戦国歴史ロマン!織田信長の安土城があった「安土城跡」へ

| 滋賀県

| 旅の専門家がお届けする観光情報

戦国歴史ロマン!織田信長の安土城があった「安土城跡」へ

戦国歴史ロマン!織田信長の安土城があった「安土城跡」へ

更新日:2019/08/01 15:04

豊島 リューバのプロフィール写真 豊島 リューバ ユーラシアの言語と文化の愛好家

安土城と聞くと日本史に登場していたなと思い浮かぶ方は多いのではないでしょうか。安土城は1576年(天正4年)戦国武将織田信長により築城された城です。本能寺の変の後、城は焼失してしまいましたが、安土城が存在した滋賀県近江八幡市にその跡地が残っています。安土城跡は歴史的場所であるのみならず、そこから見える景色も楽しむことができる場所です。これからその織田信長ゆかりの地「安土城跡」についてご紹介します。

大手道の階段を上って天主跡を目指す

大手道の階段を上って天主跡を目指す

写真:豊島 リューバ

地図を見る

安土城跡の受付をくぐると、まっすぐのびた大手道があります。天主跡へと続く道です。大手道に使われた多くの石材に、石仏や墓石なども含まれていました。大手道を歩くと、時々石仏に出会います。


上る途中の左右に、羽柴秀吉邸と前田利家邸の跡地があります。

大手道の階段を上って天主跡を目指す

写真:豊島 リューバ

地図を見る

ジグザグに石が積み重ねられた険しい階段が続きますが、振り返ると、美しい近江八幡の街並みを楽しむことができます。

大手道の階段を上って天主跡を目指す

写真:豊島 リューバ

地図を見る

大手道の階段を上り続けると、黒金門後に出ます。これは安土城の主郭への入り口であった門跡で、そこからより大きくがっしりとした石を用いた石垣が連なっています。

天主閣跡

天主閣跡

写真:豊島 リューバ

地図を見る

歩き続けると、安土城の天主がそびえていた天主跡にたどり着きます。イエズス会の宣教師ルイス・フロイスは、安土城の天主閣について、自分たちのヨーロッパのものよりも壮大であると評価しました。

天主跡から少し降りたところに本丸跡があり、そこにあった建物は、京都の清涼殿と似た構造を持っていました。

天主閣跡

写真:豊島 リューバ

地図を見る

天主跡付近には、信長公本廟があります。豊臣秀吉が1583年(天正11年)信長の遺品を奉った廟です。

天主閣跡

写真:豊島 リューバ

地図を見る

天主跡周辺からも、近江八幡の街並みの展望を楽しむことができます。

本堂跡からの絶景「西の湖」!

本堂跡からの絶景「西の湖」!

写真:豊島 リューバ

地図を見る

天主跡から下ると、本堂跡にたどり着きます。本堂跡からは見える西の湖は絶景そのもの。歴史ロマンに触れつつ、このような絶景を楽しむことができるのが、安土城跡の魅力です。

本堂跡からの絶景「西の湖」!

写真:豊島 リューバ

地図を見る

本堂跡の隣には三重塔があります。これは現存する室町時代中頃の三重塔。本堂跡は安土城跡の中でも屈指の展望スポットですが、前の写真で紹介した西の湖と三重塔の景観をどちらも楽しむことができるのが魅力です。

西の湖を見渡すことができる場所に小さな机と椅子があります。そこから三重塔も見えます。疲れた時の一休みなどには最適です。

歴史と景色の両方を満喫できる「安土城跡」

歴史と景色の両方を満喫できる「安土城跡」

写真:豊島 リューバ

地図を見る

本堂跡を抜けて歩くと写真のような二王門がそびえています。この門をくぐり、大手道に合流して入り口まで戻ると、安土城跡の旅は終わりです。めぐり終えると、大きな満足感を得ることができます。

跡地と聞くと、特に歴史にあまり興味がないと「何も残っていないのだから行っても仕方がない」と思われる方もいると思います。しかしここまで紹介してきたように、安土城跡は、跡地ではあるけれどもその歴史に思いをはせるだけでなく、そこからの景色を存分に楽しむことができる絶景スポットでもあります。

歴史に興味がある方もない方も、旅の満足感を得られることでしょう。戦国3大武将の一人織田信長ゆかりの安土城跡を訪れ、そこからの絶景をぜひ見に行きましょう!

安土城跡の基本情報

住所:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦
電話番号:0748-46-6594
営業時間:8:30〜16:00

2019年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2019/07/14 訪問

- PR -

条件を指定して検索

LINEトラベルjpで一緒に働きませんか?

- PR -

旅行ナビゲーター(在宅ライター)募集中!
この記事に関するお問い合わせ

- PR -