光秀ソフトで出陣せよ!岐阜恵那で明智光秀ゆかりの地を巡る

光秀ソフトで出陣せよ!岐阜恵那で明智光秀ゆかりの地を巡る

更新日:2019/10/25 14:18

旅人間のプロフィール写真 旅人間 はらぺこライター、旅ブロガー
明智光秀の出生地については諸説様々ありますが「日本大正村」と呼ばれている岐阜県恵那市明智町もその一つ。明知城跡をはじめ、光秀の産湯の井戸、龍護寺に伝わる光秀の供養塔、母・お牧の方の墓所など見所が沢山あります。

それでは、2020年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』で盛り上がる日本大正村の「明智光秀ゆかりの地」の歩き方を紹介しましょう。まずは大正村浪漫亭で話題の光秀グルメからスタートです。
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絶対おすすめ!大正浪漫亭の光秀ソフトプリン

絶対おすすめ!大正浪漫亭の光秀ソフトプリン

写真:旅人間

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明治から大正にかけて多くの佇まいを残す岐阜県恵那市明智町の「日本大正村」は“明智光秀の生誕地説”の一つ。光秀ゆかりの地を巡る時は、光秀グルメから始めるのがおすすめ!

大正村浪漫亭の「光秀ソフトプリン」は、日本大正村で爆発的な人気を誇るなめらかプリン&光秀醤油ソフトクリームの組合せ。甘くてほろ苦い絶妙な味わいは絶品です。陣旗を自由に立てて、光秀の絵の前で写真を撮って楽しみながら食べられる趣向も面白い。

<大正村浪漫亭の基本情報>
住所:岐阜県恵那市明智町456番地
電話番号:0573-55-0057
営業時間:10:00〜17:30
カフェは16:30まで(夏期 8月・9月 9:00〜16:30)
定休日:なし

明智光秀ゆかりの人麻呂神社&手植えの楓

明智光秀ゆかりの人麻呂神社&手植えの楓

写真:旅人間

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大正村浪漫亭で光秀グルメを楽しんだら、隣にある観光案内所で「まち歩きMAP」をもらうと位置関係が分かりやすく便利ですよ。

見所は全て歩いて巡る事が可能です。ただし明知城跡は山城散策になるので1時間以上は見ておいた方が良いでしょう。では、一番近い八王子神社から巡りましょう。

明智光秀ゆかりの人麻呂神社&手植えの楓

写真:旅人間

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八王子神社の境内には、明智光秀建立とも再建と言われている桔梗の家紋のある人麻呂神社が祀られています。これは万葉の歌人・柿本人麻呂を祭神とする社で、文武の道を志す明智光秀が神社内に人麻呂を祀り、社前に楓を手植えしたと言う伝承が残っています。

<八王子神社の基本情報>
住所:岐阜県恵那市明智町1400-1
電話番号:0573-54-2345

明智光秀の供養塔と光秀の母の墓所

明智光秀の供養塔と光秀の母の墓所

写真:旅人間

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明知城跡の麓に遠山家の菩提寺である龍護寺があります。遠山家と言えば、江戸の名奉行「遠山の金さん」こと遠山金四郎が有名ですね。

この龍護寺の山門脇には、光秀の供養塔と伝わる碑が建っています。光秀に関する碑は、光秀の念力(悲痛な想い)で割れたり傾いたりすると言われていますが、ここでも通説の通りひび割れが入っています。

<龍護寺の基本情報>
住所:岐阜県恵那市明智町1389-1
電話番号:0573-54-2540

明智光秀の供養塔と光秀の母の墓所

写真:旅人間

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この明智町には光秀の供養塔以外に、非業の最期を遂げたと言われている光秀の母・お牧の方の墓所があります。明智駅からは徒歩で25分ほど。

一説によると、丹波の八上城を攻略の際、光秀は波多野一族の命を保障する条件に開城させます。その時に信頼の証として母を人質に差し出しますが、織田信長は恭順の礼を尽くした波多野氏を切腹に。その結果、光秀の母は十字架にかけられ磔になったと言う。

明智光秀の供養塔と光秀の母の墓所

写真:旅人間

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明智光秀に関しては、逆臣の烙印を押された事もあり、生涯に関する資料は殆ど残っていません。何が真実で、何が捏造なのか、定かでない部分が多くあります。

本能寺の変は、母の死に対する怨恨説が理由の一つにあげられる事もありますが、磔の事実があったかも定かではありません。ただ、この墓所の前に「敵は本能寺にあり」と書かれた文字は、とても目を引きます。

<お牧の方の墓所 基本情報>
住所:岐阜県恵那市明智町城山1318-1

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天険の地形を巧みに利用した明知城跡へ

天険の地形を巧みに利用した明知城跡へ

写真:旅人間

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明知城(別名:白鷹城)は明知遠山氏代々の居城で、明智光秀の生誕地伝説の一つ。石垣は無く、天険の地形を巧みに利用し、多くの曲輪、堀切が良好な状態で残っています。土塁砦が原型のまま残る日本でも数少ない県の指定文化財の山城です。

本丸跡までは、龍護寺もしくは大正村ロマン館の脇から遊歩道を進みます。斜面はあるものの道は歩きやすいです。車で城の東側にある駐車場まで行くと本丸跡までスグ。

天険の地形を巧みに利用した明知城跡へ

写真:旅人間

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大正村ロマン館の脇にある遊歩道から歩いた場合、10分もすれば小さな社が見えてきます。ここは天神社と言って、光秀が幼少の折り、京都嵯峨天龍寺の学僧を招き学んだ学問所があったと伝わる場所です。

天険の地形を巧みに利用した明知城跡へ

写真:旅人間

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遊歩道を進んで行くと見所が次々に出てきます。斜面を伝って侵入する敵兵を封じ込める横堀と竪堀を組み合わせた明知城跡の特徴的な「畝状空堀群」です。ココを過ぎると、太陽の光が眩しく差し込む本丸跡に到着です。

<明智城跡の基本情報>
住所:岐阜県恵那市明智町城山1318-1

明智光秀の産湯井戸が残る千畳敷公園

明智光秀の産湯井戸が残る千畳敷公園

写真:旅人間

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明智駅から南に行くと「千畳敷公園(落合砦)」があります。ここは鎌倉時代に明知城とともに築かれた砦で、明知城の前線基地としての役割を果たしていました。現在は見晴らしの良い公園で展望所の近くまで車で行けます。

恵那市の伝承によれば、明智光秀は1526年3月10日に千畳敷台地の落合砦で生まれたと伝えられ、その時に産湯として使ったとされる井戸も残されています。

明智光秀の産湯井戸が残る千畳敷公園

写真:旅人間

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もし明智光秀ゆかりの地を順に巡るのであれば、明知城跡を散策してから千畳敷公園に来るのがおすすめです。その理由は、明知城跡が一望できるこの場所では「あそこから歩き始めて、こう抜けた」と、実際に歩いた後から見ると、城の全容が良く分かるからです。

<千畳敷公園の基本情報>
住所:岐阜県恵那市明智町947-10

日本大正村についての補足

「日本大正村」に来たら、明智光秀ゆかりの地だけでなく、レトロな建築物など見所が沢山あります。大正村役場、逓信資料館、大正ロマン館、大正村資料館は見ごたえ抜群。

恵那駅から明智駅を走る明知鉄道では「明智光秀車両」が走っていますので、ローカル列車の旅で大正村に来るのも一興です。

車の場合は、大正村浪漫亭の横に無料駐車場があります。基本的には歩きで大丈夫ですが、光秀の産湯井戸のある「千畳敷公園」は車で行くのがおすすめです。

2019年10月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

取材協力:岐阜県

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掲載内容は執筆時点のものです。 2019/09/17 訪問

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