史跡がいっぱいの奈良側から登る!軽登山のメッカ「二上山」

史跡がいっぱいの奈良側から登る!軽登山のメッカ「二上山」

更新日:2020/07/05 16:39

菊池 模糊のプロフィール写真 菊池 模糊 旅ライター、旅ブロガー、写真家
近年、近場の日帰り軽登山が人気を集めています。関西で登りやすい山としてすすめたいのが二上山。奈良側から登ると大阪側よりアプローチは長いものの、史跡や寺社が非常に多く、ゆっくり見学しながらの小一日のハイキングコースとして最適です。自然が豊かで、季節によっては花や野鳥・昆虫などの自然観察も満喫できます。春は桜の花見、秋は紅葉も良いですね。真夏と真冬以外は誰でも登れますので、ぜひ気軽に楽しんでください。

道の駅から傘堂を経て鳥谷口古墳へ

道の駅から傘堂を経て鳥谷口古墳へ

写真:菊池 模糊

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二上山は、美しい双耳峰で軽登山に最適な高さ(513m)の山。アクセスも至便なので、人気のハイキングコースとなっています。

今回は、奈良県側の、道の駅ふたかみパーク當麻「當麻の家」から出発して戻って来るコースを案内します。車で来られて駐車場を利用する場合は、お礼に道の駅で何か買いましょう。名物は味付きこんにゃくと紫蘇ソフトクリームで、登山には柿の葉寿司や草餅がピッタリ。地元産の野菜や漬物・生花も販売しています。

なお、大阪側からのコースは、下の関連MEMOより“アクセス便利な大阪側から登る!自然と史跡が豊かな「二上山」”という記事にアクセスしてお読みください。

道の駅から傘堂を経て鳥谷口古墳へ

写真:菊池 模糊

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道の駅を後にし、南西側に歩を進めます。出てすぐに傘堂という標識がありますので、それに従い右に折れしばらく行くと、当麻寺からの道と合流する場所に至り「傘堂」が建っています。

傘堂はその名のとおり、傘のような形で立っているユニークな仏堂です。左甚五郎の作という伝承があり、その特異な様式が伝説の名工を連想させたのかもしれません。郡山藩主本多政勝の御影堂で、家臣や地域農民たちによって17世紀中ごろに建立され、その後はポピュラーな信仰の対象として庶民に親しまれています。奈良県指定有形民俗文化財でもあります。

道の駅から傘堂を経て鳥谷口古墳へ

写真:菊池 模糊

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傘堂を過ぎて西へ行くと大きな池があり、その上の小山に古墳がそびえています。これは奈良県指定史跡の鳥谷口古墳で、1983年に新発見されました。一辺7mの方墳で、横口式石槨(よこぐちしきせきかく)が発掘され、写真のように近くで覗くことができます。

調査によれば、7世紀後半頃に築造されたとのですが、被葬者は判明していません。二上山の麓という場所柄、二上山に葬られたと万葉集の歌にある大津皇子の墓であるという説もあります。

祐泉寺から岩屋峠へ

祐泉寺から岩屋峠へ

写真:菊池 模糊

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鳥谷口古墳を後に少し登ると左側に釣池、右側に小さな寺院である大龍寺があり、さらに10分ほどで祐泉寺に着きます。

祐泉寺は常駐していない天台宗の寺で、廃寺のような寂れた雰囲気です。ここは、二上山に登る分岐点で、左に行けば岩屋峠を越えて雌岳に至り、右を行けば直登で馬の背に至ります。一般的には、左の道のほうが距離はあるものの、谷沿いで日陰が多く登りやすいのでおすすめします。

祐泉寺から岩屋峠へ

写真:菊池 模糊

岩屋峠をめざす谷沿いの道は、自然豊かでしっとりとした雰囲気です(写真参照)。野鳥やカエルの声も響き、植物も豊富です。自然観察をしながら、ゆっくりと登ってください。

祐泉寺から岩屋峠へ

写真:菊池 模糊

谷を登りきると岩屋峠に出て、写真のような標識があります。岩屋史跡に降りる道がありますので往復になりますが、余裕があれば見学してみてください。岩屋に行かず、そのまま西へ進むと大阪側から来る大きな登山道に合流し馬の背に至ります。途中、右側に雌岳に直登する道もありますが、馬の背経由の道のほうが楽に行くことができます。

馬の背の自然と雌岳の歌碑

馬の背の自然と雌岳の歌碑

写真:菊池 模糊

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道なりに大きい道をたどり登っていくと、雌岳と雄岳の鞍部である馬の背に到着し、季節に応じた様々な花が迎えてくれます。例えば梅雨の時期にはアジサイがいっぱい。また、馬の背手前の展望台や広場からは南西の富田林市方面の景色が綺麗に見えます。

馬の背の自然と雌岳の歌碑

写真:菊池 模糊

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馬の背は花の宝庫で珍しい花もあります。一例をあげれば、初夏のササユリは日本の初夏を代表する上品で美しいユリ。数は多くありませんが、笹に似た葉を持つ清楚な名花ですので、ぜひ探してみてください。

馬の背の自然と雌岳の歌碑

写真:菊池 模糊

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馬の背で花を楽しんだ後は、5分くらいで登れる雌岳を往復しましょう。雌岳頂上には、日時計や歌碑などがあり、大和三山などが見られる東側の眺望が良いです。

写真の歌碑は「大坂を わが越え来れば 二上に黄葉流る 時雨ふりつつ」(万葉集巻10の2185)とあり、読み人知らずとされています。このあたりを越えて大和へと至る道の秋の風情が詠まれており、古代の人々の姿が浮かんでくるようです。

葛城坐二上神社と大津皇子二上山墓

葛城坐二上神社と大津皇子二上山墓

写真:菊池 模糊

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雌岳から再び馬の背におりて、次は雄岳に向かいます。最後の急登を15分ほど頑張ると、頂上に着きます。視界は開けませんが、写真の葛城坐二上神社(かつらぎにいますふたかみじんじゃ)があります。豊布都霊(とよふつのみたま)神と大国魂(おおくにたま)神が祀られており、文献初出が『日本三代実録』の貞観元年(859年)なので、創建はそれ以前と考えられ、非常に古い神社であることは確実です。

葛城坐二上神社と大津皇子二上山墓

写真:菊池 模糊

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雄岳頂上に至る山道付近手前に見晴らしの良い場所があり、そこからは大阪市のビル群も見渡せます。このルートでは珍しい北西方面の景色ですので、写真に収めましょう。

葛城坐二上神社と大津皇子二上山墓

写真:菊池 模糊

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雄岳の頂上をさらに進み写真の道標の先を少し下ると、丸い小型古墳があり、これが大津皇子二上山墓です。「うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟(いろせ)と我が見む」と万葉集(巻2の165)に詠まれた場所です。このように、二上山は古代より大和の人々に親しまれてきた聖地なのです。

雄岳北東下山路から加守神社へ

雄岳北東下山路から加守神社へ

写真:菊池 模糊

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大津皇子二上山墓からさらに先を進み下山します。ここからは、ずっと急な山道を下っていくことになります。途中に開けた場所があり、写真のように南側に、岩橋山から大和葛城山そして金剛山が見えます。ここは金剛葛城山系の核心部で、健脚向きのダイヤモンドトレイルという登山ルートが稜線伝いにあります。

雄岳北東下山路から加守神社へ

写真:菊池 模糊

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単調な下りが続き、鉄製の梯子階段を降りた少し先に分岐点があります。写真のように、右側は二上神社口駅、左側は二上山駅となっていますので、間違えないように右の道を選び歩を進めましょう。

雄岳北東下山路から加守神社へ

写真:菊池 模糊

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長い階段状の道を下りきるとイノシシ除けのフェンス扉に至りますので、扉を開けて出た後は必ず扉を閉め簡易鍵を下しておきましょう。

扉を出るとすぐ左手に古色蒼然とした神社があります。これが通称加守神社(かもりじんじゃ)で、葛木倭文座天羽雷命神社(かつらきしとりにいますあめのはいかづちのみことじんじゃ)、倭文神社(しずりじんじゃ)とも呼ばれる非常に由緒ある古社です。天羽雷命が主祭神で、掃守神社(天忍人命)と二上神社(大国魂命)も祀っています。日本各地の倭文神社の根本神社とされ、二上山雄岳山頂の二上神社の遥拝所・里宮的な存在でもあったようです。

加守神社を下り池の下横を右に折れれば700mで、道の駅ふたかみパーク當麻「當麻の家」に帰り着きます。

二上山の基本情報

アクセス:二上山頂上へは、道の駅ふたかみパーク當麻「當麻の家」から徒歩約2時間

<道の駅ふたかみパーク當麻 當麻の家>
住所:奈良県葛城市新在家402-1
電話番号:0745-48-7000
営業時間:9:00〜17:00
アクセス:
車利用は、南阪奈道路「葛城IC」から国道165号線を香芝方面へ10分
電車利用は、近鉄南大阪線「二上神社口駅」から徒歩10分

2020年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2020/06/09 訪問

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