長野県「野尻湖ナウマンゾウ博物館」氷河期時代、日本にゾウがいた!

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長野県「野尻湖ナウマンゾウ博物館」氷河期時代、日本にゾウがいた!

長野県「野尻湖ナウマンゾウ博物館」氷河期時代、日本にゾウがいた!

更新日:2019/07/25 12:19

松縄 正彦のプロフィール写真 松縄 正彦 ビジネスコンサルタント、眼・視覚・色ブロガー、歴史旅ブロガー

長野県野尻湖、ここは氷河期時代(数万年前)のナウマンゾウの化石が出た湖です。約40頭ものゾウの大きな歯(臼歯)など約8万点以上の化石や遺物が出土しています。またここはナウマンゾウなどを解体した場所で、旧石器時代人が作った骨の道具(骨器)も出土し、ここは世界有数の狩猟・解体場所(キルサイト)だと考えられています。野尻湖ナウマンゾウ博物館で氷河時代のゾウや我々の祖先の活動を体感しましょう。

野尻湖から発掘されたナウマンゾウ

野尻湖から発掘されたナウマンゾウ

写真:松縄 正彦

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長野県と新潟県の県境に近いところにある野尻湖。ここはリゾート地としても知られている黒姫山や斑尾高原に近い湖ですが、ここは“ゾウのいた湖”として知られています。昭和23年にここでナウマンゾウの臼歯が発見され、以後、2012年の発掘までに約8万3000点にも及ぶ化石や遺物がここで見つかっています。

野尻湖から発掘されたナウマンゾウ

写真:松縄 正彦

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野尻湖では農業用の水を使用しない9月から翌年3月まで水力発電が行われ、このために水位が3m以上低下することで湖底の発掘が可能になります。野尻湖での発掘は全国各地からいろいろな人が手弁当で行うという独自の市民参加方式で行われ、2万4000人以上の方々によって掘り出されてきました。

これらの化石や遺物を集め昭和59年に開設されたのがゾウの博物館「野尻湖ナウマンゾウ博物館」です(開設当初は野尻湖博物館という名称)。この博物館には化石や遺物など約1,000点の出土品が展示されています。

野尻湖から発掘されたナウマンゾウ

写真:松縄 正彦

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館内ではナウマンゾウの復元模型が多数置かれています。ナウマンゾウは20数万年前に出現しました。マンモス、インドゾウ、アフリカゾウとともに祖先から別れて進化してきましたが、現存するゾウはアフリカゾウとインドゾウの2種類のみです。
野尻湖では約6万年前から3.8万年前(氷河期時代)までの地層からナウマンゾウが発掘されています。

ちなみにナウマンゾウという名前は日本の大地溝帯(フォッサマグナ)を提唱したナウマン教授にちなんだ名前で、学名は“古いアフリカゾウという意味”のパレオロクソドンといいます。
それでは館内を見て回りましょう。

ナウマンゾウとは・・?出土した化石

ナウマンゾウとは・・?出土した化石

写真:松縄 正彦

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まず、目につくのは大きなナウマンゾウの臼歯が数多く展示されている事です。ナウマンゾウは日本全国218ヶ所から見つかっていますが、野尻湖からは約40頭分の歯の化石が見つかっており、これだけの数が見つかっているのは野尻湖だけです。

ゾウには大きい歯が上下に2本ずつ生えています。ゾウは草食ですが草を効率良くすり潰すために歯には多くの溝があり、一見、“湯たんぽ”のような形をしており、最初に発見された化石は“湯たんぽの化石”ともいわれました。なお、ゾウの歯は人と違い一生になんと5回も生え替わります。

ナウマンゾウとは・・?出土した化石

写真:松縄 正彦

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ナウマンゾウの大きな特徴は“頭の形”といわれます。頭のてっぺんの左右2ヶ所に丸い出っ張りがあり、おでこの所がベレー帽をかぶったように隆起しているのです。写真の化石をご覧下さい。ちょっと分かり難いのですが、写真上部がおでこで、上部中央の窪んだ部分は鼻の空洞、また下部の左右に分かれた部分は左右の牙へと続く部位になっています。

ナウマンゾウの体長はオスで2.3〜2.8mあったと推定されています。またナウマンゾウの体毛はまだ見つかっていないようですが、現存するゾウよりは多くの体毛があったと推定されています。

ナウマンゾウとは・・?出土した化石

写真:松縄 正彦

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今まで発掘されたナウマンゾウの骨の部位をまとめた展示もあります。この展示では牙(切歯)が見物です。
牙の化石はいままで10本以上見つかっていますが、最も大きなものはなんと全長が2.4m、最大径が15.2cmもあります。ちなみに牙が外側から内側にむかってねじれるように湾曲しているのがナウマンゾウの特徴といわれます。

ところで、ナウマンゾウの臼歯化石から年齢が推定されているのですが、発掘されたのはほとんどが15歳から49歳以上のゾウで、幼年期のゾウは見つかっていません。このため自然の状態でこれらのゾウが死んだのではないと推定されています。なぜなのでしょうか・・?

野尻湖は世界有数の狩り場遺跡(キルサイト)だった!

野尻湖は世界有数の狩り場遺跡(キルサイト)だった!

提供元:野尻湖ナウマンゾウ博物館

http://nojiriko-museum.com/地図を見る

写真を見て下さい。この展示は“月と星”と名付けられ、ナウマンゾウの牙(月)と、同時代に生きていたヤベオオツノジカの角(星)の化石がならんで発掘されたものです。
約4.4万年前の化石なのですが、2種の異なる動物が並べて出て来ている事から人間が並べたのではないかと推定されています。

実は、野尻湖は人間が動物を狩猟・解体した場所(キルサイト)の遺跡ではないかと考えられているのです。世界的にもこのようなキルサイトはわずかしかなく、野尻湖は世界有数の遺跡と考えられています。

野尻湖は世界有数の狩り場遺跡(キルサイト)だった!

写真:松縄 正彦

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野尻湖で見つかっている動物化石は、ナウマンゾウとヤベオオツノジカがほとんどで、他にニホンジカ、ヒグマやノウサギなどがほんの僅か発掘されています。
前出のヤベオオツノジカは大きな角をもった大型の鹿で、肩までの高さが1.7mと馬ぐらいの大きさで、手のひらを広げた様な角をもっています。あの北京原人もこのシカをもっぱら食料としていたと考えられています(写真はオオツノジカ)。

ちなみにこの“ヤベ”という名前は日本の古生物学者の矢部長克教授にちなんで付けられたものです。

野尻湖は世界有数の狩り場遺跡(キルサイト)だった!

写真:松縄 正彦

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キルサイトでもある野尻湖からは、旧石器時代の我々の祖先が創った道具が沢山出土しています。日本では土壌が酸性のためにこの時代の道具としてはほとんど石器しか見つからないのですが、ここからは骨を用いた道具(骨器)、特にナウマンゾウの骨を材料とした骨器が多く発掘されています。

骨製クリーヴァー(ナタ状の骨器)や骨製ナイフやスクレイパー(削器)などです。ここでナウマンゾウを解体し、骨からその一部を薄く剥がすなどの加工をして骨器を製作していたと考えられているのです。この加工には石器を製作する技術も使用されていたといわれます。

ナウマンゾウが出土する時代は、現在より年平均気温が3〜4度も低い時代です。このような時代に我々の祖先は大型のゾウを狩り、たくましく生きていたのです。ちなみに野尻湖周辺からは縄文草創期の遺跡もあり、この後も人間は活発に活動していた事が分かっています。

野尻湖ナウマンゾウ博物館の基本情報

住所:長野県上水内郡信濃町野尻287-5
電話番号:026-258-2090
アクセス:上信越自動車道信濃町ICより車で5分、JR信越本線黒姫駅からタクシーで10分

2019年7月現在の情報です。最新情報等は公式サイトにてご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2018/05/02 訪問

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