織田信長の幻の城へ…安土城跡徹底ガイド

織田信長の幻の城へ…安土城跡徹底ガイド

更新日:2020/04/17 11:59

東郷 カオルのプロフィール写真 東郷 カオル 癒されたい系女子旅ライター、ラグジュアリーホテルライター
本能寺の変のあと、謎の火災によりこの世から僅か3年で姿を消した安土城。天主をはじめ、御殿や家臣の屋敷も残っておらず、謎に包まれた幻の城です。
今回は約1時間〜1時間半かけて、安土城跡を徹底ガイドします。ぜひ歩きやすい靴で出かけてください。周辺の関連施設「安土城郭資料館」「安土城天主 信長の館」「安土城考古博物館」などをあわせると、1日たっぷりと楽しめます。

新型コロナウイルスの発生と感染拡大に伴う、県境をまたいだ移動の自粛が2020年6月19日より解除されます。また県境をまたぐ観光については「徐々に行い、人との間隔を確保すること」というガイドラインが政府より示されています。各種報道機関の発表、施設や各自治体のホームページなどで最新の情報をご確認ください。(LINEトラベルjp)
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安土城跡へ向かう前に!

安土城跡へ向かう前に!

写真:東郷 カオル

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安土城跡を楽しむなら、どこかの施設で少しお勉強をしてから訪れると楽しさが倍増します。「安土城郭資料館」「安土城天主 信長の館」「安土城考古博物館」なら安土城と信長について楽しく学べますよ。

どこか一つの施設で軽く勉強しておいて、安土城跡を訪れた後に残りの施設でじっくりと余韻を楽しむというのもおすすめ。

写真は安土城郭資料館。駅に隣接していますので、こちらを一カ所目にして、安土城跡、安土城天主 信長の館・安土城考古博物館という順でめぐるのもいいかもしれません。

安土城跡へ向かう前に!

写真:東郷 カオル

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いざスタート。安土城跡には御手洗いはありませんので、麓の城なび館で済ませておきましょう。無料のVRアプリを入れておくとより一層楽しめますよ。

入山すると石段が続く大手道があります。ここから安土城跡に登っていくのですが、戻ってくるまでの所要時間はだいたい1時間から1時間半くらいを見ておくといいでしょう。

安土城跡へ向かう前に!

写真:東郷 カオル

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大手道は幅6〜7mあり真っすぐに180m続いています。敵の侵入を防ぐために曲がりくねった道を作る城が多い中、この大手道の様相は特異。実はこの大手道、天皇を迎えるための道だったと考えられています。軍事的な役割よりも見せるための城だったという安土城の特徴をよく表している道です。

この石段には石仏も石材として使われています。城の普請に使用するための石材は近郊の山々から採取されたものですが、その中には石仏や墓石なども含まれていたようです。石仏は本来なら信仰の対象なのですが、当時の様子を再現するために今もそのままの状態で保存されています。

家臣の伝屋敷跡

家臣の伝屋敷跡

写真:東郷 カオル

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大手道の両脇には家臣の伝屋敷跡が残ります。写真は伝羽柴秀吉邸跡。上下2段に分かれた郭で構成されていて、お向かいさんは前田利家だったようです(伝前田利家邸跡)。秀吉邸の下段郭の入り口には立派な櫓門(やぐらもん)があったといいます。

これより少し登ったハ見寺仮本堂が、伝徳川家康邸跡といわれています。

家臣の伝屋敷跡

写真:東郷 カオル

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大手道ではなく、城の中枢への入り口「黒金門(くろがねもん)」の近くには伝森蘭丸(森成利)邸跡と、信長の甥で大溝城の城主であった伝織田信澄邸跡も残ります。

安土城の中枢へ

安土城の中枢へ

写真:東郷 カオル

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黒金門跡の石垣にはこれまでの道のりの石垣とは異なる大きな石が使われています。安土城は本能寺の変の後に謎の火災によって焼失しています。この黒金門跡も火災の影響が見られますが、400年以上経った今でも堅強な姿を保っています。

安土城の中枢へ

写真:東郷 カオル

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二の丸跡には豊臣秀吉が1583年(天正11年)2月に建立した織田信長公本廟があります。信長は本能寺の変で明智光秀に討たれましたが、その遺体は見つかりませんでした。ここには信長の太刀や烏帽子などが埋葬されています。

安土城の中枢へ

写真:東郷 カオル

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本丸跡には天皇をお迎えする、京都御所の清涼殿と酷似した本丸御殿があったと見られます。広い敷地に礎石が残っており、この礎石にも焼損のあとが見られます。

本丸御殿は高床式の構造で、渡り廊下で天主と繋がっていたようです。イメージを膨らませて次の天主へ向かいましょう。

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信長の暮らしていた天主へ

信長の暮らしていた天主へ

写真:東郷 カオル

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本丸から天主台へは階段を上ります。信長はこの上に約33m(諸説あり)の天主を建てて居城としました。つまり、天皇を見下ろす形の城を作ったわけです。

安土城は天正4年(1576年)に丹羽長秀に命じ、約3年かけて完成した、これまでの城とはかけ離れた形のものでした。その象徴ともいえる金色に輝く天主がかつてこの上にありました。

いま私たちが「お城」と言われて想像するあの天守閣のあるお城の形は安土城が始まりだともいわれています(諸説あり)。天守に鯱(しゃちほこ)を置いたのも信長が始まりです。

信長の暮らしていた天主へ

写真:東郷 カオル

安土城天主は地下1階地上6階だったといわれています。ここは天主の地下にあたる場所で、天主台跡も礎石を残すのみです。地上より上の部分はこれよりも広かったことがわかっています。

規則正しく並んでいる礎石ですが、中央の一カ所のみ礎石がありません。これには意味があって、この上にはかつて仏教の宝塔があり、礎石の代わりにあった穴には舎利容器の壺が入っていたのではないかといわれています。

信長の暮らしていた天主へ

写真:東郷 カオル

いったいどんな天主が建っていたのか。そのイメージを掴むためにあらかじめ訪れておきたいのが安土城郭資料館。この天主台の上にはこのような絢爛豪華な天主があったのです。是非イメージを膨らませて安土城跡を訪れてみてください。

安土城郭資料館 著作者:内藤昌

ハ見寺跡へ

ハ見寺跡へ

写真:東郷 カオル

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天主をあとにしてハ見寺跡へ。ハ見寺の二王門と三重塔は現存しています。ハ見寺は信長が建立した寺で、天主と城下町を結ぶ道の途中にありました(最初に通った大手道は天皇の行幸道なので普段は使われていませんでした)。

かつては安土山麓の南西の百々橋口からこの道を使ってハ見寺を通り、天主に向かっていたようです。今は百々橋口は通行止めになっていて通ることはできませんので、この道を下りた後は道なりに山裾を大手道方面へと戻ります。

安土城跡基本情報

住所:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦
時間:午前8時半〜17時(入場受付最終16時)
料金:大人700円、小人200円(高校生以下)
アクセス:JR安土駅より、徒歩約25分、レンタサイクル約10分、タクシー約7分

2020年4月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2020/03/27−2020/03/28 訪問

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