京都「北野天満宮」歴史と霊験、御利益溢れる“要”の神域とは!?

京都「北野天満宮」歴史と霊験、御利益溢れる“要”の神域とは!?

更新日:2021/01/05 10:22

小々石 曲允子のプロフィール写真 小々石 曲允子 昭和文化・レトロ旅愛好家、神秘の杜ナビゲーター
学問の神様・菅原道真公を主祭神としてお祀りし、全国の天満宮、天神社の総本社でもある京都の北野天満宮。合格祈願等で訪れたことがある方も多いかと思いますが、本殿の他に、訪れたからには是非ともお参りしていただきたい社殿・神域を今回はご紹介します。見過ごされがちですが、歴史的・霊的な意味で北野天満宮の「要」と言える場所ばかりですので、さらなる御利益を授かるためにも参拝してみましょう!

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北野の地は、天満宮創祀以前からの聖域だった

北野の地は、天満宮創祀以前からの聖域だった

写真:小々石 曲允子

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北野天満宮の創建は平安時代の947年。しかし、実はこの場所がそれ以前からの「聖域」であったことはあまり知られていません。

北野の地は、都の北西(乾)の方角に位置する重要地とされ、天地全ての神々「天神地祇(てんしんちぎ)」をお祀りした「地主社」が創建以前より鎮座していました。現代の風水においても、北西は神仏祭祀に適した最も格式高い方位とされていますが、往古においても畏れ多き神聖なる方位とされていたようです。

また、この地の上空には夜になると北極星が現れ、日・月・星の運行が国や個人の運命に関わるとする「三辰信仰」との絡みから、北野は天のエネルギーが満ちる聖地として、古より信仰されていました。

北野の地は、天満宮創祀以前からの聖域だった

写真:小々石 曲允子

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菅原道真公は卓抜した才を持つ優秀な官吏でありながら策謀により九州の太宰府に左遷され、失意の内に亡くなりましたが、奇しくも道真公を陥れた人物に不幸が続き、その災いを封じるために建立されたのが北野天満宮であるとも言われています。これは裏を返せば、御神力が強い神社とされる所以でもあります。

北野の地は、天満宮創祀以前からの聖域だった

写真:小々石 曲允子

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また、一般に知られる受験合格や学業成就の御利益の他に、文芸や芸能の上達、冤罪を晴らす等の御利益・御神徳もあります。

梅苑が公開される2月頃と史跡の「御土居」が開放される初夏の青紅葉、紅葉の季節の景色は特に美しく、道真公の精神性とも通じる高雅な趣が感じられる神社でもあります。

「天神」のルーツは実はここ!「地主社」

「天神」のルーツは実はここ!「地主社」

写真:小々石 曲允子

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それではここから、天満宮の隠れた要所とも言える場所をご紹介しましょう。

まずは、本殿裏の通りに座す摂社の「地主社(じぬししゃ)」から。地主社は先にも述べたように、天神地祇(天地全ての神々)がお祀りされた、天満宮創建以前からこの地に鎮座する境内最古の御社です。

天満宮は「天神さん」と呼ばれますが、天神とは道真公というより、地主社にお祀りされた天神地祇のことを本来は表しています。北野天満宮ひいては天神信仰のルーツである地主社は、このような歴史からも実は参拝必須の御社なのです。

「天神」のルーツは実はここ!「地主社」

写真:小々石 曲允子

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ところで、通常、神社では楼門や参道の正面に本殿が建立されることが多い中、北野天満宮では楼門正面の参道(写真)から見て西にずれた位置に本殿があります。

このように鳥居や参道と本殿とが筋違いになっている神社は稀にあり、参道をあえて直線にしないことで御祭神の怨霊を封じる意味を持たせているとの説もありますが、天満宮における本殿の配置は、元々ここに鎮座していた地主社に配慮してのものとされています。実際、楼門参道のほぼ正面の位置に存在するのは地主社です。

なお、現在の地主社の社殿は、豊臣秀頼により400年程前に造営されたものです。

大事な神様は本殿の裏に!「御后三柱」

大事な神様は本殿の裏に!「御后三柱」

写真:小々石 曲允子

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さて、天満宮のルーツと言える地主社は本殿の裏側の通りに面して鎮座していますが、本殿の背面においても実は重要な神様がお祀りされています。

それが「御后三柱(ごこうのみはしら)」と称される、天穂日命(あめのほひのみこと)、菅原清公卿、菅原是善卿の三柱。菅原清公卿と菅原是善卿は、道真公の祖父、父君。また、天穂日命は菅原氏一族のルーツとされる祖先神です。

古来、北野天満宮を参拝する際には、御后三柱も含めて拝するのが常識だったとのこと。つまり、それだけ天満宮の中でも大事な神様として古より崇められていたことの証でもあります。本殿の背面に廻り、こちらにも必ずお参りしましょう!

隣の「亀石」も実は重要!「一願成就のお牛さん」

隣の「亀石」も実は重要!「一願成就のお牛さん」

写真:小々石 曲允子

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牛は、天満宮における神の使者。本殿裏通りの西端にある「牛舎」には、境内に数ある撫で牛の中でも最古の石像「一願成就のお牛さん」が座しています。

念じて撫でると一つだけ必ず願い事を叶えてくれるというお牛さんは、北野天満宮随一のパワースポットで、古くから霊験あらたかとされてきた特別な神域!絵馬掛所もあり、参拝者が少なからず訪れる場所です。

しかしその牛舎の隣に結界が張られた神域があり、「亀石」という神石が鎮座していることはあまり知られていません。

隣の「亀石」も実は重要!「一願成就のお牛さん」

写真:小々石 曲允子

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実はこの石は古代信仰(陰陽道)の名残と言われ、牛の石像が陽石、亀石は陰石、一対で「陰陽石」として信仰されてきたものです。亀石の方を拝んでいる方は殆ど見かけませんが、両方をお参りすることで御神徳・御利益が戴けると言われていますので、亀石にも必ずお参りして下さいね!

さて、この牛舎一帯は境内全域の北西部に位置します。因みに、境内の最北西部にあたる御土居の先には、天狗伝説が残る天狗山という小山(禁足地)があり、都の乾(北西)に鎮座する天満宮の中でも最も乾に座すとして特に神聖視されてきました。天狗山然り、お牛さん・亀石然り。境内の北西部は天満宮の中でポイントとなる特別な霊域であったのかも知れません。

隣の「亀石」も実は重要!「一願成就のお牛さん」

写真:小々石 曲允子

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北野天満宮の隠れた「要」とも言える神域をご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?
今回ご紹介した場所は、御利益だけではなく天満宮の歴史や霊験とも深く関わる場所です。本殿と共に忘れずお参りして下さいね!

北野天満宮の基本情報

住所:京都府京都市上京区馬喰町
アクセス : JR京都駅、私鉄、地下鉄の主要駅など各所より市バス「北野天満宮前」下車すぐ。京福電鉄(嵐電)「北野白梅町」駅より徒歩約5分

2020年12月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2020/02/03 訪問

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