アルジェリアの世界遺産「ティパサ遺跡」と「モーリタニア王家の墓」

アルジェリアの世界遺産「ティパサ遺跡」と「モーリタニア王家の墓」

更新日:2020/07/11 15:23

大竹 進のプロフィール写真 大竹 進 元旅行会社勤務、元旅行専門学校講師
アルジェリア北部、真っ青な地中海沿いに広がる世界遺産ティパサ遺跡。紀元前7世フェニキアにより建設された港町が始まりで、その後カルタゴ、モーリタニア王国の支配を受けた後、ローマ属州となってローマ風の町づくりが行われました。
そしてティパサ遺跡の近くにあるのが、クレオパトラの娘のセレーネの墓と言われるモーリタニア王家の墓。
今回は首都アルジェからも手軽に行ける、この二つの遺跡についてご紹介致します。

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地中海が目の前に広がるティパサ遺跡

地中海が目の前に広がるティパサ遺跡

写真:大竹 進

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ティパサは地中海各地で盛んに交易を行っていたフェニキアにより、紀元前7世に建設された港町が始まりです。その後カルタゴの支配下に入りますが、紀元前3世紀終わりにポエニ戦争でカルタゴがローマに滅ぼされた後、モーリタニア王国の支配を受けました。しかし国王がローマ皇帝カリグラに殺害された後、44年にローマ属州となってローマ風の町づくりが行われました。

ローマの勢力が衰えた後は5世紀にヴァンダル人、6世紀にビザンチン、7世紀にアラブの侵略を受けますが、アラブの時代は既に廃墟になっていたと言われ、町の名前の「ティパサ」とはアラビア語で「荒廃した都市」という意味です。
広さ45ヘクタールに及ぶ遺跡は2200mの壁に囲まれ、37の見張り塔、5つの門がありましたが、現在の町の下にあるエリアは多くが未発掘の状況です。

写真は海に向かって南北に延びるカルドと呼ばれるメインストリートですが、海岸近くには部屋数が50室もあった豪邸跡なども見られます。

地中海が目の前に広がるティパサ遺跡

写真:大竹 進

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豪邸は海岸沿いに建てられていましたが、将にオーシャンビューですね。メディテラニアンブルーの海を眺めながら、豪邸の住人達はどの様な生活を送っていたのでしょうか。そんな想いを巡らせながら遺跡を歩くのもロマンを感じるひと時です。

地中海が目の前に広がるティパサ遺跡

写真:大竹 進

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ティパサは首都のアルジェからから約70km程西の所にあり、車で1時間ちょっとで来れるので、家族連れのピクニックや、カップルのデートコースにも良く選ばれています。
果てしない海を眺めながら、カップルの話は尽きる事が無いに違いありません。

闘技場、魚醤工房そしてバジリカ

闘技場、魚醤工房そしてバジリカ

写真:大竹 進

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ローマ帝国が造り上げた町には、何処も多くの公共施設が建造されましたが、ティパサにも同様に残されています。写真は1〜2世紀に建造された円形闘技場で、約2300人が収容出来ました。ここで果たして何人のグラディエーター(剣闘士)達が命を懸けて闘った事でしょうか。

闘技場、魚醤工房そしてバジリカ

写真:大竹 進

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写真は魚醤工房の跡です。遺跡に残された壺に付着していた成分を調べた所、古代ローマに於いて主な調味料として使われていたガルム(魚醤)が作られていた事が判りました。

闘技場、魚醤工房そしてバジリカ

写真:大竹 進

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ティパサ遺跡にはジュピターを祀る神殿などがある一方、3つのキリスト教会堂があり、写真は4世紀に建設されたグラン・バシリカ(大聖堂)です。長さ58m、幅42mの大きなものですが、ティパサが荒廃した後は何世紀にも渡って石切り場と化していたため、使われていた石材の多くは失われてしまいました。

しかし創建時の規模を偲ばせるアーチが一部に残り、様々なデザインで彫られた柱頭が並び、モザイクで描かれた床が広がっています。

ネクロポリスとカミュの記念碑

ネクロポリスとカミュの記念碑

写真:大竹 進

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ネクロポリスとは墓地の事ですが、ティパサにも町に隣接したエリアにあります。写真は裕福な一族の円形墓で、多くの石棺を納めるスペースがあります。

ネクロポリスとカミュの記念碑

写真:大竹 進

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石棺は通常一人用ですが、これは珍しい二人用の石棺です。男性が先に亡くなった場合、妻も一緒に埋葬されました。

ネクロポリスとカミュの記念碑

写真:大竹 進

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ネクロポリスの先の眺めの良い所にノーベル賞作家アルベール・カミュの記念碑があります。「異邦人」「ペスト」などの作品でも有名なカミュはアルジェリア生まれで、彼はここティパサを愛し、新婚旅行でもティパサを訪れています。

この記念碑は彼の死後2年後に友人が作ったもので、カミュのエッセイ「結婚」の一節「ここには限りない愛と正義と栄光がある」が刻まれています。

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劇場と噴水、ローマ時代の道

劇場と噴水、ローマ時代の道

写真:大竹 進

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ローマ帝国が建設した町は、何処もインフラがしっかり整備されていて、どの町にも闘技場や劇場がありますが、ティパサにも先程ご紹介した闘技場よりも大きな2500人収容の劇場があります。

町の住民は日々闘技場や劇場で催される様々なイベントに拍手喝采して楽しんだ事でしょうね。

劇場と噴水、ローマ時代の道

写真:大竹 進

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ニンフェウムと呼ばれる半円形の巨大な噴水です。水道橋で山から運んで来た水が流れていました。長大な水道橋を建設して遥か遠方から都市へ水を運ぶ様な大規模な土木工事は、ローマ帝国お得意の技術です。

劇場と噴水、ローマ時代の道

写真:大竹 進

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町の東西を結ぶデクマノスと呼ばれるメインストリートです。建設以来2千年もの間、数え切れない程多くの人々がこの道を行き交い、すっかりすり減った石畳の表面がその長い歴史を物語っています。

モーリタニア王家の墓

モーリタニア王家の墓

写真:大竹 進

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ティパサ遺跡から車で15分程の所に、クレオパトラの娘セレーネの墓と言われるモーリタニア王家の墓があります。紀元前1世紀、この地を治めるためにローマ皇帝アウグストゥスから送り込まれたユバ2世の妻となったのが、世界三大美女の一人に数えられるクレオパトラとアントニウスの娘セレーネです。

ユバ2世は元々ヌミディア王国の末裔で、祖国がシーザーに滅ぼされた際に捕虜となり、ローマでローマ式の教育を受けました。
この巨大な円形墓はヌミディア時代から用いられていた様式で、外部は60本のイオニア式円柱で飾られ、高さ32.5m、直径60.9m、周囲185mの大きさがあります。

モーリタニア王家の墓

写真:大竹 進

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イオニア式円柱の間には巨大な石の扉の様に見えるものがあり、西南北の3ヵ所に造られていますが、実はこれは偽扉で、本当の入口は別の所にあります。

モーリタニア王家の墓

写真:大竹 進

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墓の本当の入口は東側にあり、偽扉と比べて遥かに目立たない造りになっています。墓の内部は「の」の字型の通路があり、中央に二つの墓室があります。

アルジェから車で1時間ちょっとで行けるティパサ遺跡は、首都から手軽に訪れる事が出来る世界遺産であり、モーリタニア王家の墓はクレオパトラの娘の墓というロマン溢れる遺跡です。
古代の歴史とロマンを今に伝える二つの遺跡、心を癒す真っ青な地中海、そんな素敵な場所へアルジェリアを訪れた際には是非訪れてみて下さい。

ティパサ遺跡とモーリタニア王家の墓の基本情報

<ティパサ遺跡>
所在地:アルジェの西70km
営業時間:9:00〜18:00
休業日:なし

<モーリタニア王家の墓>
所在地:アルジェの西55km
営業時間:9:00〜17:00
休業日:なし

2020年月7現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2020/03/11 訪問

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