの紀州藩士20人が移り住んだ武家長屋は、間口五間、奥行き五間という広さで、上がり框(かまち)のある玄関と前庭、さらに裏には小さな庭があります。
平成20年より保存修理が行われ、ほぼ往時のままの様子で公開されています。屋敷内へ一歩入ると、武士の質素な生活と規律の厳しさを感じて頂けます。
「御城番屋敷」
開館時間: 午前10時〜午後4時
休館日: 月曜日・年末年始
入館料: 無料
お願い:公開されている一戸以外は現在も普通の住居として利用しておりますので、庭先などへの入り込みはご遠慮ください。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る市のシンボル・松阪城には、天守などの建造物は残っていません。ではありますが、安土桃山時代に組まれた石垣の素晴らしさは、決して他の名城に負けません。
フェンス等の設置が行われていないため、往時の様子を色濃く残し、石垣の持つ独特の景観をじっくり楽しんで頂けます。また本丸跡からは松阪の町並みが一望できますので、市街地そして遠くは伊勢湾を望む事が出来ます。
また松阪市は三越の前身である越後屋発祥の地でもあり、市内には往時の松阪商人の繁栄を感じる事の出来るスポットが点在しています。そちらも散策するとより楽しんで頂けるのではないでしょうか。(併せてメモ欄の記事もどうぞ)
お車の方の駐車場ですが、城横にある観光駐車場または歩いて5分程の市役所駐車場をご利用下さい。市内を散策されるのには市役所駐車場が便利です。
武家屋敷は全国に残っていますが、松阪市にある「御城番屋敷」は現在も住居として使われながら保存されている珍しい史跡。まるで映画のロケセットに迷い込んだような歴史ロマンを感じて頂ける地元お勧めの場所です。そして松阪城址の石垣は是非皆様に目にして頂きたい松阪のシンボル。
またこの地は江戸時代に伊勢参りの旅人で賑わった商人の町でもあります。武将の夢と豪商の夢を感じに松阪へおいでになりませんか?
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(2024/9/18更新)
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