奈良・大和郡山の「盆梅展」でひと足早い春の訪れを感じよう!

奈良・大和郡山の「盆梅展」でひと足早い春の訪れを感じよう!

更新日:2022/01/11 16:01

モノホシ ダンのプロフィール写真 モノホシ ダン 総合旅行業務取扱管理者、総合旅程管理主任者
奈良県大和郡山の郡山城跡で、例年2月から3月にかけて開催される「盆梅展」は城下町・大和郡山の早春の風物詩です。“お城の櫓の中”という厳かな雰囲気の漂う会場で、大和郡山市の愛好家が丹精込めた約120鉢の「盆梅」を満喫できます。豊臣秀吉の弟秀長や大和郡山に金魚養殖を広めた柳沢吉里ゆかりの郡山城跡でひと足早い春の訪れを楽しんでみませんか?

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「柳沢吉里」は金魚の養殖のほかに、紅梅や桜も補植した名君

「柳沢吉里」は金魚の養殖のほかに、紅梅や桜も補植した名君

写真:モノホシ ダン

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郡山城跡は、戦国時代に筒井順慶が城を築き、その没後、豊臣秀吉の弟、秀長が大和・紀伊・和泉の3ヶ国約100万石の領主として入城、大規模に築城、城下町も繁栄しました。1724年(享保9年)徳川5代将軍綱吉の側用人を務めた柳沢吉保の長男、吉里が15万石の領主となり、明治維新まで6代続きました。

廃藩置県により郡山城は破却されましたが、近年になって、追手門、追手向櫓、多聞櫓が復元され、2017年(平成29年)には「続日本100名城」に選定されました。「盆梅展」の会場となるのは復元された追手門、追手向櫓、多聞櫓です。

「柳沢吉里」は金魚の養殖のほかに、紅梅や桜も補植した名君

写真:モノホシ ダン

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復元された追手門は、もともと一庵丸門と呼ばれていましたが、柳沢吉里が入封するにあたり、梅林門と改名されました。

金魚の養殖を広めた吉里は、風流人で花好きでもあり、紅梅や桜の花を好みました。郡山城跡は桜の名所としても有名ですが、これは吉里がたくさんの桜の木を補植したからと伝えられています。

なお、復元された追手門の軒下には、豊臣家の家紋であった桐紋が燦然と輝いています。

「柳沢吉里」は金魚の養殖のほかに、紅梅や桜も補植した名君

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櫓の外の庭では、たくさんのしだれ梅林があり、咲きそろうと室内外あわせて梅を満喫できるようにもなっています。

お城の櫓の中で展示される約120鉢の盆梅

お城の櫓の中で展示される約120鉢の盆梅

写真:モノホシ ダン

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盆梅展の入場は、追手門から入って多門櫓を通り、追手向櫓から出るというコースです。

お城の櫓の中で展示される約120鉢の盆梅

写真:モノホシ ダン

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静寂に包まれた櫓の内部には赤い絨毯が敷かれていて、それぞれ名前の付けられた枝ぶりの良い約120鉢もの盆梅を鑑賞できます。

お城の櫓の中で展示される約120鉢の盆梅

写真:モノホシ ダン

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毎年、大和郡山盆梅展の顔として知られる一鉢が、金屏風を背景にした「悠妃」です。樹齢約120年の老木ですが、若々しい花を咲かせて来場者を出迎えてくれます。

郡山城ゆかりの有名武将の名を冠した「盆梅」も

郡山城ゆかりの有名武将の名を冠した「盆梅」も

写真:モノホシ ダン

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武将の名を冠した盆梅も数多く見られます。「秀長」は、豊臣秀吉の弟、羽柴秀長からとったものです。秀長は、大和・紀伊・和泉の3ヶ国の約100万石の大名となり、また官位も従二位権大納言に栄進したことから、大和大納言とも尊称されました。

秀長は、温和な性格で人望があり、豊臣政権の安定には欠かせぬ貴重な人物でしたが、兄の秀吉に先立つこと約7年前の52歳の若さで、郡山城内にて病没します。

もし秀長がもっと寿命に恵まれていれば、あるいは豊臣の天下を永く存続させることができたかもしれないといわれています。

郡山城ゆかりの有名武将の名を冠した「盆梅」も

写真:モノホシ ダン

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「順慶」は、織田信長や豊臣秀吉に従いながら、郡山城を築き、大和に平和をもたらした武将「筒井順慶」から。順慶は、羽柴秀吉と明智光秀が戦った「山崎の戦い」の際には、洞ケ峠で秀吉と光秀の合戦の趨勢を傍観したという日和見主義の「洞ケ峠」の故事で知られた人物ですが、これは後世歪曲されたものです。

光秀の与力であった順慶は、光秀から加勢を期待されましたが、山崎を遠望できる洞ヶ峠に着くことなく大和へと撤兵して中立を保ったと言われています。

郡山城跡・天守台の展望施設から大和平野を見晴らそう

郡山城跡・天守台の展望施設から大和平野を見晴らそう

写真:モノホシ ダン

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盆梅展を鑑賞したら、郡山城跡の天守台に登ってみましょう。郡山城の天守については、絵図や文献がほとんどなく、幻の天守と呼ばれていましたが、近年の発掘調査で、豊臣秀長時代あるいは増田長盛時代には確実に天守が存在したことがわかっています。天守は関ケ原の戦い後に解体、以後、郡山城では天守は再建されませんでした。

郡山城跡・天守台の展望施設から大和平野を見晴らそう

写真:モノホシ ダン

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2017年(平成29年)に整備が完了した天守台の展望施設からは、大和郡山の町並みや、平城京大極殿・薬師寺・若草山までのぞむことができます。ほのかに甘い梅の香りとともに抜群の眺望を楽しんでください。

盆梅展で梅の力強い生命力から生きる勇気と元気をいただこう

いかがでしたか。大和郡山の「盆梅展」は、開催場所が、お城の櫓の中という盆梅展で、厳かな雰囲気の中、樹齢を重ねた古木や枝ぶりの立派な銘木を鑑賞することができます。櫓の外に広がるしだれ梅林とともに、屋内・屋外あわせて梅の花を満喫してみてはいかがでしょうか。

2022年1月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2019/03/02 訪問

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