四国唯一!坂本龍馬と高杉晋作の滞在所〜香川・呑象楼と周辺伝承地〜

四国唯一!坂本龍馬と高杉晋作の滞在所〜香川・呑象楼と周辺伝承地〜

更新日:2019/07/04 09:31

春野 公比呂のプロフィール写真 春野 公比呂 歴史研究家、郷土文筆家、郷土登山家
香川県琴平町の金毘羅門前町には、高杉晋作が長州支藩・長府藩から追われる身になった際、匿い、また、龍馬が脱藩の前月に訪れた際も交流した勤王侠客・日柳燕石がいました。晋作や龍馬が滞在した燕石の自宅、呑象楼は四国唯一の両人の現存滞在所で、2018年より公開されていますが、どんでん返し壁等の仕掛け部屋があります。他にも町内には晋作と龍馬の伝承地が点在しています。幕末の二大ヒーローの追体験をしてみましょう。
LINEトラベルjpなら、その旅行代LINEポイントで戻ってきます!対象はこちら

晋作の琴平で最初の滞在所

晋作の琴平で最初の滞在所

写真:春野 公比呂

地図を見る

晋作と龍馬が金毘羅(こんぴら=金刀比羅宮界隈)を訪れたのは別々の時期です。晋作は慶応元年(1865)、長州随一の港である下関港周辺の長州支藩の領地を、自分の所属する長州親藩である萩藩の領地にし、外国に向けて開港する下関開港・替地論を展開します。しかし、これに激怒した下関港周辺を領有する長府藩の報国隊軍監が晋作の暗殺命令を発令。晋作は同年4月下旬、愛妾・おうのを連れ、四国へと逃亡しました。

晋作らは松山から丸亀へと向かい、そこから金毘羅参詣道・丸亀道を南下して金毘羅を目指します。これまで長州その他の勤王志士たちを支援してきた日柳燕石(くさなぎえんせき)を頼るためです。燕石は後に晋作が手紙で、「子分が一千人いる大親分」と評した讃岐屈指の侠客でした。

しかし晋作は幕府にとってはお尋ね者であるため、燕石は最初、自宅から少し離れた地にある旅籠「藤の棚」で晋作と会い、今後の潜伏活動について話し合ったのでした。ここは琴平町内での晋作の最初の滞在所なので、幕末ファンにとってはある種、感慨深いのではないでしょうか。

<藤の棚跡の基本情報>
所在地:香川県仲多度郡琴平町苗田
電話番号:0877-75-6716(琴平町教育委員会)
アクセス:高松琴平電鉄琴平線榎井駅から徒歩10数分

晋作の琴平で最初の滞在所

写真:春野 公比呂

地図を見る

街道コースは藤の棚跡から西進し、次の四差路で南に折れた後、すぐの変形四差路をまた西に折れます。国道319号を越えると、道路を跨ぐ金毘羅の「横瀬の鳥居」があり、背後には四国一の神社、金刀比羅宮を擁する象頭山が見えています。龍馬や晋作も眺めた景色です。鳥居をくぐるともう、金毘羅門前町です。

晋作の琴平で最初の滞在所

写真:春野 公比呂

地図を見る

道なりに南西から南に進み、JR琴平駅の正面にある金刀比羅宮・北神苑へと向かいます。ここが街道の終点兼起点なのです。
苑内には高さが28.58mにも及ぶ日本屈指の木造灯籠「高燈籠」が聳え立っています。昔は10km以上北方の丸亀港沖からの灯台代わりになっていたと言います。

龍馬と晋作ファンの四国の聖地・呑象楼

龍馬と晋作ファンの四国の聖地・呑象楼

写真:春野 公比呂

地図を見る

北神苑から尚も南下して行くと新町商店街に突き当たりますが、この商店街の道は金毘羅参詣道・高松道です。現在でも東方に横瀬の鳥居のような「新町の鳥居」があり、往時を語りかけています。

鳥居、アーケードを抜け、JRの琴平第一踏切を渡ると、遂に晋作や龍馬が滞在した旧呑象楼(どんぞうろう)跡です。サッシ工事会社の隅に石碑が建立されています。現在、内部が公開されている呑象楼は昭和29年に移築されたもので、それまで建物はここにあったのです。

龍馬がここを訪れたのは文久2年(1862)2月上旬。長州や関西で志士たちと交流した後、土佐へと帰る途次、金毘羅に寄り、燕石に勤王活動資金の提供を求めたのです。

一方、慶応元年閏5月3日、呑象楼に高松藩の捕吏が踏み入った際、燕石は近くの旅籠で擬装の宴席を設けており、密かに同志に依頼し、晋作を伊予・川之江へと逃がしたのでした。
そういうことからしても、この旧呑象楼跡は龍馬や晋作にとって重要な地と言えます。

龍馬と晋作ファンの四国の聖地・呑象楼

写真:春野 公比呂

地図を見る

参詣道・高松道跡道路を尚も東進し、国道319号の交差点に達すると南へ折れます。そして榎井交差点を東に折れた先の榎井小学校北西隅に、移築された呑象楼があります。この建物は四国で唯一現存する龍馬と晋作、両人の滞在所で、龍馬と晋作ファンの四国に於ける聖地と言ってもいいでしょう。

龍馬と晋作ファンの四国の聖地・呑象楼

写真:春野 公比呂

地図を見る

龍馬と晋作が滞在した二階の階段降り口には階下を遮断する開閉式板が設置されています。捕吏が踏み込んで階段を上がってきた際、板で遮断して進入を阻止し、その隙に二階の窓から逃げるのです。写真の上に一部写っているのがその板です。

晋作が飲んだ酒を飲める丸尾本店

晋作が飲んだ酒を飲める丸尾本店

写真:春野 公比呂

地図を見る

他にも忍者屋敷によくある壁が開閉するどんでん返し壁があり、その奥には抜け穴の開いた壁(写真奥)もあります。今日ではまるでアトラクションのようです。

<呑象楼の基本情報>
住所:香川県仲多度郡琴平町榎井85‐1
縦覧時間:9時〜17時・無休
電話番号:0877-75-6716(琴平町教育委員会)
アクセス:高松琴平電鉄琴平線榎井駅から徒歩8分

晋作が飲んだ酒を飲める丸尾本店

写真:春野 公比呂

地図を見る

晋作は燕石の同志らの家を転々としていました。その一つが燕石の幼馴染の勤王家で酒造家、長谷川佐太郎の家「新吉田屋」です。佐太郎は離れの茶室を晋作とおうのに提供した他、仕掛けのある複数の隠し部屋も用意していました。
現在、屋号は「丸尾本店」と変わりましたが、建物の何割かは当時のままで、佐太郎の右腕的人物の子孫が酒造業を引き継いでいます。

晋作が飲んだ酒を飲める丸尾本店

写真:春野 公比呂

地図を見る

晋作は提供された茶室を「梧陽堂」と名付け、近隣の志士らと新吉田屋の酒を飲みながら密会していました。茶室の跡地の一角に「梧陽堂密談室跡」と記した木製碑が建てられています。

また、佐太郎らが予期せぬ時に捕吏が踏み込んだ際は、晋作とおうのは酒樽の中に身を潜め、難を逃れました。
晋作ファンは、晋作も飲んだ酒を購入し、幕末の世界に酔うといいでしょう。

<丸尾本店の基本情報>
住所:香川県仲多度郡琴平町榎井93
電話番号:0877-75-2045
定休日:不定休
アクセス:高松琴平電鉄琴平線榎井駅から徒歩8分ほど
※晋作が隠れた場所は通常、非公開ですが、梧陽堂跡は店が忙しくない時、酒購入者は見学させて貰える場合もあります。

LINEトラベルjpなら、その旅行代LINEポイントで戻ってきます!対象はこちら

龍馬が船中八策の着想を得るきっかけ

龍馬が船中八策の着想を得るきっかけ

写真:春野 公比呂

地図を見る

金刀比羅宮表参道には、龍馬が宿泊していた金毘羅随一の旅籠・芳橘楼(ほうきつろう)がありました。芳橘楼後身の旅館・敷島館は平成初期に廃業しましたが、2019年8月、「ことひら温泉御宿・敷島館」として復活します。

表参道入口付近の信号交差点を南に折れ、二本目の右折道に入り、緩やかな右カーブの南側には、外壁に「松里庵(しょうりあん)」と書かれた看板が貼り付けられた建物が現れます。ここも晋作の潜伏先の一つで、元は燕石配下の料理人が運営していた同名の料理屋でした。今でも畳の下に隠し部屋が残っているようですが、非公開です。

龍馬が船中八策の着想を得るきっかけ

写真:春野 公比呂

地図を見る

そこから少し引き返し、狭い四差路を南東に折れます。右手に二軒過ぎた先の広場は、燕石と常に活動を共にし、晋作を伊予に逃がす際も燕石と共に行動し、共に捕吏に捕縛された勤王家、美馬君田(くんでん)邸跡です。龍馬は燕石に勤王活動資金の提供を申し入れたところ、君田を紹介されたのです。

が、君田も龍馬には資金を渡さず、代わりに知人の阿波在住の豪商、鎌村熊太を紹介する紹介状を書いて渡します。それを持って龍馬は鎌村熊太の元へと行くのですが、そこであの有名な船中八策の着想を得ることになるのです。そういう意味では、この君田邸跡も龍馬ファンにとっては重要な追体験地となります。

<松里庵跡と美馬君田邸跡の基本情報>
住所:香川県仲多度郡琴平町琴平
電話番号:0877-75-6716(琴平町教育委員会)
アクセス:高松琴平電鉄琴平線琴電琴平駅から徒歩17分ほど

龍馬が船中八策の着想を得るきっかけ

写真:春野 公比呂

地図を見る

金毘羅の裏参道にもなる金毘羅参詣道・伊予土佐道の西口峠(牛屋口)には、巨大な龍馬像が建立されています。この道自体は龍馬が通った訳ではありませんが、晋作は高松藩の捕吏から逃げる際、ここを通って伊予へ脱出しています。ここは晋作・龍馬ファンにとっては、幕末史旅行の締めくくりの記念撮影スポットになることでしょう。

石段をショートカットして龍馬らとこんぴら参り

坂本龍馬と高杉晋作の二人が滞在した建物が現存し、内部公開されていることは非常に貴重なことです。しかし周辺伝承地も含め、これまで地元以外では殆ど知られていませんでした。

晋作の金毘羅滞在については、自身の書状等に記述しているものの、龍馬の滞在については伝承のみです。それでも琴平町史にも記載される等、一定の信憑性はあります。
その伝承が息づく金毘羅門前町や金毘羅表参道沿いには、丸尾本店のような往時を偲ぶ商家や旧家も残っており、「幕末史旅行」の雰囲気を盛り上げてくれます。

金毘羅門前町を訪れると龍馬や晋作も参拝した金刀比羅宮も拝みたいものですが、龍馬像の建つ西口峠からは、宮の785段の石段を3分の2ほどカットして行けるコースがあります。このコースも香川県民以外には殆ど知られていません。それは、金毘羅参詣道・伊予土佐道の途中から北に折れ、宮境内にあるカフェ&レストラン「神椿」に行くコースです。

神椿上の旭社前には、龍馬の本家である才谷屋の支店の経営者、才谷屋助十郎らが寄進した石灯籠もあります。汗をかく夏場はこのショートコースを利用したいもの。
幕末のヒーローの追体験をしながら、四国一のパワースポットでもある金刀比羅宮に詣で、往時の金毘羅の雰囲気をお楽しみ下さい。

※龍馬が鎌村熊太邸に行った時のことは、関連MEMOの「龍馬のおまるや布団が現存!徳島・鎌村家住宅と金毘羅参詣道」をご参照下さい。

2019年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

LINEトラベルjpなら、その旅行代LINEポイントで戻ってきます!対象はこちら
掲載内容は執筆時点のものです。 2016/12/02 訪問

- PR -

条件を指定して検索

LINEトラベルjpで一緒に働きませんか?

- PR -

旅行ナビゲーター(在宅ライター)募集中!
この記事に関するお問い合わせ

- PR -