大阪府「下赤阪の棚田」四季折々の風情豊かな楠木正成ゆかりの地へ

大阪府「下赤阪の棚田」四季折々の風情豊かな楠木正成ゆかりの地へ

更新日:2020/04/21 11:18

モノホシ ダンのプロフィール写真 モノホシ ダン 総合旅行業務取扱管理者、総合旅程管理主任者
大阪府には、日本の棚田百選に選出された棚田が2つあります。そのひとつが、南北朝時代の武将・楠木正成ゆかりの地である下赤坂城址にある「下赤阪の棚田」です。下赤坂城址からは、はるか上まで緑の段々が連なる棚田と周囲の山々を一望できます。楠木正成ゆかりの地を巡りながら、下赤阪の棚田で心を和ませる農村の風景に出会いに行ってみませんか?

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千早赤阪村は南北朝時代のヒーロー「楠木正成」の出身地

千早赤阪村は南北朝時代のヒーロー「楠木正成」の出身地

写真:モノホシ ダン

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楠木正成は、鎌倉時代末期から、南北朝時代にかけて活躍した武将です。後醍醐天皇に従い、下赤坂城で挙兵、巧妙な戦法で鎌倉幕府の倒幕に貢献し、建武の新政で足利尊氏らとともに活躍しました。

尊氏の離反後は、新田義貞らとともに南朝側の軍の一翼を担いましたが、湊川の戦いで尊氏に敗れて自害しました。

正成は、1294年(永仁2年)、下赤阪の棚田の近くにある、現在の大阪府千早赤阪村水分山ノ井で誕生したと伝えられます。後年、安土桃山時代を迎えると、正成の生誕地は豊臣秀吉の命により検地され、その功績を称え、小さな社が祀られました。その後、明治時代になって大久保利通の奨めにより「楠公誕生地」碑が建てられました。

千早赤阪村は南北朝時代のヒーロー「楠木正成」の出身地

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楠木正成は、地元では「楠公(なんこう)」と呼ばれ親しまれています。楠公誕生地には、勇ましい乗馬姿のレリーフも建立されています。

レリーフには、正成の「菊水」の家紋と「至誠一貫」の文字が刻まれています。至誠一貫とは、最後まで誠意を貫き通すこと。後醍醐天皇に、忠義を尽くした正成の清廉な人物像が浮かび上がります。

ほかに、軍記物語『太平記』に登場する楠木父子の「桜井の別れ」の名場面もパネル化されています。

<楠公誕生地の基本情報>
住所: 大阪府南河内郡千早赤阪村大字水分266
電話番号:0721-72-1447(千早赤阪村観光協会)
アクセス:近鉄長野線「富田林駅」より金剛バスに乗り換え「千早赤阪村役場前」下車徒歩約5分 車利用の場合は、千早赤阪村「村立郷土資料館」駐車場利用

『太平記』にも登場する「下赤阪の棚田」とは

『太平記』にも登場する「下赤阪の棚田」とは

写真:モノホシ ダン

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下赤阪の棚田には、楠木正成が築いた「下赤坂城址」があります。後醍醐天皇による鎌倉幕府倒幕運動「元弘の乱」の主要な舞台のひとつとなったところです。

1331年(元弘元年)、後醍醐天皇が笠置山で挙兵すると、楠木正成もこれに呼応して当地で挙兵。熱湯や二重塀の活用、大木の投下等の奇策を用いて鎌倉幕府軍を翻弄したと伝えられています。しかし、にわか造りの下赤坂城は、幕府軍の攻撃に耐え切れずに落城、正成は、引き続き上赤坂城・千早城に後退して徹底抗戦を続けました。

この千早・赤坂城の戦いで、圧倒的な兵力の幕府側を予想以上の苦戦に追い込んだことで、全国的に倒幕の気運が高まり、1333年(元弘3年)の鎌倉幕府滅亡につながりました。下赤坂城址には、遺構はほとんど残っていませんが、千早赤阪中学校の裏手に石碑があり、国の史跡に指定されています。

『太平記』にも登場する「下赤阪の棚田」とは

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標高約185mの下赤坂城址からは、日本の棚田百選にも選ばれた「下赤阪の棚田」の美しい棚田の風景が広がります。全体の面積は約7.4ha、約250枚の棚田があります。

『太平記』には、「かの赤坂の城と申すは、東一方こそ山田の畔、重々高く、少し難所の様なれ、三方はみな平地に続きたるを」と記されている昔からの由緒ある棚田です。

『太平記』にも登場する「下赤阪の棚田」とは

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下赤阪の棚田は、見る構図によっては、まさに“段々畑”という言葉がピッタリで、日本の農村の原風景とも言える景色を作り出しています。

下赤阪の棚田を訪れるなら田植えの時期がおすすめ

下赤阪の棚田を訪れるなら田植えの時期がおすすめ

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下赤阪の棚田は、春夏秋冬、いつ訪れても美しい姿を見せてくれますが、おすすめは5月下旬から6月初旬にかけての棚田へ水が引き込まれ、田植えが始まる時期。水張りの棚田を撮影するために、多くのカメラマンが訪れます。

また、夕陽の名所ですので、条件が良ければ、棚田に張られた水が紅く染まる“棚田焼け”を見ることもできます。また、黄金色の稲穂が波打つ、秋の棚田の撮影もおすすめです。

下赤阪の棚田を訪れるなら田植えの時期がおすすめ

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下赤阪の棚田では、耕起には、いまでこそ耕運機などが使われていますが、かつては「牛耕」が主力でした。この牛耕は、熟練を要する作業で、牛、人、犂(すき)とが三位一体となる技術が求められました。

下赤阪の棚田を訪れるなら田植えの時期がおすすめ

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なお、棚田の見学に際しては、棚田内には立ち入らないようにしましょう。また、イノシシ除けに、電気柵が設置されているところもありますので注意しましょう。

下赤阪の棚田で、楠木正成のゆかりの地や、四季折々の風情をのんびりと楽しんでください。

下赤阪の棚田の基本情報

住所:大阪府南河内郡千早赤阪村大字森屋
電話番号:0721-72-1447(千早赤阪村観光協会)
アクセス:近鉄長野線「富田林駅」より金剛バスに乗り換え「消防署分署前」下車徒歩約10分 車利用の場合は「千早赤阪村民運動場」駐車場から徒歩約15分

2020年4月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/05/31 訪問

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