知る人ぞ知る!奈良・世界遺産平城宮跡「特別名勝 東院庭園」

知る人ぞ知る!奈良・世界遺産平城宮跡「特別名勝 東院庭園」

更新日:2020/07/25 16:46

花月 文乃のプロフィール写真 花月 文乃 地域文化・民俗文化リサーチャー、グラフィックデザイナー、旅行ライター
奈良・世界遺産平城宮跡の東側、東南に知る人ぞ知る古代庭園があるのを知っていますか?

東院庭園は、発掘された庭園遺構の上に、宮内に存在した奈良時代の庭園をそのまま再現した優美な日本庭園です。日本庭園のルーツともいわれ、発掘にもとづいて復元された貴重な古代庭園として国の特別名勝にも指定されています。

そんな庭園ですが、拝観は無料!今回は、奈良時代の東院の姿を振り返りながら、東院庭園を歩きます。

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東院とは?

東院とは?

写真:花月 文乃

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平城京は、唐の都長安を見本に奈良につくられた奈良時代(710〜794)の日本の首都です。平城宮は、平城京の中枢部分で天皇の住まいや官公庁が集まる中枢施設でした。

1967年、平城宮東張り出し部分の東南に大きな庭園の遺跡が発見されました。遺跡が発見された場所は、奈良時代を通じて東宮、孝謙・称徳天皇の時代には東院と呼ばれた部分にあたります。この遺跡を復元整備したのが東院庭園です。

東院とは?

写真:花月 文乃

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東院には、皇太子の邸宅や宴会や儀式を開催する来迎館があったと考えられています。建部門(たけるべもん・東院南門)は東院への出入りに使われていた門で、復元されています。

「続日本書紀」には、聖武天皇(在位724〜749)が728年に曲水の宴を南苑で開催したという記述があります。称徳天皇(在位764〜770)の時代には、緑釉や三彩の瓦屋根で彩られた東院玉殿(玉宮)がこの地に建てられ、宴会や儀式が催されました。

光仁天皇(在位770〜781)の離宮・楊梅宮(やまもものみや)もこの場所にあったとされます。「続日本書紀」には、772年に彗星が南方に現れたので僧100人を楊梅宮に招き宴会を行い、777年には楊梅宮南池に祥瑞(しょうずい)の一茎二花の蓮が咲いたという記載があります。祥瑞とは、おめでたい吉兆です。

奈良時代には、為政者の政治がよければ天は祥瑞をもたらし、悪ければ自然災害や日食月食などの異変をもたらすと信じられていました。現在は、遺構保存から蓮は植えられていませんが、蓮が咲いた池は東院庭園の池にあたります。

復元建物を活用したガイダンス施設

復元建物を活用したガイダンス施設

写真:花月 文乃

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庭園入口には、発掘された遺跡の西建物が復元され、ガイダンス施設として使われています。

建物の構造体は古代建築として復元しながらも、内部にはガラスや鉄骨などの新建材を利用し、復元部分とそうでない箇所がすぐに区別できるように工夫されています。このような復元建物の活用は、平城宮跡では初めての試みです。

復元建物を活用したガイダンス施設

写真:花月 文乃

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施設内では、出土品や模型、パネル展示などを使い分かりやすく庭園を紹介しています。

復元建物を活用したガイダンス施設

写真:花月 文乃

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称徳天皇(在位764〜770)の時代に建てられた、東院玉殿(玉宮)に使われたと思われる三彩の丸瓦や緑釉の平瓦、軒瓦が展示されています。

日本庭園のルーツ!後期東院庭園

日本庭園のルーツ!後期東院庭園

写真:花月 文乃

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東院庭園は、奈良時代はじめに造営され平安時代はじめまで存在しました。奈良時代後期に大改修され、この大改修を境に庭園のデザインは大きく変化しています。改修前の庭園を前期東院庭園、改修後の庭園を後期東院庭園と呼びます。復元整備されているのは後期東院庭園です。

日本庭園のルーツ!後期東院庭園

写真:花月 文乃

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前期の庭園は直線的な石積護岸(いしづみごがん)をもち、水際沿いの池底には帯状の玉石が敷かれました。これらの特徴から、前期の庭園は7世紀(飛鳥時代)の園池の系譜に属します。

土砂が堆積して水面に出たところが洲です。庭園にこの趣きを写して池や流れの岸にゆるい傾斜で玉石を敷き並べた護岸手法(ごがんしゅほう)を洲浜といいます。

後期の庭園では池の形状は出入りが多くなり、洲浜の意匠や山水の景観をつくる築山石組が取り入れられました。その後、後期東院庭園の形は、平安時代以降の園池に受け継がれることになります。

日本庭園のルーツともいえる東院庭園は、2010年に特別名勝に指定されました。特別名勝とは、国が文化財保護法で指定した名勝の中でも特に価値が高い景観のものをいい、国宝と同格の意味を持ちます。

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朱塗りの正殿と澄んだ水が流れる曲水

朱塗りの正殿と澄んだ水が流れる曲水

写真:花月 文乃

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庭園に入ると池泉と朱塗りの中央建物が目に飛び込んできます。中央建物は、東院庭園の正殿で宴会や儀式の中心となったと推測されています。

朱塗りの正殿と澄んだ水が流れる曲水

写真:花月 文乃

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中央建物の西側に復元されている曲水は、前期のものだと思われていますが、庭園の特徴的な要素であるため復元の対象にされました。曲水の水は蛇行しながら、ゆるやかな傾斜をへて池泉に流れ込みます。

池泉の水は淀みなく澄んでいます。これは水が淀まないように9ヶ所に給水管を増設し、近くの宇奈多理坐高御魂神社の北西にある管理施設から最高1日3回、水を循環浄化して澄んだ水を保っているからです。

曲水の流れは、かつてこの場所で、曲水の宴が開催された時代のことを想起させます。

朱塗りの正殿と澄んだ水が流れる曲水

写真:花月 文乃

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庭園には、他にも隅楼と北東建物があります。中央建物には平橋が、北東建物には反橋がかかっています。これらの建物は、法隆寺や平等院鳳凰堂などの建物を参考に復元されました。

周辺には萩や柳の木などが、池にある中島には、松が植えられています。植栽は発掘調査から池の土を分析し、植えられていた木が特定されました。万葉集や懐風藻などの庭園に植えられていた植物の記録も参考に木の種類を選び、大きさや形は、平安時代の年中行事絵巻などの絵画資料を参考に、景観を考慮して再現しています。

奈良時代の古代庭園をそのまま体感!

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写真:花月 文乃

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北東建物にかかる反橋近くには、築山石組があります。築山とは、日本庭園に山水の景観をつくるため配置する人工の山で、古くは仮山といわれました。

奈良時代の古代庭園をそのまま体感!

写真:花月 文乃

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この築山石組は、日本で見られる最古の築山石組の遺構といわれています。さらに驚くのは、一部の石は実物が露出展示されていることです。

東院庭園の遺構は保護のために表面を土で覆い、その上に池や建物、橋などを原寸大で復元していますが、全てを土で覆うのではなく、石組みや景石の一部は露出展示されています。そのため、奈良時代の古代庭園の地形と風情をそのまま体感することができます。

奈良時代の古代庭園をそのまま体感!

写真:花月 文乃

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東院庭園に植栽された草木と朱塗りの建物との対比は美しく、曲線を描く優美な池の形状はいつまでもみていて飽きません。

東院庭園は、シンプルな中にも、日本庭園の源流となる美しさを発見することができる歴史的にも貴重な庭園です。平城宮跡を訪れる際は、ぜひ東院庭園まで足をのばしてみてください。

特別名勝 東院庭園の基本情報

住所:奈良県奈良市法華寺町554
アクセス:近鉄奈良線近鉄大和西大寺駅より徒歩30分

2020年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2020/07/15 訪問

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