田畑に残る戦争遺産!兵庫県「姫路海軍航空隊鶉野飛行場跡」

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田畑に残る戦争遺産!兵庫県「姫路海軍航空隊鶉野飛行場跡」

田畑に残る戦争遺産!兵庫県「姫路海軍航空隊鶉野飛行場跡」

更新日:2019/07/19 13:56

乾口 達司のプロフィール写真 乾口 達司 著述業/日本近代文学会・昭和文学会・日本文学協会会員

兵庫県加西市は播磨平野に位置する街。のどかな田園風景が広がる牧歌的な地域です。そんな加西市に、戦時中、海軍航空隊の飛行場があったこと、ご存知ですか?「姫路海軍航空隊鶉野飛行場」です。今回はのどかな田園地帯に点在する「姫路海軍航空隊鶉野飛行場」の痕跡を探りましょう。

滑走路の跡が残る!加西市の「姫路海軍航空隊鶉野飛行場跡」

滑走路の跡が残る!加西市の「姫路海軍航空隊鶉野飛行場跡」

写真:乾口 達司

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「姫路海軍航空隊鶉野飛行場跡(ひめじかいぐんこうくうたいうずらのひこうじょうあと)」は兵庫県加西市に残る飛行場跡。大日本帝国時代、姫路海軍航空隊の飛行場として利用されました。完成は1943年10月。飛行場の南方には川西航空機姫路製作所鶉野工場もあり、そこで組み立てられた「紫電」「紫電改」などの戦闘機の試験飛行にも使われました。

注目したいのは、当時、使われていた滑走路がいまでも部分的に残されていること。写真はかつての滑走路上から北東方面を撮影したものですが、全長が1200メートル、幅60メートルもあったため、地上からではこれが滑走路の跡だとはわかりにくいでしょう。しかし、航空写真だと、滑走路の跡であることがはっきりわかりますよ。

滑走路の跡が残る!加西市の「姫路海軍航空隊鶉野飛行場跡」

写真:乾口 達司

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滑走路の脇には、現在、ご覧のような石碑が建立されています。これは「鶉野平和祈念の碑」と呼ばれている石碑。1945年、練習生によって結成された神風特攻隊「白鷺隊」の隊員63名の命が失われた事実などを踏まえて、戦争の悲劇を二度と繰り返さないという誓いのもとにかつての海軍関係者や地元有志によって建立されたものです。

滑走路の跡が残る!加西市の「姫路海軍航空隊鶉野飛行場跡」

写真:乾口 達司

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滑走路の近くには「鶉野飛行場資料館」も設置されています。毎月第1・3日曜日の午前10時から午後4時まで開館しており、入館無料で鶉野飛行場に関する資料を拝観することができます。

滑走路の周辺に点在する遺構の数々

滑走路の周辺に点在する遺構の数々

写真:乾口 達司

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当時の遺構は、何も滑走路だけに限りません。たとえば、写真の蒲鉾型の建造物は防空壕の遺構で、太平洋戦争末期、日本の敗北が濃厚となり、敵機の襲来が予想されるなか、こちらの地下で飛行の指揮がとられました。

滑走路の周辺に点在する遺構の数々

写真:乾口 達司

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写真はその入口部分を撮影したもの。地下の指揮所へとつながっています。内部にはさまざまな資料が展示されています。

点々と連なる防空壕跡

点々と連なる防空壕跡

写真:乾口 達司

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防空壕はほかにもたくさん作られ、いまでも幾つか見ることができます。こちらの防空壕はコンクリート製の大型防空壕跡。鶉野飛行場周辺の防空壕では最大の規模を誇ります。空爆時に起こる爆風が内部を直撃しないため、意図的に凸型の形に屈曲して作られています。

ちなみに、こちらの防空壕の近くの砂利道は、映画『火垂るの墓』のロケ地の一つとなっています(神戸大学農学部の敷地内のため、立ち入り禁止)。

点々と連なる防空壕跡

写真:乾口 達司

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一方、写真は地面をくり貫いただけの素掘りの防空壕跡。素掘りの防空壕が現存しているのは珍しいといわれています。

点々と連なる防空壕跡

写真:乾口 達司

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写真は防空壕ではなく、爆弾庫跡。当時は機関銃や爆弾などが保管されていました。取り扱いに注意を要するものが多かったため、強固なコンクリート造りとなっています。

これらの防空壕や爆弾庫跡は、協和ロジスティック株式会社の脇から神戸大学農学部の敷地に沿って走る道路沿いに点々と連なるように残っています。

田畑のなかに残る機銃座跡

田畑のなかに残る機銃座跡

写真:乾口 達司

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滑走路跡の北方、田畑のなかには、敵機から飛行場を守っていた機銃座の跡も残されています。当時は25ミリ連装機銃が据え付けられていました。

田畑のなかに残る機銃座跡

写真:乾口 達司

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もちろん、写真の機銃は当時のものではありません。これは2005年に上映された映画『男たちの大和』で使用された実物大の模型。よく見ると、銃口に蜘蛛の巣が張っていますが、これからも銃口から火が吹くことのないよう、私たちは不断の努力を続けていかなければなりませんね。

田畑のなかに残る機銃座跡

写真:乾口 達司

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写真は地下の弾薬庫へと通じる入口。内部は浸水状態となっているため、立ち入りは禁止されています。

鶉野飛行場の玄関口として栄えた北条鉄道「法華口駅」

鶉野飛行場の玄関口として栄えた北条鉄道「法華口駅」

写真:乾口 達司

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鶉野飛行場跡の最寄り駅は、こちらの北条鉄道「法華口駅」となります。1915年の開設から百年以上の歴史を持つ駅で、当時も隊員たちは法華口駅を利用していました。

鶉野飛行場の玄関口として栄えた北条鉄道「法華口駅」

写真:乾口 達司

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先ほど防空壕が点々と連なる様子を紹介しましたが、その道にはご覧のような表示が見られます。こちらの案内にしたがって鶉野飛行場跡をめぐりましょう。

鶉野飛行場跡がいかに貴重な遺構であるか、おわかりいただけたでしょうか。かつて多くの死者を出して敗北に終わった戦争を日本が経験していることを知るのにも意義深い遺構であるため、姫路海軍航空隊鶉野飛行場の跡地をめぐり、戦争の悲劇をもう二度と繰り返さないという思いを抱いてもらえることを切に祈ります。

姫路海軍航空隊鶉野飛行場跡の基本情報

住所:兵庫県加西市鶉野町
アクセス:北条鉄道「法華口駅」より徒歩約30分

2019年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2019/05/02 訪問

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