360度のパノラマ絶景!兵庫県丹波市「黒井城」に登ろう

360度のパノラマ絶景!兵庫県丹波市「黒井城」に登ろう

更新日:2020/05/13 13:21

木村 岳人のプロフィール写真 木村 岳人 フリーライター
西丹波の氷上郡、現在の兵庫県丹波市には中世山城の「黒井城」が存在します。明智光秀による丹波攻めに最後まで抵抗した赤井直正の居城であり、二度に渡る激しい戦いの舞台となりました。

山頂の本丸からは全方位が見渡せるほど眺めが素晴らしく、その城域は三方に伸びる尾根のそれぞれに砦を設けた壮大なもの。戦国時代の丹波を代表する城として国の史跡に指定されており、日本城郭協会の続日本100名城にも選ばれています。

新型コロナウイルスの発生と感染拡大に伴う、県境をまたいだ移動の自粛が2020年6月19日より解除されます。また県境をまたぐ観光については「徐々に行い、人との間隔を確保すること」というガイドラインが政府より示されています。各種報道機関の発表、施設や各自治体のホームページなどで最新の情報をご確認ください。(LINEトラベルjp)
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「春日住民センター」に立ち寄ってから登城口へ

「春日住民センター」に立ち寄ってから登城口へ

写真:木村 岳人

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黒井駅のプラットホームに降り立つと、頂上が平らに削られた猪ノ口山が見えます。この山こそが黒井城であり、地元では保月城とも呼ばれています。黒井集落の背後にそびえる象徴的な姿に早速登りたくなりますが、気持ちをこらえてまずは丹波市春日庁舎に隣接する「春日住民センター」に立ち寄りましょう。

「春日住民センター」に立ち寄ってから登城口へ

写真:木村 岳人

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春日住民センターでは黒井城についての詳しい解説が記されたパンフレットを入手することができ、また続100名城のスタンプや黒井城の模型が設置されています。一見すると城ではなく山の模型のように見えますが、実はこの複数連なった山々の全体が黒井城なのです。

黒井城は標高356メートルの猪ノ口山を中心に、その山頂からY字状に分岐する尾根伝いの各所に砦を設けて守りを固めていました。要するに猪ノ口山系の全体が城域であり、こうして模型で見るといかに壮大な山城であったのかが分かりますね。

登城路は「ゆるやかコース」と「急坂コース」の2通り

登城路は「ゆるやかコース」と「急坂コース」の2通り

写真:木村 岳人

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登城口から山頂へと続く登城路は、比較的なだらかだけど距離のある「ゆるやかコース」と、急坂が続くものの距離が短い「急坂コース」があります。どちらのコースも本格的な山道ですので、登山に適した靴と服装で挑みましょう。

そのうち「急坂コース」の途中には、文字通り平場が三段に連なる「三段曲輪」や、見張り場と連絡のための太鼓が置かれていた「太鼓の段」などの曲輪(平らに整地された区画)が残っており、城跡としての雰囲気をより強く感じ取ることができます。

登城路は「ゆるやかコース」と「急坂コース」の2通り

写真:木村 岳人

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2本の登城路は大手道(城の表通り)において最大の曲輪であった「石踏の段」で合流します。ここまで来ればもうあと一息。程なくして視界が開け、黒井城の中枢にあたる本城部にたどり着きます。この本城部は登城路から東曲輪、三の丸、二の丸、本丸、西曲輪が一直線に続く、連郭式の縄張(設計)であるのが特徴です。

明智光秀を撃退した「丹波の赤鬼」の大城郭

明智光秀を撃退した「丹波の赤鬼」の大城郭

写真:木村 岳人

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黒井城の歴史は南北朝時代の建武2年(1335年)、春日荘を領した赤松貞範が猪ノ口山の山頂に砦を築いたことに始まります。16世紀前半には荻野氏の城となり、天文23年(1554年)に荻野氏の養子となっていた赤井直正が養父を暗殺して黒井城主となります。

自ら「悪右衛門」と名乗っていた直正はその勇猛ぶりから「丹波の赤鬼」と恐れられ、瞬く間に近隣の有力武将を従えていきました。勢力を伸ばすと共に黒井城の改修が進められ、広大な城域を誇る大城郭が完成したのです。

明智光秀を撃退した「丹波の赤鬼」の大城郭

写真:木村 岳人

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天正4年(1576年)に織田信長の命を受けた明智光秀が大軍を率いて丹波に攻め込むと、直正は盟友であった八上城主の波多野秀治と共に明智軍を挟み撃ちにして撃退します。しかしながら天正6年(1578年)の3月に直正は病で没してしまい、同年の6月に八上城が落城。孤立した黒井城もまた8月に落城し、光秀による丹波平定が成し遂げられました。

以降、本能寺の変まで黒井城には光秀の重臣である斎藤利三が入って氷上郡の統治に当たり、その後は豊臣秀吉の家臣である堀尾吉晴が入城します。本城部の主要な部分には自然石をそのまま用いた野性味あふれる野面積みの石垣が築かれていますが、これは赤井直正の時代のものではなく、斎藤利三か堀尾吉晴の改修によるものと考えられています。

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本丸からのパノラマビューを満喫しよう!

本丸からのパノラマビューを満喫しよう!

写真:木村 岳人

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黒井城の最大の魅力は、何と言っても本丸からの眺めです。猪ノ口山は半独立峰であることから四方を遮るものがなく、360度のパノラマビューを楽しむことができるのです。

本丸からのパノラマビューを満喫しよう!

写真:木村 岳人

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特に西側以外の三方は開けた盆地となっており、素晴らしい眺めが広がっています。本丸までなかなかハードな道のりですが、この眺めを見ればその疲れも吹き飛ぶことでしょう。

また朝晩の冷え込みが激しい秋から冬にかけては雲海が発生することもあり、黒井城の本城部からは雲海の中に浮かぶ「天空の城」として有名な竹田城にも負けずとも劣らない、幻想的な光景を目にすることができるといいます。

下館跡の「興禅寺」は春日局の生誕地!

下館跡の「興禅寺」は春日局の生誕地!

写真:木村 岳人

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登城口の南側には、まるで城郭のような立派な濠と石垣を備えた「興禅寺」が存在します。ここは城主が平常時に住んでいた下館の跡であるといいます。

斎藤利三の娘である「お福」はこの黒井城の下館で生まれ、後に江戸幕府第3代将軍徳川家光の乳母「春日局」となり幕府政治に大きな影響力を持ちました。

下館跡の「興禅寺」は春日局の生誕地!

写真:木村 岳人

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興禅寺の敷地内には今もなお清らかな水を湛える井戸があり、「お福の産湯井戸」として親しまれています。赤井直正や斎藤利三など歴代黒井城主の喉を潤し、春日局の産湯として使われたかもしれない井戸を前にすると、歴史のロマンを感じざるを得ません。

黒井城の基本情報

住所:兵庫県丹波市春日町多田
電話番号:0795-70-0819(丹波市文化財課)
アクセス:JR福知山線「黒井駅」から登城口まで徒歩約20分、登城口から山頂まで約20〜50分

2020年5月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2019/12/13 訪問

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