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白拍子が求めた静穏の世界…嵯峨野「祇王寺」で苔とモミジに包まれる

白拍子が求めた静穏の世界…嵯峨野「祇王寺」で苔とモミジに包まれる

更新日:2020/07/11 14:59

万葉 りえのプロフィール写真 万葉 りえ アマチュア写真家
『祇園精舎の鐘の声…』で始まる「平家物語」。題名を記憶の方も多いでしょう。その物語の哀歌を伝える寺が、今も京都嵯峨野にあります。
嵐山から竹林の道を進めば至る小倉山の麓。そこにあるのが平清盛の寵愛を受けた白拍子・祇王ゆかりの「祇王寺」です。権力の無慈悲さに翻弄された彼女が、心の平穏を求めてたどり着いた嵯峨野の小さな庵。
今も祇王寺は楓や竹の木漏れ日が苔を優しく照らし、祇王達の思いを伝えています。

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嵐山から嵯峨野へ続く竹林の道

嵐山から嵯峨野へ続く竹林の道

写真:万葉 りえ

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「保津川」と呼ばれて下ってきた川が「大堰(おおい)川」と呼ばれる辺り。嵐山の麓にかかるのが京都の代表的な風景となっている渡月橋です。この橋から天龍寺にかけては土産物店や飲食店が並ぶにぎやかな通り。嵐山観光のメインとも言えるでしょう。しかしこの辺りだけで終わってしまうのは何とももったいないこと!

縁結びの神として知られる野宮神社から大河内山荘にかけて続くのが嵯峨野らしい竹林の道。そして、そこを抜けた先の嵯峨路に、平安時代の面影が今も残っているのです。

白拍子の名手の一人に数えられる祇王

白拍子の名手の一人に数えられる祇王

写真:万葉 りえ

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そんなに離れていないのに、にぎやかな渡月橋界隈とは違う風情をもつ嵯峨野。常寂光寺などを経た先にあるのが竹林に囲まれた祇王寺です。

白拍子とは、平安時代後期から室町時代にかけて、紅の袴(はかま)をはき烏帽子(えぼし)をかぶった男装で、今様や朗詠等を歌いながら舞った女性たちのこと。美しいだけでなく、管弦や和歌などの教養も兼ね備えた白拍子の名手たちは、当意即妙の芸で権力者たちを魅了していったのです。
あの、源義経の愛妾だった静御前や、後鳥羽上皇の寵姫亀菊も白拍子。

そんな権力者に愛された白拍子の名手の一人に数えられるのが平清盛の寵愛を受けた祇王(ぎおう)です。

静穏を求めて移り住んだ嵯峨の尼寺

静穏を求めて移り住んだ嵯峨の尼寺

写真:万葉 りえ

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平清盛のもとで白拍子として成功をおさめていた祇王。そんなある日「自分の舞を見てほしい」と仏御前という白拍子が清盛の屋敷を訪れます。清盛は断りますが、祇王は「舞を見てあげてはどうか」ととりなしてやります。そして、そのために清盛の寵愛は祇王から仏御前に移ってしまったのでした。
権力者の心ひとつで翻弄されてしまう世。嘆きの中で彼女は、妹の祇女、母の刀自(とじ)とともに出家し、嵯峨で仏につかえる道を選んだのでした。

かつてこの辺りは、法然上人の門弟によって創建された往生院の境内でした。広い寺域を持っていましたが時の流れの中で尼寺がささやかに残るだけとなり、いつしか祇王寺と呼ばれるようになったのです。

静穏を求めて移り住んだ嵯峨の尼寺

写真:万葉 りえ

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明治初年に祇王寺は一度廃寺となりますが、これを惜しみ墓や仏像を保管していた大覚寺によって明治20年代に再建されます。

大きな庭ではありませんが、まるで人々が落とす悲哀をやわらかく受けとめるようにここでは様々な種類の苔がふうわりと庭一面に広がります。
芽吹いた苔の上に桜の花びらが舞う春、新緑がまぶしい初夏、色づいた紅葉が苔の上に錦秋を描く秋、静けさがさらにしみいる冬…。祇王達が心のよりどころとして求めたこの地は、現代(いま)も静穏を与え、庭に魅了される人を絶えさせません。

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澄んだ目で見守る祇王寺の四季

澄んだ目で見守る祇王寺の四季

写真:万葉 りえ

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やがて仏御前も、いつか祇王と同じ運命をたどることになるだろうと無常を感じます。そして秋が深まったある日、清盛の館からまぎれ出て尼の姿となり祇王たちが住む庵の竹の網戸をたたいたのでした。
平家物語の一節『盛者必衰の理(じょうしゃひっすいのことわり)』を悟った仏御前、この時わずか17歳…。

庭の傍らには、物語にふさわしい茅葺きの庵が建ちます。仏間には、本尊である大日如来をはさんで、祇王、祇女、刀自の像だけでなく、仏御前と清盛の像も並びます。
作者は不詳ですが、祇王と祇女の像は目に水晶(玉眼)が入る鎌倉時代の作。また影が虹色に見えることから「虹の窓」ともいわれる窓もあります。ここからも祇王たちが求めたであろう静穏な世界を感じてみてください。

澄んだ目で見守る祇王寺の四季

写真:万葉 りえ

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この茅葺きの建物の入り口に、祇王寺のおみくじ「竹みくじ」が置かれています。カラー刷りのしっかりした紙で、はんなりした色合いに日々を穏やかに暮らしていくアドバイスがつづられたおみくじです。
さらにおみくじの写真をよく見てください。ほら…。

「一言守」に気づかされる幸せ・・・

「一言守」に気づかされる幸せ・・・

写真:万葉 りえ

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「一言守入」と記されてますよね。開ければ、漢字一文字が浮き出された金色のお守りが入っています。全部で10種類あるのですが、おみくじを求めた方はどれが入っているかも楽しみに開いてみましょう。このお守りにも言葉が添えられています。きっと、日々の暮らしを見つめ直し温かい気持ちにしてくれるはずです。

「一言守」に気づかされる幸せ・・・

写真:万葉 りえ

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寺の墓地には、祇王、妓女、刀自の墓である宝篋印塔(ほうきょういんとう)があり、その傍らに立つ丸い石を使った五輪塔は平清盛の供養塔。どちらも鎌倉時代のものと伝わっています。権力者も、それに翻弄された白拍子も、今は遠い時間を超えて『ひとえに風の中・・・』。

小倉山の麓は美しいモミジと竹林がいくつもある場所。そして、鎌倉時代、藤原定家が約600年間に詠まれた和歌からすぐれた百首を選んだという「小倉百人一首」ゆかりの地。祇王寺のパンフレットにも高岡智照尼の和歌が載っています。

風の音を聞きながらながめる、苔の上で揺らめく木漏れ日。静かに時が流れていく祇王寺で穏やかな空間に身をゆだねませんか。

※高岡智照尼(1896・明治29生-1994・平成6没)。奈良県生まれ。瀬戸内寂聴著「女徳」のモデル。12歳で親に騙されて売られる。美貌で知られた新橋の売れっ子芸子、女優、バーのマダム。後に得度し祇王寺の庵主となる。

祇王寺の基本情報

住所:京都府京都市右京区嵯峨鳥居本小坂32
電話番号:075-861-3574

2020年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。

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