写真:雲本 らて
地図を見る東京メトロ・南阿佐ヶ谷駅から南へ1kmほどの場所に、尾崎橋という橋があります。尾崎橋は現在の五日市街道と善福寺川が交差する場所にあります。なおこのあたりから北西側には尾崎と呼ばれている台地があり、約八千年前から人が住んでいたことが知られています。尾崎橋は現在、新しいつくりですが、昔から存在している橋とのこと。
橋のたもとには、尾崎橋について書かれた区の案内板もあり、この橋が地域の歴史にとって特別な場所であることが伺えます。
写真:雲本 らて
地図を見る尾崎橋からは善福寺川がよく見渡せます。春には桜並木も見えることから地域での定番撮影スポットとしても知られています。
ちなみに善福寺川緑地内には、約400本の桜が植えられています。特に川沿いの桜並木は4.2キロほど続いており、春には桜舞う遊歩道を歩きながら楽しむことができます。
なおプチ情報として、尾崎橋からは、空気の澄んだ天気の良い日にタイミングがあえば、遠くに富士山が見えることもあるそうです。
写真:雲本 らて
地図を見る尾崎橋から東へ徒歩2分ほどの場所に「白幡の坂」はあります。白幡児童遊園そばの三叉路を東側に上っている坂道です。五日市街道の旧道で、古くから存在する坂道であることは確かです。坂名の由来については、あくまで通称で、古い地名の成宗村白幡にちなんでいるなど諸説あります。
写真:雲本 らて
地図を見る「白幡の坂」の坂下には、念仏講中が建立した石塔が存在します。現地には、「地蔵塔」、「馬頭観音像」、そして「地蔵塔」の3つの石塔が建立されています。これらは冥界と現実界の堺に立って人々を守護するということから、(当時の)村の安全を守護する菩薩とされていたそうです。
なお、現地には「民間信仰石塔」と書かれた杉並区による案内板もありますので、訪れた際の目印になると思います。
写真:雲本 らて
地図を見る五日市街道は、江戸時代以前は伊奈道、砂川道などと呼ばれ、江戸時代以降、(現在の)多摩地方の木材・炭などを江戸に運ぶために整備された街道です。現在の五日市街道は、昔の位置とは変わり道幅も広い整備された道路になっています。
現在の道路になる前は、尾崎の台地に加えて善福寺川も流れていたこともあり、高低差を行き来する難所だったそうです(現在は、五日市街道の整備にともない勾配も緩やかになっています)。そんなことからこのあたりの五日市街道の旧道は、高低差をなるべくおさえるため蛇行道になっていたことから「尾崎の七曲り」と呼ばれていました。実際現地を歩いてみると、現在の五日市街道に隣接して旧道のカーブ部分が残っています。
<白幡の坂の基本情報>
住所:東京都杉並区成田東3丁目
アクセス:東京メトロ・南阿佐ケ谷から徒歩11分
写真:雲本 らて
地図を見る尾崎橋から西へ徒歩2分ほどの場所に「三年坂」はあります。三年坂は、宝昌寺と杉並区立杉並第二小学校の間を西へ上っている坂道で、昔は尾崎橋から一直線につながっていたようです。
坂名の由来については、はっきりしていません。ただ都内各所にある「三年坂」と同様、この坂で転んだものは、3年生きられないとか、3年たつと死ぬとか言われる伝承に由来している可能性は高いですが、これも昔は坂道自体が昼でも薄暗く、物騒な感じのする場所だったため、そう名付けられたという説もあります。
写真:雲本 らて
地図を見る三年坂の坂上は鎌倉街道に隣接しています。鎌倉街道は、鎌倉時代に鎌倉と各地を結んだ古道です。現在はなんてことない幅の狭い道路ですが、古道だと思いながら歩くとまた違った感覚で楽しめると思います。
おすすめは、三年坂の坂上から北に歩き、尾崎熊野神社に立ち寄り、善福寺川に架かっている天王橋まで歩く、古道散歩コースですかね。
<三年坂の基本情報>
住所:東京都杉並区成田西3
アクセス:JR・信濃町から徒歩13分
今回は、白幡の坂など古道を中心に、界隈の史跡などについて取り上げてみました。このあたりは地域の桜の名所として知られていますが、今回取り上げた坂道(=古道)を歩くことで、桜の名所となる前の歴史を感じることもできると思います。ぜひ現地を訪れた時は気にしてみてください。
2020年4月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。
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(2024/3/28更新)
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