体感する幕末の息吹!青森県十和田市で150年前の「幻の穴堰」

体感する幕末の息吹!青森県十和田市で150年前の「幻の穴堰」

更新日:2020/07/08 09:49

大里 康正のプロフィール写真 大里 康正 旅する光と影の写真家、タイと台湾に詳しい旅作家
青森県十和田市付近はかつて荒地で農業に適さず、長い間人がほとんど住まない場所でした。そこで幕末に掘削工事が行われ水路が通されます。ところが水量が足りず、新たな掘削でトンネル工事を行ったのが新渡戸稲造の父である十次郎です。しかしこの工事は未完となり閉ざされることに。

この場所が近年「幻の穴堰」として観光可能に!江戸時代の手彫り跡がある約150年前のトンネルで、歴史を体感しましょう。

新型コロナウイルスの発生と感染拡大に伴う、県境をまたいだ移動の自粛が2020年6月19日より解除されます。また県境をまたぐ観光については「徐々に行い、人との間隔を確保すること」というガイドラインが政府より示されています。各種報道機関の発表、施設や各自治体のホームページなどで最新の情報をご確認ください。(LINEトラベルjp)
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「幻の穴堰」とは

「幻の穴堰」とは

写真:大里 康正

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江戸時代、南部藩の領地であった現在の青森県十和田市付近全体は三本木原と呼ばれていました。地名の由来は木が三本と生えることができない荒地、不毛の大地からという説が残されています。

この開拓事業に着手したのは新渡戸稲造の祖父、新渡戸傳(つとう)です。安政2年(1855)から約4年の歳月をかけ十和田湖から流れる奥入瀬川から支流を作り、「稲生川」として水を通すことに成功します。

ところが三本木全域をカバーするには絶対量が足りず、新渡戸傳とともに開拓に参加していた息子の新渡戸十次郎が2本目の掘削事業を慶応2年(1866)に開始するのです。しかし不幸にも十次郎は翌年に急死し、工事は止まってしまいました。

その場所が再び世に知られるのは平成28年の一般公開からです。それまで約150年間、閉じられた空間であったこと、そして工事は未完に終わったことからも「幻の穴堰(まぼろしのあなぜき)」と呼ばれることになるのです。

幻の穴堰の見学はこちらの案内事務所(管理棟)で受付を済ませ、トンネルに入るための注意事項、全体の案内、そして必要な準備を済ませて向かうことになります。

「幻の穴堰」とは

写真:大里 康正

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案内事務所の中には、全体の地形を俯瞰できるジオラマがあります。付近の様子を含めとても分かりやすいものですので、中に入る前にじっくりと見ておくことをお勧めします。

「幻の穴堰」とは

写真:大里 康正

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また、事務所の中には蚕の繭で作ったフクロウも飾られています。これはかつて新渡戸十次郎が藩の財政に寄与するために絹の生産を重要視したことに関係しています。

現在では地域産業としての養蚕業振興の一助であり、デザインされている夫婦姿の愛情あふれる様子は、未完の大事業でこの世を去った新渡戸十次郎とその妻をイメージしたものなのです。

そして養蚕の神は縁結びの神とされており、同時にフクロウは福が来る、また不苦労として縁起物となっています。ほのぼのとした姿を眺めてみてください。

「幻の穴堰」への道

「幻の穴堰」への道

写真:大里 康正

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係員とともに案内事務所を出て林道を奥に進みます。十和田の新鮮な空気の中、そして聞こえてくる川の流れの音を楽しみながら進んでください。

「幻の穴堰」への道

写真:大里 康正

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道は大きく左に曲がり、さらに進みます。今後はこちら全体を散策路として整備する予定となっています。

「幻の穴堰」への道

写真:大里 康正

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坂道を上り、約5分で幻の穴堰の入り口に到着します。穴堰は全体で約950m掘られていますが、観光コースは手前の第6横穴から入り、294mのトンネルの中を上流側に進む形で出口は第4横穴となります。内部での説明もありますので、必ず係員と一緒に入ることになっています。

ところで現代でも行われることがある工法としてのトンネルの横穴とは、どのようなものなのでしょうか。当時穴堰を掘り進む際、測量により穴堰の予定コースを決めた後、その間をいくつかに分けて考え、トンネルの真横になる場所に小さなトンネルをいくつも掘りました。そして穴堰掘削作業の出入りに使用し、彫っていく最中に出てくる土や岩を運び出すことにも使われています。

それが今では観光コースの出入口となっているのです。

内部の様子と古代の貝殻

内部の様子と古代の貝殻

写真:大里 康正

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幻の穴堰の中に入り、驚かされるのはその丁寧な掘削の様子です。しかも天井、壁、床のすべてが手掘り。近くで見るとツルハシなどの跡が線を残しており、それが規則正しく並んでいることから芸術的な美しさといえるかも知れません。

内部の様子と古代の貝殻

写真:大里 康正

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入ってすぐの場所で当時の様子を再現しています。ちなみにトンネル内部は年間を通して約10度という気温です。

内部の様子と古代の貝殻

写真:大里 康正

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白いピンがある場所には貝殻が残されています。山のトンネルの中に貝殻があるのはどういうことでしょうか。この層は今から360万年から260万年前に海だった場所が隆起し、砂が固まってできたものです。それだけ古い層の貝殻が今も残されていることは、学術的にも貴重なのです。

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曲がるトンネルとかわいいコウモリ

曲がるトンネルとかわいいコウモリ

写真:大里 康正

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内部はご覧の様に、大きく曲がっている場所もあります。理由の一つは水圧を分散させるため。また地層により急遽掘る場所を変えた痕跡も残されており、後からそれぞれを結合させたことも分かっています。

日の光が差さない土の中で、大変な苦労を伴ったことでしょう。トンネル工事は現代でも難事業ですが、ましてや重機の無い江戸時代ですから現地観光でその苦労を感じてみてください。

曲がるトンネルとかわいいコウモリ

写真:大里 康正

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観光の途中で、とても小さなコウモリに出合うことができるかも知れません。コウモリは人間を襲うことはありませんし、飛び交う姿をとても可愛く感じる人もいることでしょう。

内部ではカメラのフラッシュなどでコウモリを驚かせないように十分に注意をしてください。現在のところ、5種類の生息が確認されています。

足元や壁も見落とせない

足元や壁も見落とせない

写真:大里 康正

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足元に目を向けると、小さな穴がたくさん開いていることが分かります。これは天井からの水滴が約150年かけて開けた穴です。長い時間をかけた彫刻といえるかも知れません。

足元や壁も見落とせない

写真:大里 康正

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ご覧の通り、地層の様子をはっきりと見ることができます。数百万年の歴史の痕跡がここに残されているのです。

また、壁は掘削の跡だけではなく、煤の痕跡があることから蝋燭を置いたと考えられている穴、そしてたった一か所だけ漢字の「田」と読み取れる当時の人が刻んだ跡がごく最近発見されました。どこにあるのか、ぜひ探してみてください。


さらには床の両側が少し窪んだようになっていることに気が付くことでしょう。これは工事中に出てくる水の排水に使われたトンネルの中の側溝となります。

足元や壁も見落とせない

写真:大里 康正

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頭上に気をつけながら進み、幻の穴堰から出るとそこには豊かな水田が広がっています。のんびりと眺めてみてはいかがでしょうか。

火山灰でおおわれた荒地に水を引き、大地を豊かにするきっかけを作った新渡戸傅。その事業を継ぎ、さらなる恵みをもたらして三本木の大地の街づくりまで構想していたものの急死する新渡戸十次郎。

しかしその人々を思う新渡戸家の心は「武士道」の著者であり、世界の著名人に大きな影響を与えた日本で最初の農学博士、五千円札の新渡戸稲造に受け継がれ、やがて赴任先の台湾で様々な人々に影響を与えたといわれているのです。

幕末の未完のトンネル「幻の穴堰」で時代の息吹を感じてみてください。

その他近隣の観光情報は、下記の関連MEMOをご覧ください。

幻の穴堰の基本情報

住所:青森県十和田市大字三本木倉手字79
電話番号:0176-26-2755(幻の穴堰管理事務所)原則として予約制
入場時間:9:00〜16:00

2020年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2020/07/03 訪問

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