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「アウシュヴィッツ・ビルケナウ記念博物館」で負の歴史を学ぶ

「アウシュヴィッツ・ビルケナウ記念博物館」で負の歴史を学ぶ

更新日:2020/04/08 16:42

ネプフリン 由香のプロフィール写真 ネプフリン 由香 時々欧州の街・スイス専門旅行ライター
ポーランドの古都クラクフの西約65km先に、アウシュヴィッツ・ビルケナウ記念博物館はあります。ここは、第二次世界大戦下のナチスドイツが、かつて無下にもユダヤ等を大量虐殺した強制収容所、通称「殺人工場」の跡地です。人種差別による理不尽極まりない無慈悲な行為による残忍な過去の過ちを、負の歴史を二度と繰り返してはならない、目を背けてはならない、という事を目的に現在は博物館として無料で公開されています。

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遺品や写真で当時の様子がわかる

遺品や写真で当時の様子がわかる

写真:ネプフリン 由香

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博物館にはそのまま残されたユダヤ人等の遺品や、当時の写真などが多く展示されています。それらを通して当時のアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所の悲惨な様子がよくわかります。当館で見られるそれらの惨い写真の数々は、SS(ナチス親衛隊)の広報部が記録を残すために撮っていたものです。

この強制収容所には毎日15,000人ものユダヤ人、政治犯、同性愛者、障害者等が電車に押し詰めにされ、次々と運ばれて来ました。収容所に到着するやいなや所持品は全て取り上げられ、急かすように整列させられ、死へ送られるもの、生き残る者(強制労働させる者)と即時に選別されました。少しでも遅れをとれば、杖を持った厳つい顔つきのSSたちに杖で叩かれ、煽られたそうです。

遺品や写真で当時の様子がわかる

写真:ネプフリン 由香

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没収品の数々も展示されています。服、靴、鞄、義足、銀歯、髪の毛など身ぐるみ剥がされました。靴に限っては、そのまま履いていても良い人もいたそうです。その選別はSSの気分次第で行われていたようです。

遺品や写真で当時の様子がわかる

写真:ネプフリン 由香

生き残り組(強制労働組)に選別された者たちはZentralsauna(セントラル・サウナ)と呼ばれる場所で、服を全て脱がされ、髪を切り落とされ、全身を消毒され、そのご囚人服、女性は灰色のワンピース、男性は縞模様の服を着せられました。判別するため番号をつけられ一人ずつ写真撮影をしました。写真には入所日、殺害日が記入されています。これらの作業も、後にはフィルム不足により省かれることになるのですが・・・。

目を背けたくなるような当時の写真の数々、人々はこれを見て何を思うでしょうか。涙を流しながら見学している方も中にはいます。写真は囚人の少女が取り上げられた可愛らしい服。

見学は、ガイド付きツアーまたはオーディオガイドでさらに深く

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写真:ネプフリン 由香

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このアウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所で起こっていたこと、行われていたこと、史実をより深く知りたい、そんな方には日本人ツアーガイドさん付きのツアー、または日本語のオーディオガイドをお勧めします。大変多くのかたがこの博物館を訪れるので、最低でも2ヶ月前の予約が望ましいでしょう。公式ホームページよりオンラインで予約ができます。

見学は、ガイド付きツアーまたはオーディオガイドでさらに深く

写真:ネプフリン 由香

アウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所(Das Konzentrationslager Auschwitz-Birkenau)は、ドイツに占領されたポーランドのオシフィエンチム市(Oswiecim)郊外に、1940年にドイツによって設立されました。元々の住民たちは強制的に撤去させられ、地名もドイツ語のアウシュビッツに変更されました。

アウシュビッツ強制収容所の守備は、エリート部隊のSS(ナチス親衛隊)で成り立っていました。

広大な敷地には、始めはアウシュビッツ1号のみでしたが、徐々に拡大され、次にアウシュビッツ2号・ビルケナウ収容所が新設されました。2号は1号から3km離れたブジェジンカ村(Brzezinka)にあり、現在は無料のシャトルバスが1号と2号間を往復運行しています。

拡大はさらに続き、見学は現在できませんが、アウシュビッツ3号・モノビツェ(Monowitz)も設立されました。こちらは一般公開されていません。

見学は、ガイド付きツアーまたはオーディオガイドでさらに深く

写真:ネプフリン 由香

2号のビルケナウ収容所には、ユダヤ人大量毒殺が行われた悪名高き「ガス室」(写真)が築かれました。ガス室は、約230m2の狭い部屋で、その中に1500にも及ぶ人が押し込められたそうです。30分後にドアは開けられ、死体を出し、3時間ほどかけて、もがき苦しんだ人からの血などの汚れを掃除し、また新たなユダヤ人らが連行ということが一日中繰り返されていた場所です。その一連の嫌な作業はユダヤ囚人が行っていたというのですから、その精神的苦痛は想像を絶します。

毒殺として使用されていた毒が入っていた大量の空き缶も展示されています。

囚われた人々の当時の悲惨な生活も垣間見れる

囚われた人々の当時の悲惨な生活も垣間見れる

写真:ネプフリン 由香

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囚人が生活していた場所を歩いて見学できます。その広大さに驚かれるでしょう。それだけ大量の人々が毎日のように電車に詰め込まれて送り込まれ、いつ殺されるのかという恐ろしい不安感と戦いながら強制労働をさせられ、毎日を過ごしていた場所です。

囚われた人々の当時の悲惨な生活も垣間見れる

写真:ネプフリン 由香

囚われた人々は、強制労働をして、くたくたになった体を休めるのにも、このような酷い棚のような場所に数人押し込められて眠らされました。病気の人も皆一緒に寝ていました。寒さに負けて凍死する人も少なくなかったようです。

囚われた人々の当時の悲惨な生活も垣間見れる

写真:ネプフリン 由香

こちらは与えられた食事の様子です。たくさん辛い肉体労働をした後も、カロリーの低い貧相な食事しか与えられませんでした。疲労と空腹とで餓死した人も多かったようです。

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二度と繰り返してはならない

二度と繰り返してはならない

写真:ネプフリン 由香

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収容所内には、逃亡をしようとする者たちを監視する見張り台が設置されていました。逃亡を企てる者たちへの見せしめとして、故意に公の場で射殺が行なわれたようです。

この人間とは思えぬ扱いをされてきた彼らは、体力の限界から涙すら出なかったといいます。全く意味をなさない、理解すらできないこの人種差別行為は、これから先、二度と繰り返してはなりません。そのためにも、博物館サイドは、1号と2号の両方を見ることを強く勧めています。

二度と繰り返してはならない

写真:ネプフリン 由香

いかがでしたでしょうか。アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所は、映画やテレビで度々取り上げているので、映像的にもご存知の方は多くいるかと思います。しかし、実際に足を運んで見ると、より深く人種差別や戦争の理不尽さを、身をもって感じられるのではないでしょうか。

ただし、敷地も広大な上、かなり重たいテーマなので、体調が万全な時に行くことをお勧めします。

アウシュヴィッツ・ビルケナウ記念博物館の基本情報

住所:Ofiar Niemieckiego Faszyzmu 12, 32-600 Brzezinka
電話番号:+48-33-844-8099
営業時間:12月7:30〜14:00、1月/11月7:30〜15:00、2月7:30〜16:00、3月/10月7:30〜17:00、4月/5月/9月7:30〜18:00、6月〜8月7:30〜19:00
※12月25日、1月1日、復活祭の日曜日は休館
入館料:無料
アクセス:クラクフ からのツアーで行くのが最も簡単。ほとんどのホテルが用意しているのでフロントで申し込んでください。ホテルまでミニバンやバスが迎えにきてくれます。バスの所要時間は約1時間30分
個人で行く場合は中央駅前のバスターミナルからバスでオシフィエンチム(Oswiecimia)へ

2020年4月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2018/04/05 訪問

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