岐阜・関ケ原古戦場めぐりにオススメしたい史跡11選

岐阜・関ケ原古戦場めぐりにオススメしたい史跡11選

更新日:2019/11/21 11:00

塚本 隆司のプロフィール写真 塚本 隆司 ぼっち旅ライター
東西両軍合わせ16万人もの兵士が生死をかけた天下分け目の合戦・関ケ原。岐阜県の西側にあるこの地には、多くの物語と史跡が残っています。中でもオススメしたい史跡を11カ所選びました。
史跡めぐりのポイントは、史跡を点ではなく兵力などを考慮して面で捉えること。武将名の後ろに当時の年齢と兵数を入れているので、心理面など含めて想像しながらめぐってください。コース選定の参考にしてもらえるとうれしいです。

新型コロナウイルスの発生と感染拡大に伴う、県境をまたいだ移動の自粛が2020年6月19日より解除されます。また県境をまたぐ観光については「徐々に行い、人との間隔を確保すること」というガイドラインが政府より示されています。各種報道機関の発表、施設や各自治体のホームページなどで最新の情報をご確認ください。(LINEトラベルjp)
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「東首塚」「松平忠吉・井伊直政陣跡」と「開戦地」

「東首塚」「松平忠吉・井伊直政陣跡」と「開戦地」

写真:塚本 隆司

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JR東海道本線の跨線橋「関ケ原古戦橋」を渡ったところが松平忠吉(20)井伊直政(39)勢(兵力合わせて6600)の陣跡です。戦の先鋒の栄誉を福島正則(39)から横取りし戦端を開いたのは、霧が晴れた午前8時頃といわれています。

<松平忠吉・井伊直政陣跡の基本情報>
アクセス:JR関ヶ原駅から徒歩約5分。関ケ原古戦橋渡ってすぐ

となりに、合戦で亡くなった人たちを葬った東首塚があります。朱塗りの唐門と供養堂は尾張藩7代藩主・徳川宗春にゆかりがあり、昭和17(1942)年に名古屋から移築されました。そのため戦災をのがれた貴重な建物です。文化14(1817)年に建てられた首級墳碑に書かれた碑文は必見。後の世に語り継ぐことの大切さを教えてくれます。

<東首塚の基本情報>
アクセス:JR関ヶ原駅から徒歩約5分。松平忠吉・井伊直政陣跡の西隣り

「東首塚」「松平忠吉・井伊直政陣跡」と「開戦地」

写真:塚本 隆司

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関ケ原古戦場は、案内板が充実しているのでめぐりやすくなっています。
写真の案内板は、とても重要な位置にあります。470メートル先に開戦地とありますが、本来はこの場所が開戦地。開戦地碑は耕地整理のため、現在の場所に移されました。西軍の宇喜多勢17000と東軍の福島勢6000との間に松平忠吉・井伊直政がそっと割り込み発砲したのは、この辺りといわれています。

「東首塚」「松平忠吉・井伊直政陣跡」と「開戦地」

写真:塚本 隆司

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実際の場所とは異なる開戦地碑ですが、すごくいい場所にあります。
小西行長(45)勢6000の陣跡・北天満山の麓にありますが、北に笹尾山の石田三成勢6000、南には宇喜多勢17000、その奥に見える松尾山に小早川勢15000の兵がひしめき、東側では霧が晴れるにしたがい東軍勢の姿が目の前に現れてきたはずです。
この緊張感を感じて欲しいがため、ここに開戦地碑が移されたのではないかと思うほどです。

<開戦地碑の基本情報>
アクセス:JR関ヶ原駅から西へ徒歩約20分

関ケ原が一望できる陣跡「岡山烽火場」と「笹尾山」

関ケ原が一望できる陣跡「岡山烽火場」と「笹尾山」

写真:塚本 隆司

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開戦の火蓋が切られたのを機に3本の狼煙があがったといわれています。ひとつが小西行長(45)のいる北天満山。そして、黒田長政(32)竹中重門(27)らがいた岡山(岡山烽火場)です。
戦場を挟み小早川秀秋(18)がいる松尾山がよく見え、約束通り動くことを待っていたことでしょう。

<岡山烽火場の基本情報>
アクセス:JR関ヶ原駅から北へ徒歩約20分

関ケ原が一望できる陣跡「岡山烽火場」と「笹尾山」

写真:塚本 隆司

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もうひとつ開戦の狼煙をあげたのが石田三成(40)の本陣・笹尾山です。さすが戦場のほぼ全てが見渡せます。見えないのは盟友・大谷吉継(35)らの陣ぐらいでしょうか。
敗戦が濃厚になると三成は、反対側の休憩所が建つ前を通り、落ち延びていきました。

<笹尾山 石田三成陣跡の基本情報>
アクセス:JR関ヶ原駅から北西へ徒歩約25分

関ケ原が一望できる陣跡「岡山烽火場」と「笹尾山」

写真:塚本 隆司

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史跡ではありませんが、笹尾山交流館も忘れてはならないスポットです。甲胄の試着・写真撮影もでき、夏休みやGWは子どもたちも喜ぶ一番の人気スポットです。

<笹尾山交流館の基本情報>
アクセス:笹尾山 石田三成陣跡すぐ近く
開館時間:平日10時〜17時、土・日・祝9時30分〜17時、甲冑体験の受付は16時まで
休館日:火曜日(祝日の場合は翌日)、12月から2月末までは土日祝日のみの営業
電話番号:0584-43-1600

東軍率いる「徳川家康最初陣地」と「徳川家康最後陣地」

東軍率いる「徳川家康最初陣地」と「徳川家康最後陣地」

写真:塚本 隆司

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徳川家康(57)30000の軍勢が関ケ原で最初に陣を敷いたのが桃配山です。観光案内所で配布されるマップからもはみ出るほど東で、南宮山を背に関ケ原を望む位置にあります。
後背に西軍の毛利軍総勢20000余が控えていますが、攻めて来ない自信があったのでしょう。

<徳川家康最初陣地の基本情報>
アクセス:JR関ケ原駅から東へ徒歩約30分

東軍率いる「徳川家康最初陣地」と「徳川家康最後陣地」

写真:塚本 隆司

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戦況が進み午前11時頃、家康は軍勢を前線へと押し出します。
徳川家康最後陣地には床几場があり、ここで論功行賞のための首実検をおこなったと伝わる場所。遺構は天保12(1841)年に築かれたものです。

東軍率いる「徳川家康最初陣地」と「徳川家康最後陣地」

写真:塚本 隆司

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この地で見逃してはいけないのが、木々の間から見える笹尾山です。家康は石田三成の本陣まで数百メートルの位置に陣を敷いたことがよくわかります。

<徳川家康最後陣地の基本情報>
アクセス:JR関ヶ原駅から北西へ徒歩約10分

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関ケ原の人気史跡「大谷吉継陣跡」と献花が絶えない「大谷吉継墓」

関ケ原の人気史跡「大谷吉継陣跡」と献花が絶えない「大谷吉継墓」

写真:塚本 隆司

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北陸で前田家の動きを封じた大谷吉継(35)らは合戦の10日以上前に関ケ原に入り、徳川勢が大垣を抜けてきた時に備え準備を進めていました。不審な動きをする小早川秀秋(18)勢15000が松尾山に入ると、大谷勢(後に裏切る脇坂勢他合わせ)7200は、地の利を得て十分戦える布陣を整えます。写真は松尾山眺望地から見た松尾山。

<大谷吉継陣跡 松尾山眺望地の基本情報>
アクセス:JR関ヶ原駅から西へ徒歩約35分

関ケ原の人気史跡「大谷吉継陣跡」と献花が絶えない「大谷吉継墓」

写真:塚本 隆司

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実際、陣跡に行けば土塁と思われる遺構が今も多く残っています。

関ケ原の人気史跡「大谷吉継陣跡」と献花が絶えない「大谷吉継墓」

写真:塚本 隆司

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奥へと進むと大谷吉継(35)の墓があります。史跡碑に大谷吉隆墓と刻まれているのは、関ケ原合戦前に改名したという研究が採用されたためです。
大谷吉継のファンは多く、いつ来ても花が供えてあります。墓を建立したのは敵将藤堂家。丸石の部分に白い線が浮き出ているのは、吉継が病を隠すために被っていた頭巾ではないかという説もあります。となりには吉継の介錯をし、首を守るため自刃した湯浅五助(年齢不詳)の墓があります。

<大谷吉継墓の基本情報>
アクセス:JR関ヶ原駅から西へ徒歩約40分

「小早川秀秋陣跡」松尾山と関ケ原合戦図屏風に描かれた大杉「福島正則陣跡」

「小早川秀秋陣跡」松尾山と関ケ原合戦図屏風に描かれた大杉「福島正則陣跡」

写真:塚本 隆司

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松尾山には古くからの砦「松尾山城(長亭軒城)」がありました。関ケ原を広く見渡せることもあり、西軍総大将毛利輝元(47)の陣所とするため改修中のところへ、小早川秀秋(18)勢15000が押しのけ布陣します。
若干18歳の青年は、どのような心境でこの場所から戦況を眺めていたのでしょう。

「小早川秀秋陣跡」松尾山と関ケ原合戦図屏風に描かれた大杉「福島正則陣跡」

写真:塚本 隆司

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陣跡のみならず登山道の途中にも曲輪の跡が残っています。麓の登山口から40分ほどで登れることもあり、山城ファンにオススメの史跡です。

<松尾山 小早川秀秋陣跡の基本情報>
アクセス:JR関ヶ原駅から松尾山登山口駐車場まで徒歩約30分、登山口から小早川秀秋陣跡まで約40分

「小早川秀秋陣跡」松尾山と関ケ原合戦図屏風に描かれた大杉「福島正則陣跡」

写真:塚本 隆司

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関ケ原合戦に興味がある人なら「関ケ原合戦図屏風」を見たことがあるはず。屏風のほぼ中央の下の部分に、小さな社(春日神社)と杉の木が描かれています。この杉の木は今もあり樹齢800年。春日神社の境内で今も関ケ原合戦を伝えています。福島正則(39)勢6000は、この春日神社と井上神社あたりに布陣していました。

<春日神社 福島正則陣跡の基本情報>
アクセス:JR関ヶ原駅から西南西へ徒歩約20分

まだまだあります!関ケ原合戦参戦武将陣跡

他にもオススメしたい史跡スポットがあります。宇喜多秀家(28)の陣跡は周囲を木々に覆われ風情があります。もちろん、当時とは異なる風景ですが400年の歴史を感じずにはいられません。島津義弘(65)陣跡には鹿児島の人たちの熱い思いから、立派な石碑が建っています。

それぞれの史跡にそれぞれの物語がある関ケ原。深掘りすれば、壬申の乱(672年)と同じ場所で戦われたことがわかり、わくわくするくらい想像力をかき立ててくれます。じっくり史跡をめぐれば、立派な関ケ原ファンの出来上がりです。

兵数や年齢、逸話など諸説あります。
2019年11月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

取材協力:岐阜県、関ケ原町

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掲載内容は執筆時点のものです。 2019/10/09−2019/10/11 訪問

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