富山・五箇山 相倉合掌造り集落「勇助」は宿泊もできる展示館

富山・五箇山 相倉合掌造り集落「勇助」は宿泊もできる展示館

更新日:2019/10/17 10:37

モノホシ ダンのプロフィール写真 モノホシ ダン 総合旅行業務取扱管理者、総合旅程管理主任者
富山県南砺市・五箇山の世界遺産“相倉合掌造り集落”にある合掌造りの古民家「勇助」は、宿泊もできる養蚕・民具・写真の展示館です。合掌造りの内部の様子が1階から2階、3階と見られ、とくに2階ではかつて営まれていた養蚕業の様子が詳しく再現されています。ほかにも合掌造りのイロハや相倉の歳時記などが写真や解説パネルで紹介されています。“合掌造りの博物館”ともいうべき「勇助」で、相倉の歴史に触れてみませんか?
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相倉合掌造り民家の技術の結晶「勇助」(池端家住宅)

相倉合掌造り民家の技術の結晶「勇助」(池端家住宅)

写真:モノホシ ダン

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合掌造りは、五箇山から白川にかけての庄川水系に、江戸時代の初め頃に建てられ始めました。豪雪に耐えるために六十度正三角形に造られた急傾斜の屋根を持っているのが特徴です。

相倉では、1871年(明治4年)に47軒300人ほどの住民記録が残っていて、2017年(平成29年)には、15戸50名の住民が住んでいます。

「勇助」(池端家住宅)は、隣の集落に明治元年に建てられた合掌造り民家を、明治の中頃に移築したものです。規模も大きく材質・工法とも上質で合掌造り民家の技術の結晶であるとされ、大阪の国立民族学博物館に、この家を日本の代表的民家のひとつとして十分の一の模型で展示しています。

相倉合掌造り民家の技術の結晶「勇助」(池端家住宅)

写真:モノホシ ダン

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勇助の1階には、屋根がカットされた「勇助」の模型が展示されています。合掌造りの民家は、大体が3〜4階建てで、2階を「アマ」、3階を「ソラアマ」、4階を「サンガイアマ」と独特の呼び名がそれぞれの階についています。

相倉合掌造り民家の技術の結晶「勇助」(池端家住宅)

写真:モノホシ ダン

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合掌造りは1階を宮大工が、2・3階は村の人々が知恵を出し合い造られました。部材接合は、2階から上の合掌屋根を1階で受け止める「ピン構造」になっています。また、地震や風に対して家屋の強度を増すために、柱と柱の間に斜めに材を入れる“筋かい”が組まれていて、これを合掌造り家屋では「ハネガイ」と呼んでいます。

2階のアマで、五箇山の養蚕業を知ろう

2階のアマで、五箇山の養蚕業を知ろう

写真:モノホシ ダン

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合掌造りの民家は、住生活だけのものではなく、2階のアマはカイコを飼う大事な養蚕の場でもありました。また、ニワ(土間)では紙漉きや蚕マユからの糸引きが、そして床下では塩硝が作られていました。

2階のアマで、五箇山の養蚕業を知ろう

写真:モノホシ ダン

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勇助の2階では、かつて五箇山で営まれていた養蚕業が再現されています。孵化したばかりのカイコを仕入れ、エサを与える飼育から、生糸にするまでの作業を行っていました。

カイコのエサは桑の葉で、とても活発に食べるため大量の葉が必要でした。たくさんのカイコが葉を食べている時は「サワサワ…」という食べる音がして、まるで雨が降っているように聞こえたそうです。

2階のアマで、五箇山の養蚕業を知ろう

写真:モノホシ ダン

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カイコの幼虫は、成虫になる前に営繭(えいけん)して、マユを作ります。それが絹の原料の糸です。写真は「マブシ」と「回転マブシ」。マブシとは、カイコが繭を作るとき、糸をかけやすいようにした仕掛けです。

明治のころまでのマブシでは、茅が使われ、のちに藁が使われるようになりました。さらに戦後には、ボール紙でできた回転マブシが、藁マブシとともに使用されました。

やがて、絹繊維より安価な化学繊維が出回り、1965年(昭和40年)代初めには養蚕業そのものが消滅してしまいました。

写真や解説パネルとともに相倉のあゆみや歳時記も見てみたい

写真や解説パネルとともに相倉のあゆみや歳時記も見てみたい

写真:モノホシ ダン

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糸引きには、座繰(ざぐり)を使いました。座繰は昔から行なわれていた糸引きの方法で、鍋で煮た繭をゆっくりと巻き取る方法です。できた糸は生糸(きいと)と呼ばれ、着物などの織物になりました。

写真や解説パネルとともに相倉のあゆみや歳時記も見てみたい

写真:モノホシ ダン

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また出来上がったばかりの繭を遠くまで運ぶ際には、繭缶(まゆかん)を使いました。繭缶をかつぐための「背板」は、当時の米や木炭などの荷を運ぶための基本の形で、均等に背中に負担がかかるようになっていました。

写真や解説パネルとともに相倉のあゆみや歳時記も見てみたい

写真:モノホシ ダン

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養蚕業のほかにも、2階のアマでは相倉のあゆみや歳時記、五箇山和紙の歴史や製法などが写真や解説パネルとともに詳しく紹介されています。さらに昔の生活道具、大工道具などの展示もあり、まさに“五箇山の博物館”といっても過言ではない、優れた展示内容になっています。

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1階の囲炉裏のあるオエ(御上)は、あらゆる生活の場

1階の囲炉裏のあるオエ(御上)は、あらゆる生活の場

写真:モノホシ ダン

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合掌造りの1階の居住スペースには、壁仕切りや押し入れがありません。部屋は「ふすま」で間仕切られています。1階の囲炉裏のあるオエ(御上)は、あらゆる生活の場で、煮炊き・食事・団らん・接客の場でした。

1階の囲炉裏のあるオエ(御上)は、あらゆる生活の場

写真:モノホシ ダン

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勇助の仏間の立派な仏壇は、仏壇の製作で有名な高岡仏壇と考えられています。また絵像本尊は、江戸時代初期の東本願寺十三代法主・宣如上人の名で「五箇山谷におくる」と裏書のある古い貴重なものです。

1階の囲炉裏のあるオエ(御上)は、あらゆる生活の場

写真:モノホシ ダン

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座敷では、浄土真宗の報恩講様の御膳が再現されています。報恩講とは、浄土真宗の宗祖とされる親鸞の祥月命日の前後(11月から2月)に、救主阿弥陀如来並びに宗祖親鸞に対する報恩謝徳のために営まれる法要のことです。

親類縁者を呼び、読教や説教を聞いたあと、各家庭で収穫した野菜や山菜を使った心のこもった手料理を食べて一年の無事を感謝します。

このように「勇助」は、五箇山・相倉集落の家内産業や合掌造りのイロハが一目で分かる素晴らしい施設です。相倉合掌造り集落にやってきたら宿泊もできる(1日1組)「勇助」をぜひ訪ねてみてください。

展示館・民宿「勇助」の基本情報

住所:富山県南砺市相倉591
電話番号:0763-66-2555
開館時間:10:00〜15:00
入館料金:大人300円 小人100円
休館日:火曜日・正月・お盆(その他不定休)
アクセス:JR城端線「城端駅」から白川郷ゆき「世界遺産バス」で約23分「相倉口」下車 車利用の場合は、東海北陸自動車道五箇山ICから車で約20分(国道156号線経由)有料駐車場利用

2019年10月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2019/10/06 訪問

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