重文建築3棟と名勝庭園が集結!山形県鶴岡市「致道博物館」

重文建築3棟と名勝庭園が集結!山形県鶴岡市「致道博物館」

更新日:2020/07/01 13:07

木村 岳人のプロフィール写真 木村 岳人 フリーライター
江戸時代に庄内藩の中心であった鶴ヶ岡城は明治時代に鶴岡公園として整備され、現在は鶴岡市民の憩いの場として親しまれています。その西側に隣接する「致道博物館」は鶴ヶ岡城の三の丸にあたり、藩の御用屋敷や藩主の隠居所が位置していました。

致道博物館の構内には国指定重要文化財の建物3棟や名勝の酒井氏庭園など、数多くの文化財がギュッと詰まっており、歴史民俗やレトロ建築好きにはたまらない魅力的な施設です。

新型コロナウイルスの発生と感染拡大に伴う、県境をまたいだ移動の自粛が2020年6月19日より解除されます。また県境をまたぐ観光については「徐々に行い、人との間隔を確保すること」というガイドラインが政府より示されています。各種報道機関の発表、施設や各自治体のホームページなどで最新の情報をご確認ください。(LINEトラベルjp)
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旧藩主の酒井家によって創設された博物館

旧藩主の酒井家によって創設された博物館

写真:木村 岳人

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庄内藩主を務めていた酒井家は、徳川四天王の筆頭として徳川家康の天下統一を支えた酒井忠次を祖とします。元和8年(1622年)に忠次の孫である酒井忠勝が鶴ヶ岡城へと入り、以降は明治維新に至るまで代々庄内地方を治めてきました。

「致道博物館」は昭和25年(1950年)に第16代当主の酒井忠良氏が地方文化向上のため自宅の土地と建物を寄進して創設された施設で、その名称は庄内藩の藩校であった「致道館(ちどうかん)」に由来します。

旧藩主の酒井家によって創設された博物館

写真:木村 岳人

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その後の昭和32年(1957年)には旧鶴岡警察署庁舎を構内に移築し、続く昭和40年(1965年)には旧渋谷家住宅を、昭和47年(1972年)には旧西田川郡役所を移築し、数多くの建物が並ぶ現在の姿になりました。これらの3棟は庄内地域を代表する歴史的建造物であり、いずれも国の重要文化財に指定されています。

文明開化の時代を象徴する「旧西田川郡役所」

文明開化の時代を象徴する「旧西田川郡役所」

写真:木村 岳人

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致道博物館のシンボル的な存在である「旧西田川郡役所」は、初代の山形県令を務めた三島通庸の命によって明治14年(1881年)に築かれた郡役所です。大工の棟梁は石井竹次郎、および鶴岡の出身で西洋建築を学んでいた高橋兼吉が務めました。

文明開化の時代を象徴する「旧西田川郡役所」

写真:木村 岳人

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旧西田川郡役所は日本の伝統的な建築技術をもって西洋建築の特徴を取り入れた「擬洋風建築」で建てられており、明治前期らしい文明開化の気風が感じられます。中央玄関に突出したバルコニー、および20メートルの高さを有する塔屋を備えており、外観は簡素ながらもガラス窓や玄関ポーチ、階段など随所にルネサンス様式のデザインを用いているのが特徴です。

山形県に残る郡役所の中では当初の姿をよく保っており、地方公共建築として文化史的価値の高い建築と評されています。

明治新政府の威容を示す「旧鶴岡警察署庁舎」

明治新政府の威容を示す「旧鶴岡警察署庁舎」

写真:木村 岳人

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「旧鶴岡警察署庁舎」もまた高橋兼吉の設計によって明治17年(1884年)築かれた擬洋風建築です。以前は旧西田川郡役所と同じく白色の下見板張りでしたが、2018年まで行われていた修理によって建設当初の色合いであるブルーに復元されました。

明治新政府の威容を示すべく建てられたと伝わっており、美しい女性的なプロポーションの旧西田川郡役所とは対照的に、堂々たる男性的なたたずまいを見せています。

明治新政府の威容を示す「旧鶴岡警察署庁舎」

写真:木村 岳人

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外部の窓周りなどにはルネサンス様式を取り入れていますが、屋根の大棟や破風飾りなどには日本古来の建築様式を採用しており、和風と洋風のデザインを巧みに融合させた、擬洋風建築のひとつの到達点を示すものとして高い評価を受けています。

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庄内の民俗文化を残す「旧渋谷家住宅」と「民具の蔵」

庄内の民俗文化を残す「旧渋谷家住宅」と「民具の蔵」

写真:木村 岳人

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まるで兜のような茅葺屋根が印象的な「旧渋谷家住宅」は、独特の多層民家で知られる田麦俣(たむぎまた)集落から移築した江戸時代末期の大型民家です。

出羽三山のひとつ湯殿山の麓に位置する田麦俣は屈指の豪雪地帯であり、冬季には雪で身動きが取れなくなることから家屋を多層化して広い生活空間を確保していました。明治時代に養蚕が盛んになると上層部の採光と風通しを良くするため屋根窓が設けられるようになり、このような兜造へと変化したのです。

庄内の民俗文化を残す「旧渋谷家住宅」と「民具の蔵」

写真:木村 岳人

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同じく江戸時代末期に建てられた「民具の蔵」は、かつて藩主の武具や調度品を収納していた土蔵で、現在は庄内地方の民俗資料を展示しています。隣接して建てられている収蔵庫にも庄内地方の生活や生業を伝える品々が展示されており、その多くが国の重要有形民俗文化財に指定されています。

東北地方に残る貴重な書院庭園「酒井氏庭園」

東北地方に残る貴重な書院庭園「酒井氏庭園」

写真:木村 岳人

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敷地北側の木々に囲まれた一角には「酒井氏庭園」が広がっています。池の対岸に築山を設けた築山泉水庭の書院庭園で、築山の正面中腹に石を立てて庭園景観の中心としています。左手には枯滝を組んで荒磯風に見せており、また右手には亀頭型の珪化木を立てた出島を設け、深い入江を表現しています。かつては築山の背後に鳥海山を望むことができ、借景として取り入れていたと伝わります。

東北地方に残る貴重な書院庭園「酒井氏庭園」

写真:木村 岳人

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この庭園の正確な作庭年代や作庭者は不明ですが、江戸時代中期の庭造書に記されている書院庭園の様式や手法が見られることから、その頃に築かれたのではないかと考えられています。保存状態も良く、東北地方に残る数少ない古庭園として国の名勝に指定されました。

これら国指定の文化財以外にも、致道博物館には江戸の中屋敷を移築した「旧荘内藩主御隠殿」や「赤門」など多くの見どころが存在します。各建物内に展示されている品々も見ごたえがありますので、じっくり時間を掛けて周ることをおすすめします。

致道博物館の基本情報

住所:山形県鶴岡市家中新町10番18号
電話番号:0235-22-1199
アクセス:鶴岡駅から庄内交通バス「湯野浜温泉行き」または「あつみ温泉行き」で12分、「致道博物館前」バス停下車、徒歩約2分
休館日:年末年始(12月28日〜1月4日)、12月〜2月の毎週水曜日
開園時間:9時〜17時(入館は16時30分まで)、12月〜2月は9時〜16時30分(入館は16時まで)
入館料:大人800円、高大生400円、小中生300円

2020年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。

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