大阪府・河内長野市“女人高野”「天野山金剛寺」は紅葉の名所

大阪府・河内長野市“女人高野”「天野山金剛寺」は紅葉の名所

更新日:2019/10/24 17:08

モノホシ ダンのプロフィール写真 モノホシ ダン 総合旅行業務取扱管理者、総合旅程管理主任者
大阪府河内長野市にある真言宗御室派大本山「天野山金剛寺」は、奈良時代に聖武天皇の勅願で行基菩薩が開創し、のちに弘法大師が修行された霊蹟です。“女人高野・天野行宮”の名で知られ、多くの国宝・重要文化財があり、秋には境内や、室町時代に造られた枯山水の庭園が見事な紅葉で染まります。奥河内屈指の名刹で錦秋を楽しんでみませんか?
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奥河内屈指の紅葉の名所「天野山金剛寺」

奥河内屈指の紅葉の名所「天野山金剛寺」

写真:モノホシ ダン

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天野山金剛寺が、女人高野と呼ばれるのは、平安時代末期、後白河法皇の皇妹八条女院が弘法大師御影を奉安し、女性が弘法大師と御縁を結ぶ霊場としたことからです。また南北朝時代には南朝の後村上天皇の行在所ともなり、天野行宮(あまのあんぐう)とも呼ばれました。

写真は、「楼門」で門の左右に安置されている持国天と増長天とともに重要文化財に指定されています。秋には、門前のモミジが真っ赤に色づきます。

奥河内屈指の紅葉の名所「天野山金剛寺」

写真:モノホシ ダン

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紅葉シーズンには、天野川沿いの参道の白壁とモミジの白と赤のコントラストも見事です。

奥河内屈指の紅葉の名所「天野山金剛寺」

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境内の塔婆(多宝塔)は、平安時代の創建で重要文化財。多宝塔建築としては日本最古です。

「女人高野」と南北朝「天野行宮」の歴史

「女人高野」と南北朝「天野行宮」の歴史

写真:モノホシ ダン

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女人高野の歴史を今に伝える「御影堂」は、平安時代の創建で、塔婆と同じく重要文化財。平城天皇の第三皇子、真如親王筆の弘法大師御影を奉安し、1172年(承安2年)に御影供(みえいく)を始修。御影供とは、弘法大師の命日に、その御影を掲げて供養する法要で、以来800年以上続く百味飲食(ひゃくみのおんじき)はとくに有名です。

「女人高野」と南北朝「天野行宮」の歴史

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御影堂の東側には、南朝の後村上天皇が月見をされた「観月亭」があります。南北朝時代に、足利幕府の将軍、尊氏と弟の直義の内紛、いわゆる“観応の擾乱”が起きました。形勢不利と見た尊氏は敵対関係にあった南朝方に降伏し、その結果、北朝の三上皇(光厳・光明・崇高)は、天野山金剛寺に幽閉されてしまいました。

「女人高野」と南北朝「天野行宮」の歴史

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南朝の後村上天皇は、1354年(正平9年)に天野山金剛寺に来山し、摩尼院を御在所とされる一方、食堂(写真)を正殿とし、1359年(正平14年)まで大政を執りました。「食堂」は、鎌倉時代の創建で重要文化財。もともとは、一山大衆の食事を行なったり、研学したりするための道場です。

「金堂」に安置された国宝の三尊像は必見

「金堂」に安置された国宝の三尊像は必見

写真:モノホシ ダン

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「金堂」(重文)は、平安時代の1178年の創建です。堂内には、大日如来を中心とした国宝の三尊像が安置されています。

「金堂」に安置された国宝の三尊像は必見

写真:モノホシ ダン

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唐様の様式を取り入れた「鐘楼」(重文)は、南北朝の頃の創建。紅葉の時期にはモミジとのコラボが美しい。なお、塔婆(多宝塔)・金堂・鐘楼は約10年かけた大修理で、2018年(平成30年)3月に蘇りました。

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秋の枯山水庭園のモミジはため息が出る美しさ

秋の枯山水庭園のモミジはため息が出る美しさ

写真:モノホシ ダン

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天野山金剛寺本坊の庭園は、室町時代に造られ安土桃山時代末期には、四国阿波の殿様“蜂須賀家政公”によって手直しされました。さらに江戸期に入り、庭師雪舟流家元・谷千柳によって改装されました。

一面の杉苔の中に鶴島、亀島、枯瀧などが配置された枯山水の庭園で、秋はとくにモミジが美しいことで知られています。

秋の枯山水庭園のモミジはため息が出る美しさ

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本坊から、奥殿の北朝行在所へは、風情ある渡り廊下で結ばれています。

秋の枯山水庭園のモミジはため息が出る美しさ

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渡り廊下の中ほどにはベンチがあって、ここに腰掛けると庭園が一幅の絵画の如く広がります。

天野山金剛寺本坊にある「北朝行在所」

天野山金剛寺本坊にある「北朝行在所」

写真:モノホシ ダン

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「奥殿」の北朝行在所は、南北朝時代の旧蹟で、光厳(こうごん)・光明(こうみょう)・崇光(すこう)の三上皇と皇太子直仁の四方が、足利家の内紛が収まり京都に帰るまで、4年間ほど行在所として使用していたところです。

ふたたび北朝方についた尊氏によって、三上皇が京都に戻されるまで4年もの間、南北朝が同座していたことは、日本史においても非常にレアな出来事といっていいでしょう。

さらに、天野山金剛寺は、その後の南朝二代の天皇(長慶・後亀山)の御在所とされ、後村上天皇の時代を含めると、約30年に渡って南朝方の行宮となったのです。

天野山金剛寺本坊にある「北朝行在所」

写真:モノホシ ダン

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このように天野山金剛寺は、女人高野の優しいたたずまいと、南北朝時代に、武士の権力闘争に翻弄された皇室の悲劇を知ることのできる名刹です。美しい紅葉を愛でながら、はるか彼方の遠い歴史に思いをはせてください。

天野山金剛寺の基本情報

住所:大阪府河内長野市天野町996
電話番号:0721-52-2046
伽藍拝観料:大人200円、小学生100円
本坊拝観料:大人400円、小学生 200円 ※大人のみ伽藍本坊共通券(500円)あり
拝観時間:9:00〜16:30
アクセス:南海高野線・近鉄長野線「河内長野駅」よりバスで約20分

2019年10月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2017/11/07−2018/11/15 訪問

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