捕鯨で栄えた港町〜長崎県・的山大島「神浦」の町並み散策!

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捕鯨で栄えた港町〜長崎県・的山大島「神浦」の町並み散策!

捕鯨で栄えた港町〜長崎県・的山大島「神浦」の町並み散策!

更新日:2019/05/11 13:01

木村 岳人のプロフィール写真 木村 岳人 フリーライター

長崎県・平戸島の北方に浮かぶ的山(あづち)大島。その南東部に位置する「神浦(こうのうら)」は、江戸時代に捕鯨で栄えた歴史を持つ港町です。

入江沿いの路地には江戸時代中期から昭和初期にかけて築かれた町家が軒を連ねており、歴史ある町並みが残ることから国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されいます。

昔ながらの風情を今に留める神浦の町並みを、集落の歴史を感じながら散策してみるのはいかがでしょうか。

深く切り込んだ天然の良港に位置する神浦

深く切り込んだ天然の良港に位置する神浦

写真:木村 岳人

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的山大島は周囲の大部分を切り立った断崖絶壁によって囲まれており、平地がとても少ない地形ですが、奈良時代に編纂された『肥前風土記』に「大家島」の名で記されるなど、古くより海上交通の要衝として重要視されていました。

室町時代になると遣明船の寄港地として知られるようになり、その頃には神浦の集落が形成されていたと考えられています。

深く切り込んだ天然の良港に位置する神浦

写真:木村 岳人

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高台から神浦を見下ろすと、木々が生い茂る山々に囲まれていて、まるで山村のよう。それは集落が深く切り込んだ入江の奥に位置しているためで、くの字に折れた神浦湾は風や波の影響を受けにくく、まさに天然の良港というべき場所でした。

平戸藩の財政を支えた神浦の捕鯨業

平戸藩の財政を支えた神浦の捕鯨業

写真:木村 岳人

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的山大島に転機が訪れたのは江戸時代前期の寛文元年(1661年)。平戸藩の政務役であった井元氏が藩主の勧めによって鯨組を組織し、的山大島の北東に広がる玄界灘で捕鯨業を始めました。神浦湾の入口に鯨の解体場を設置し、また入江の海岸を埋め立てて倉庫や組網工場などといった捕鯨に関する設備を整えたのです。

この捕鯨業は多大なる成功を収め、神浦を中心としながらも島内の各所に出漁拠点が設けられ、累計数百人もの従事者を擁する一大産業へと成長しました。当時は「鯨一匹捕れば七浦潤う」といわれており、捕鯨は平戸藩の財政を支えつつ島民の生活を潤したのです。

平戸藩の財政を支えた神浦の捕鯨業

写真:木村 岳人

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しかしながら、玄界灘での捕鯨は平戸藩のみならず五島藩や唐津藩なども行うようになり、乱獲によって捕鯨量はたちまち減少。結局、江戸時代中期の享保年間(1716〜1735年)に鯨組が解体されたことにより、捕鯨業は廃業となりました。

神浦の入江に面した各種捕鯨施設の跡地には新たに町家が築かれ、今に見られる町並みの骨格が形成されました。その後も大きく変化することはなく、神浦では江戸時代中期からの町割が現在にまで継承されています。

寺社に奉納された品々で捕鯨業の隆盛を実感!

寺社に奉納された品々で捕鯨業の隆盛を実感!

写真:木村 岳人

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神浦集落背後の高台には、真教寺や西福寺といった寺社が境内を構えています。中でも集落の中心に鎮座する天降(てんこう)神社は、享保2年(1717年)に平戸藩主が奉納した肥前型の石鳥居がそびえており、その左右には鯨組の当主であった井元氏の奉納による石灯篭が据えられています。

井元氏は真教寺の創建者でもあり、その境内には享保9年(1724年)に井元氏が奉納した梵鐘や半鐘も今に残されています。

寺社に奉納された品々で捕鯨業の隆盛を実感!

写真:木村 岳人

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また現在の平戸市役所大島分室の敷地内にある「恵籠(えのごもり)ソテツ」は、井元氏が寛文年間(1661〜1673年)に琉球から取り寄せ、藩主に献上したものの一部であると伝えられています。遥か琉球まで交易船を出すことができたなんて、捕鯨業による井元氏の隆盛ぶりがうかがえますね。

入江に沿った細い路地に建ち並ぶ神浦の町家

入江に沿った細い路地に建ち並ぶ神浦の町家

写真:木村 岳人

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神浦湾の最奥部では東から東流川が、西からは西流川が流れ込んでおり、それらに並行して伸びる細い路地に古い町並みが続いています。

いずれの路地も山側が旧来からの土地で、川側は捕鯨施設設営の埋め立てによって造成された土地です。山側はすぐ側まで山が迫っていることから敷地が狭く、奥行きの浅い家が多いのに対し、川側は比較的敷地に余裕があることから奥行きが深く、裏手に離れを持つ家も存在します。

入江に沿った細い路地に建ち並ぶ神浦の町家

写真:木村 岳人

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また各路地は緩やかに湾曲していることから、弓なりの土地に合わせた台形の平面を持つ家が多いのが神浦の町並みの特徴となっています。

時代ごとに変化してきた「腕木」に注目!

時代ごとに変化してきた「腕木」に注目!

写真:木村 岳人

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神浦の町家で注目すべきなのは、正面に張り出した庇を支える「腕木」です。この腕木は時代によって様式が異なっており、江戸時代中期のものは雲の模様が描かれた板状の持ち送りであるのに対し、江戸時代後期にはシンプルな棒状の方杖となり、また明治時代になると装飾を施した方丈と、時代ごとにデザインが変化しているのです。

時代ごとに変化してきた「腕木」に注目!

写真:木村 岳人

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腕木の様式を見れば、いつ頃に建てられた家なのかの推定も可能です。各時代における、島大工の美意識を体感しながら町並み散策を楽しみましょう。

的山大島「神浦」の基本情報

住所:長崎県平戸市大島村神浦
アクセス:「平戸港」より「フェリー大島」で約40分、「的山港」より「大島村産業バス」で約15分、「天降神社前バス停」下車すぐ

2019年5月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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