愛知県「西尾城」に誕生した新名所は世にも珍しい折れた土塀

愛知県「西尾城」に誕生した新名所は世にも珍しい折れた土塀

更新日:2020/08/25 11:51

いなもと かおりのプロフィール写真 いなもと かおり 城マニア・観光ライター
愛知県西尾市には、江戸時代に幕府の譜代大名が代々藩主を務めた西尾城という城があります。平成になると城の整備が進められ、市民が集う憩いの公園として生まれ変わりました。園内には本丸丑寅櫓と鍮石門、天守台などが再建され、そして令和2年7月には新たな建物も完成! 全国的にも珍しい屏風折れの土塀もお披露目となりました。城にできた新名所とは? 西尾城の歴史や見どころと一緒にご紹介します。

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西尾城の歴史と城主

西尾城の歴史と城主

写真:いなもと かおり

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愛知県西尾市は、日本有数の生産地として知られる抹茶のまち。地域ブランドに認定された抹茶を使ったスイーツやカフェは多くの女性観光客を虜にしています。また、近年はアートの島として知られる佐久島も注目され、グルメ・おしゃれスポットとして脚光をあびるエリアです。

そんな西尾市を代表する観光名所の西尾城は、碧海(へきかい)台地の先端に築かれ、江戸時代には城下全体を堀や土塁で囲んだ総構えの構造をしていました。発掘調査を元に、平成8年(1996)には写真にある本丸丑寅櫓と、鍮石門(ちゅうじゃくもん)が再建され、そしてこの度、令和2年(2020)7月には新たな見どころとなる二之丸丑寅櫓と土塀が完成! 歴史ファンの間で今、話題になっているスポットなのです。

西尾城の歴史と城主

写真:いなもと かおり

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城の歴史を簡単にご紹介します!

西尾城は、三河守護に任命された足利義氏が13世紀前半に築いた西条城が前身となります。戦国時代には今川方や徳川方の領地となり、天正13年(1585)には徳川家の命で酒井重忠が城の大規模整備を実施。さらにその5年後には、代わって入城した豊臣家・家臣の田中吉政(岡崎城と兼任)によって城が拡張されました。

江戸時代になると初代藩主を本多康俊が務め、松平(大給)氏、太田氏、井伊氏といった譜代大名が藩主になる幕府の重要な拠点となります。次々と藩主が入れ替わりますが明和元年(1764)には落ち着き、6万石で入封した松平(大給)氏が明治に至るまで5代にわたって西尾の地を治めました。

ここに注目! 二之丸丑寅櫓と屏風折れの土塀

ここに注目! 二之丸丑寅櫓と屏風折れの土塀

写真:いなもと かおり

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令和2年7月に完成した新たな見どころは2ヵ所! 二之丸の北東に建つ丑寅櫓と、丑寅櫓と天守台を繋ぐ土塀です。

「二之丸丑寅櫓」は、高さ8.3mの二重三階の建物で、東面に出窓が付いており窓の底面は穴から反撃ができる「石落とし」になっていました。また、櫓から城内側に向かって攻撃することはないため、南西面には窓がついていないのが特徴です。

明治の廃城令で建物が取り壊され古写真も残っていませんでしたが、専門家が絵図や文書史料をもとにできるだけ史実に沿った建物を推定して再建されています。(※なお、内部に入ることはできません。)

ここに注目! 二之丸丑寅櫓と屏風折れの土塀

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復元されたこちらの土塀は、全国的にも珍しい「屏風折れの土塀」です。西尾城には何枚か絵図が残っていますが、1644年〜48年の間に藩主が幕府へ提出した「正保城絵図」には、この屈折した土塀が描かれていました。

直線だった土塁を部分的に張り出させることで、死角をなくし、鉄砲の的中率を高める効果があります。実は、この折れた土塀は全国的にも珍しい構造で、復元されている城はほんのわずか! この土塀をひと目見たいとお城愛好家たちも熱い視線を送っています。

ここに注目! 二之丸丑寅櫓と屏風折れの土塀

写真:いなもと かおり

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張り出した部分を内側から見るとこのような形状です。土塁を登ってきた敵兵を横から狙うことができます。なお、危険なため土塀のある土塁上には登ることができませんので、ご注意ください。

他の城とは違う特徴! 二之丸にあった天守

他の城とは違う特徴! 二之丸にあった天守

写真:いなもと かおり

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西尾城の一番の特徴といえば、天守が本丸ではなく二之丸にあった点です。二之丸よりも本丸の方が高い位置にあるため、本丸の櫓からは天守を見下ろすことになってしまうのに‥‥とても不思議な配置です。

「正保城絵図」によると、天守の高さは15m、天守台の石垣は12mだったと記されています。発掘調査では天守台最下部の石垣が発見されており、見つかった石を一部だけ再利用する形で高さ6mの天守台が再現されました。

他の城とは違う特徴! 二之丸にあった天守

写真:いなもと かおり

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再利用された当時の石は、なんだか異彩を放つようようなオーラがあります。天守台の内(園内)側にあるので、ぜひ探してみてください。

併せて行きたい! 旧近衛邸と資料館

併せて行きたい! 旧近衛邸と資料館

写真:いなもと かおり

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西尾城内には、都で権力を持った近衛家の邸宅の一部が京都から移築されています。「旧近衛邸」は、数寄屋造りの書院と茶室からなる江戸時代末頃の建物です。

左大臣も務めた近衛忠房は薩摩藩・島津斉彬の娘を妻にもらい、さらには自身も島津家出自の母を持つ島津家とゆかりの深い人物です。そのご縁からこの邸宅も、島津家によって建てられたと伝わります。

明治以降は皇族家の別邸として使われ、最終的には天理教京都河原町大教会の手に渡りました。昭和には改築に伴う解体が決まりましたが、取り壊しを惜しんだ西尾文化協会が移築し、市へ寄贈しました。

併せて行きたい! 旧近衛邸と資料館

写真:いなもと かおり

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書院は10畳と8畳の二つの間からなり、天袋絵画などの意匠はとくに見事! 一見の価値ありです。柔らかな表情が見られる欄間や床(とこ)など、雅で格式高い雰囲気を感じることができます。

また、室中では西尾名産の抹茶や上生菓子をいただくこともでき(有料)、枯山水の庭園やその先に見える本丸丑寅櫓を眺めながらゆったりとした時間を過ごせますよ。

併せて行きたい! 旧近衛邸と資料館

写真:いなもと かおり

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西尾の歴史を知りたい方、展示物を見たい方は、併せて西尾市資料館も訪れてみましょう。昭和52年(1977)に姫丸跡地に開館した資料館では、西尾城の絵図や藩主の手紙、二之丸御殿で使用されていたと伝わる杉戸、発掘調査で出土した遺物が見学できるほか、地域の学習の場として市内にある他の遺跡で見つかった考古資料などが展示されています。

ちなみに、本丸の水堀や本丸丑寅櫓を眺める絶好のポイントでもあるため、窓から見える景色もお見逃しなく!

隠れた東海の名城「西尾城」

隠れた東海の名城「西尾城」

写真:いなもと かおり

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愛知県といえば名古屋城や岡崎城、犬山城、清洲城、長篠城など知名度の高い名城が肩を並べます。一方で、西尾城は一般的にはそれほど知られていませんが、実は見どころがたくさんある隠れた名城なのです。

今回ご紹介できなかった城下町散策も面白く、尚古荘や城下の町並み、総構えの土塁が一部残る弥生町などお立ち寄りスポットも満載! 愛知県西尾市にある「西尾城」を歩く歴史旅がおすすめです。

西尾市歴史公園の基本情報

住所:愛知県西尾市錦城町231-1
電話番号:0563-54-6758(旧近衛邸)
開館時間:園内の散策は自由
・本丸丑寅櫓‥‥9:30〜16:00
※二之丸丑寅櫓へは入ることはできません。
・旧近衛邸‥‥9:00〜18:00(10月〜3月は17:00)、抹茶の呈茶時間は10:00〜16:00
・西尾市資料館‥‥9:00〜17:00
休館日:旧近衛邸、西尾市資料館‥‥月曜日(祝日を除く)、12/29〜1/3  
アクセス:
・名鉄西尾駅より六万石くるりんバス 平坂中畑線または寺津矢田線に乗り「歴史公園北」バス停下車徒歩すぐ。
・名鉄西尾駅より徒歩15分。

2020年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2020/07/28 訪問

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