信長に消された戦国の都!福井県「一乗谷朝倉氏遺跡」の歩き方

信長に消された戦国の都!福井県「一乗谷朝倉氏遺跡」の歩き方

更新日:2019/12/03 14:59

旅人間のプロフィール写真 旅人間 はらぺこライター、旅ブロガー
福井県にある一乗谷朝倉氏遺跡を知っていますか?ここは日本のポンペイとも呼ばれている戦国時代の遺跡です。1573年に織田信長の焼討ちに遭い、長い年月ずっと土に埋まっていました。

ほぼ完全な状態で町並が発掘され、現在は復原町並など当時の様子を原寸大で忠実に再現しています。2020年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』で注目の明智光秀と関係のある朝倉義景ゆかりの地。それでは遺跡の見所を紹介しましょう。
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消えた戦国の大都市!これが一乗谷朝倉氏遺跡

消えた戦国の大都市!これが一乗谷朝倉氏遺跡

写真:旅人間

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福井市街から東南に約10kmの山に囲まれた静かな場所に“日本のポンペイ”と呼ばれている巨大な遺跡があります。かつて京の都、大阪の堺に次いで3番目の大都市であった一乗谷。その「一乗谷朝倉氏遺跡」です。現在の風景を見ると想像も出来ませんが、往時は人口一万人以上の繁栄を誇っていたと言われています。

ところが、1573年に織田信長の焼討ちに遭い、雅やかな文化の華を咲かせていた都市は三日三晩燃え続け灰となってしまったのです。

消えた戦国の大都市!これが一乗谷朝倉氏遺跡

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パッと見た印象は農村風景ですが、周囲は全て失われた都市の跡です。遺跡からは田畑の形跡は一つもなく、多くの屋敷跡、寺院跡が確認されています。ちなみに、現在発掘され整備されているのは特別史跡指定の10分の1に過ぎません。

朝倉軍が信長に刀根坂で大敗し壊滅すると、比叡山の惨劇を知っている住民は皆逃げ出し、その後、無人となった都市は燃やされました。つまり、ここは戦場にはなっていないのです。

消えた戦国の大都市!これが一乗谷朝倉氏遺跡

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この一乗谷朝倉氏遺跡は、昭和42年から本格的に始まった発掘調査でほぼ完全な状態で町並みが発掘され、国の特別史跡、特別名勝、重要文化財の3つの指定を受け、2019年5月には日本遺産に認定されました。

この遺跡は漠然と歩くのではなく、ガイドさんの話を聞きながら北ノ京と呼ばれた雅な姿を目に浮かべ巡るのがおすすめです。定時ガイドは10:00、12:00、14:00に出発で所要時間は60分。集合場所は「復原町並南入場口」で、入場料220円のみ必要です。
※2020年4月よりガイド料は有料となります。詳細は現地にお問合せ下さい。

戦国時代にタイムスリップ!復原町並の見所

戦国時代にタイムスリップ!復原町並の見所

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この一乗谷朝倉氏遺跡には、栄華を極めた城下町をほぼ完全な姿で再現した「復原町並」があり、ここを歩くと戦国時代にタイムスリップしたような感覚になります。

その中でも、特に注目したいのは南北の道が「遠見遮断方式」になっていることでしょう。敵が攻めてきた時、攻撃側からは見えにくいが、守り手の方からは全貌が見える仕組み。ここでは南から見て、北から見直す。この両比べは絶対にしておきたい。

戦国時代にタイムスリップ!復原町並の見所

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この「遠見遮断方式」は館内にある模型で再確認してみると「なるほど、こうなっていたのか」と分かります。

ちなみに、ここでは「復原」と言う文字を使っていますが誤字ではありません。一般的には「復元」が多いですが、当時の町並みを原寸大に忠実に再現すると「復原」となります。例えば東京駅も同様で「復元」でなく「復原」です。

戦国時代にタイムスリップ!復原町並の見所

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この復原町並では建物が立ち並び、繁栄した町の様子を偲ぶことが出来ます。例えば、焼き物などを売る商人の家では店先に商品が色々と並び、主人の後ろには刀が見え、戦の時には武士として戦いに出ていた様子がわかります。

尚、この周辺はソフトバンクのCM白戸家のロケ地としても知られています。

一乗谷朝倉氏遺跡の中心部!朝倉家当主の館跡へ

一乗谷朝倉氏遺跡の中心部!朝倉家当主の館跡へ

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一乗谷朝倉氏遺跡の中心部に位置するのが朝倉家当主の館跡です。ここには義景の菩提を弔うために立てられた松雲院の山門で朝倉氏遺跡のシンボルでもある唐門があり、豊臣秀吉が寄進したものと伝わっています。

現在の唐門は江戸時代中期に再建されたもので、両外側には朝倉家の「三ツ盛木瓜」、両内側には豊臣家の「五三桐」があり、ここも見所の一つです。

一乗谷朝倉氏遺跡の中心部!朝倉家当主の館跡へ

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朝倉館跡には「義景公墓所」があります。この墓所は村民が建てた小祠が始まりで、福井藩主松平光通によって現在の墓塔が立てられたと言われています。義景は信長に大敗した後、一乗谷を逃れ、大野六坊賢松寺で一族の景鏡の裏切りにより自刃しています。

一乗谷朝倉氏遺跡の中心部!朝倉家当主の館跡へ

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この朝倉家の館跡は、高台から見下ろすと規則正しく並んだ石が見え、その中央に花壇の跡がハッキリ分かります。この花壇からは7種類の花が確認されており、花が一年中咲くように工夫されていた日本最古の花壇です。

また、この館では1568年に後の15代将軍の足利義昭を招いて盛大にもてなしたことが『朝倉亭御成記』などによって分かっています。

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湯殿跡庭園と諏訪館跡庭園の魅力

湯殿跡庭園と諏訪館跡庭園の魅力

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当主の館の背後の高台には、縦長の石を多く用いた戦国大名の庭らしい豪壮で力強い印象の「湯殿跡庭園」が見られます。現在は枯池ですが、山際で導水路が発見され、戦国期には想像を絶する美しい景観だったに違いありません。

私たち一般人からすると単なる庭園跡に見えますが、過去に平山郁夫や岡本太郎が絶賛し、芸術家が見ると今もなおパワーに満ちた素晴らしい庭園として称賛されています。

湯殿跡庭園と諏訪館跡庭園の魅力

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この「諏訪館跡庭園」は、朝倉義景が寵愛した側室 小少将の館であったと伝わる場所。この遺跡の中でも最も規模が大きく壮麗で、戦国時代の池泉庭園では全国的にも第一級の豪華さを誇ります。義景はここで酒池肉林に溺れたとも言われています。

本当に美味しい!おすすめ「一乗谷レストラント」

本当に美味しい!おすすめ「一乗谷レストラント」

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一乗谷朝倉氏遺跡のグルメとして、近隣の「一乗谷レストラント」がおすすめです。一般的に観光地にあるレストランってイマイチ…。そんなイメージを持つ方も多いと思いますが、ここは違います。地元の食材を活かしたご馳走メニューが沢山!

女性に人気の「おもてなしランチ」は季節のかご盛り+へしこ寿司2貫+名物おろしそば+デザート+コーヒーの豪華な組み合わせで2,600円。ソースカツ丼1,000円も美味しいですよ。また戦国ぜんざいも評判です。

<一乗谷レストラントの基本情報>
住所:福井県福井市城戸ノ内町10-48
電話番号:0776-97-5335
営業時間:11:00〜17:00
定休日:火曜

一乗谷朝倉氏遺跡の基本情報

住所:福井県福井市城戸ノ内町
電話番号:0776-41-2330(朝倉氏遺跡保存協会)
営業時間:見学自由、復原町並は9〜17時(入場は16:30まで)
定休日:無休。ただし年末年始を除く
料金:復原町並は220円 

2019年12月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

取材協力:福井市おもてなし観光推進課

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掲載内容は執筆時点のものです。 2019/11/15 訪問

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