フクギが連なる沖縄の原風景!今帰仁村「今泊集落」を歩こう

フクギが連なる沖縄の原風景!今帰仁村「今泊集落」を歩こう

更新日:2019/08/21 09:51

木村 岳人のプロフィール写真 木村 岳人 フリーライター
沖縄本島北西部に突き出た本部半島の北側には、世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産である「今帰仁城(なきじんグスク)」が存在します。

山の中腹に位置する今帰仁城の麓には、今もなお昔ながらの風情を残す「今泊(いまどまり)集落」が広がっています。琉球の伝統家屋が建ち並ぶ集落の路地にはフクギの並木が連なっており、沖縄の原風景ともいえる集落景観を目にすることができるのです。
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今帰仁城にあった二つの城下町が移転してできた今泊

今帰仁城にあった二つの城下町が移転してできた今泊

写真:木村 岳人

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今泊集落はかつて今帰仁城の門前に存在した二つの城下町「今帰仁」と「親泊」を起源とします。江戸時代初期の慶長14年(1609年)に勃発した薩摩藩による琉球侵攻の際、沖縄本島北部を統治する今帰仁城は真っ先に標的となりました。今帰仁城は占領されて火を放たれ、この時に廃城となりました。

今帰仁城の周囲に村を作る必要がなくなったことから、今帰仁と親泊の両集落は漁業や農業に便利な海沿いの現在地へと移転しました。当時は今帰仁と親泊の二つの集落が隣り合っていましたが、明治36年(1903年)に統合されることになり、それぞれの集落名から一文字ずつ取って「今泊」と名付けられたのです。

今帰仁城にあった二つの城下町が移転してできた今泊

写真:木村 岳人

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そのような集落の成り立ちから、今泊集落には村の祭祀施設である「ハサギ」が二つ存在します。集落中心部の東よりにある「フプハサギ」は旧親泊のもので、南よりにある「ハサギングヮー」は旧今帰仁のものでした。どちらも現在は今帰仁ノロ(琉球の信仰における女性祭司)によって管理されています。

集落の中心「プウミチ」にそびえる「コバテイシ」

集落の中心「プウミチ」にそびえる「コバテイシ」

写真:木村 岳人

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今泊を訪れる際には、まずは集落の中心部を東西に貫く「プウミチ(大道)」を目指しましょう。幅8〜11メートル、長さ約250メートルにもなるこの路地は、かつて馬を走らせていた馬場の跡です。目抜き通りらしく広々としており、とても開放感があります。

集落の中心「プウミチ」にそびえる「コバテイシ」

写真:木村 岳人

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プウミチの中程には、推定樹齢300〜400年にもなる「コバテイシ」が存在します。標高約18メートル、胸高周囲4.5メートルにもなる巨木は貫禄満点。

地元では「フパルシ」と呼ばれており、古くより名木として「親泊のくふあでさや 枝持ちの美しらしさや わやくみの妻の 身持ち美らしさや(親泊のコバテイシの枝持ちの美しさは、我が愛する妻の心の美しさのようだ)」と謡われてきました。以前はこの樹の下で豊年踊りや競馬が行われ、住民が集まる場所でもありました。

直線的な路地に連なるフクギの並木!

直線的な路地に連なるフクギの並木!

写真:木村 岳人

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今泊集落の特徴は、何といっても碁盤目のような整然とした路地に連なるフクギ並木です。各家の敷地には台風の暴風や冬の北風から家屋を守る屋敷林としてフクギが植えられており、緑豊かな集落景観を作り出しています。

これは琉球王国時代に確立された「抱護(ほうご)」と呼ばれる村落計画によるもので、今泊集落では各家に見られる「屋敷抱護」以外にも、集落の周囲を取り囲む「村抱護」や、海からの風を防ぐ「浜抱護」も現存しており、まさに集落全体がフクギで覆われているといっても過言ではありません。

直線的な路地に連なるフクギの並木!

写真:木村 岳人

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かつては沖縄各地の集落でこのような「抱護」の並木が見られましたが、太平洋戦争の沖縄戦による破壊や、戦後の家屋の建て替え、道路建設などによって伐採が進み、現在ではフクギ並木が見られる集落はごくわずかとなりました。かつてはどこにでもあった沖縄の原風景が残されている、実に貴重な集落なのです。

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歴史ある集落の散策を楽しもう!

歴史ある集落の散策を楽しもう!

写真:木村 岳人

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今泊集落には並木以外にも見どころが数多く存在します。集落の東側にある「旧御殿屋敷跡」は、今帰仁城に詰めていた北山監守(首里王府から派遣された、北山地域の監視と統治を行っていた役人)が廃城後に移り住んだ屋敷の跡と伝わっており、近くには一族が生活用水として使っていた「クビリガー」と呼ばれる古井戸も残っています。

歴史ある集落の散策を楽しもう!

写真:木村 岳人

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また集落の外れには三代目の北山監守「尚和賢(しょうわけん)」が葬られている「津屋口(ちぇーぐち)墓」が存在します。尚和賢はハンセン病を患ったために、この墓の近くに別邸を建てて余生を過ごしたといいます。

墓口がないことから「アカン(開かん)墓」とも呼ばれており、これは病気の感染拡大を防ぐためとも、財宝が隠されているためだともいわれています。墓前には「墳墓記」と刻まれた碑文が存在するのですが、これは1678年の建造と沖縄本島北部の石碑では二番目に古いものです。

美しい「シルバマ」に癒されよう

美しい「シルバマ」に癒されよう

写真:木村 岳人

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今泊集落の北側には実に美しい白浜が広がっています。集落の後ろ(シル)にあることから「シルバマ」と呼ばれており、夕方になると住民が集まって宴会を開くこともあります。まさに地元の憩いの場ですね。

シルバマの周囲には「イノー」と呼ばれるサンゴ礁の浅瀬が広がっており、海産物豊富なイノーは今泊の人々にとって農地と同じく重要でした。現在も小舟が繋留されており、生活の場であり続けていることが分かります。

このように、今泊集落には琉球王国時代からの伝統的な集落景観が良好に残ることから、2019年6月に「今帰仁村今泊のフクギ屋敷林と集落景観」として国の重要文化的景観に選定されることが決まりました。今帰仁城を訪れる際には、昔ながらの景観が残る今泊集落を散策してはいががでしょうか。

今泊集落の基本情報

住所:沖縄県国頭郡今帰仁村今泊
電話番号:0980-56-1057(今帰仁村観光協会)
アクセス:那覇市内(那覇空港・泊高橋・古島駅前など)より「やんばる急行バス」で約2時間30分、あるいは名護バスターミナルより琉球バス「66系統・左回り循環」で約20分、「今帰仁城趾入口バス停」バス停下車すぐ。

2019年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。

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