チュニジア・古代フェニキア人の遺産「カルタゴ軍港と聖域トフェ」

チュニジア・古代フェニキア人の遺産「カルタゴ軍港と聖域トフェ」

更新日:2020/03/31 14:49

澁澤 りべかのプロフィール写真 澁澤 りべか 西洋史ブロガー
古代の海洋国家カルタゴ。チュニジア北東部に栄え、ローマとの三度にわたるポエニ戦争(紀元前264年〜紀元前146年)に敗れて滅亡したフェニキア人の都市国家。
ローマ軍に徹底的に破壊されたカルタゴですが、実はその軍港がいまも古代のままの円形をとどめているのをご存知ですか?
さらに港のそばには、女神タニトに幼児犠牲をささげたとされる神秘的な聖域トフェも残されています。

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地中海は庭!商才に長けた海洋民族フェニキア人

紀元前9世紀、現在のチュニス近郊に古代フェニキア人が築いた都市国家カルタゴは、紀元前3世紀には地中海の覇権をかけてローマ人と戦うまでに繁栄を極めました。

フェニキア人は元々地中海東岸、現在のレバノンあたりに暮らしていた海洋民族で、レバノン杉を使った造船および操船の技術に優れ、海上交易で富を築きました。彼らが使ったフェニキア文字はラテン・アルファベット(ABC…)の起源です。

やがて彼らは北アフリカやスペイン南部に進出して多くの植民都市を建設します。チュニス湾を望むビュルサの丘に建てられたカルタゴもそのうちの一つです。

地中海は庭!商才に長けた海洋民族フェニキア人

写真:澁澤 りべか

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ビュルサの丘のふもとのサランボー地区と呼ばれる場所に、古代カルタゴの港が名残をとどめています。

港は商港と軍港に分かれており、チュニス湾に面する商港は500m×300mの長方形、その奥(北側)にある軍港は直径300mの円形をなしており、二重の防御壁に守られていました。つまり商港を通過しなければ軍港に入れませんでした。
上の写真はビュルサの丘から見下ろしたカルタゴ軍港です。

下の写真はカルタゴの港を上空から見たもの。画面中央に、円形と長方形の池が連なっているのが見て取れるでしょうか。

地中海は庭!商才に長けた海洋民族フェニキア人

写真:澁澤 りべか

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カルタゴ海軍の軍船は約300人の漕ぎ手を使う五段櫂船で、古代ギリシアの三段櫂船(漕ぎ手は約100人)以上の高速航行が可能でした。ポエニ戦争の緒戦、それまで陸上戦の経験しかなかった農耕民族ローマ人は、カルタゴのとの海戦に苦戦しました。

今は軍港と商港のつなぎ目に橋が架かっていて、下の写真はその橋から現在のカルタゴ軍港を見た様子です。
かつてこの軍港は220隻の軍船を収容できるドックを併設していました。中央に見える小島(現在は陸続き)が円形の港の中央にあるドックのあとです。小島の向こうにビュルサの丘が見えています。

<カルタゴ港の基本情報>
住所:Av.20 Mars 1934
アクセス:TGM(郊外電車)カルタージュ・ビュルサ駅下車、徒歩約10分

地中海は庭!商才に長けた海洋民族フェニキア人

写真:澁澤 りべか

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恐るべき幼児犠牲の儀式がここで?聖地トフェ

カルタゴ港から少し歩いたところに「トフェ」と呼ばれる遺跡があります。この名は旧約聖書に由来し、トフェト、トペト、トペテと書かれることもあります。

ここはフェニキア人が炎の中に幼児を投げこんで神への生贄にしたとされる聖地。墓石のように見えるのは神に奉納した石碑です。1920年代の発掘調査で、実際にここからたくさんの炭化した幼児の骨と、2万個を超える骨壺が見つかりました。

恐るべき幼児犠牲の儀式がここで?聖地トフェ

写真:澁澤 りべか

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トフェは初め、バアル・ハモンという神のための聖域でしたが、やがてその配偶神であるカルタゴの守護神タニトを合わせて祀る場となりました。
タニトはシリアの地母神アシュタルテとの関連が深い豊穣神で、死と再生を司る冥界の神でもありました。カルタゴでは紀元前5世紀以降にバアル・ハモンと並ぶ最高神となります。

女神タニトは〇の下に一と△を書いた記号で表現され、カルタゴ兵は盾にこの印を描いて戦ったともいわれています。フェニキア時代の遺物にもよく刻まれていて、トフェでもタニトの印がたくさん見られます(写真右端の石碑)。

恐るべき幼児犠牲の儀式がここで?聖地トフェ

写真:澁澤 りべか

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入口を入ってすぐの石碑が立ち並ぶ様が印象的なトフェですが、その左右のエリアにもまだまだ石碑があります。

左奥には、ローマ時代のアーチに覆われて洞窟のようになった神秘的な空間が。右側の入口に近い地面には巨大なタニトの印がありますのでお見逃しなく。またフェニキア文字がはっきり刻まれている石碑もありますので、探してみてください。

<トフェの基本情報>
住所:La Goulette Rd
アクセス:TMGカルタージュ・サランボー駅下車、徒歩約10分

恐るべき幼児犠牲の儀式がここで?聖地トフェ

写真:澁澤 りべか

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バルドー博物館の展示品に見るトフェの儀式

ローマンモザイクで有名なバルドー博物館(チュニス西方)には、ローマ時代に作られたバアル・ハモン神の像や、タニトの印を刻んだ石碑など、フェニキア時代に関連する遺物も多く展示されています。
その中にトフェから出土した細長いオベリスクのような形の石碑があり、表面をよく見ると神官と思しき人物が左腕に幼児を抱いています。もしや次の瞬間、その子を火に…?

しかし、フェニキア人は子供を生きながら火あぶりにしたのではなく、幼くして死んでしまったわが子を火葬し、神にささげただけ、という説もあります。

<バルドー博物館の基本情報>
住所:Route Nationale 7
電話番号: 216-1-513-650
アクセス:メトロ4号線ル・バルドー駅下車、徒歩約5分

バルドー博物館の展示品に見るトフェの儀式

写真:澁澤 りべか

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カルタゴの繁栄を今に伝える貴重な二つの遺産

カルタゴの街はローマ軍によって徹底的に破壊され、火を放たれ、塩をまかれました。そして5万ものカルタゴ市民が奴隷になりました。現在のカルタゴ遺跡のほとんどは数世紀後にローマ人が再建したもの。
しかし、今回取り上げた二つの遺産はフェニキア人たちが確かにそこに生きていたことを物語っています。ぜひ足を運んでカルタゴの栄光に思いをはせてください。

2020年3月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2020/02/05−2020/02/12 訪問

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