写真:藤井 麻未
地図を見るこじんまりとして見える資料館の建物だが、その中に入ると、想像以上の空間に驚くだろう。1階の受付を済ませてまず目に入るのが立派な門構えの商家。これは関東大震災以前の鼻緒の製造卸問屋だ。このように表通りに面した大店(おおだな)を表店(おもてだな)といい、当時はさぞ客で賑わったことだろう。入口は江戸時代から伝わる建築法で造られ、戸袋が無いため間口を広々と使った様子もよく分かる。
写真:藤井 麻未
地図を見る展示物のほとんどが実際に使用されていたもののため、当時の店舗の雰囲気をリアルに体感することができる。鼻緒問屋ののれんを潜ると左半分は作業場部分だ。壁にかかる沢山の鼻緒に注目してみよう。当時の下駄での生活には必需品だった鼻緒は、季節や流行ごとに様々なデザインのものが作られた。足元のオシャレに気を遣うのは当時の下町女子たちも現代の女子たちも変わらないのかもしれない。
写真:藤井 麻未
地図を見る右半分は帳場だ。帳場は商家にとって最も重要な場所であったため、主人と番頭以外はここに座ることが許されなかったという。帳簿をつけたり勘定をするところが帳場格子(ちょうばごうし)で囲まれている様子もよく分かる。樫(かし)や欅(けやき)といった丈夫で重い木材で造られた銭箱、使い込まれたそろばん、縁起物の招き猫などがリアルで、まるで主人の目を盗んで帳場を覗いている気分になれる。
写真:藤井 麻未
地図を見る通りを挟んで鼻緒卸問屋の向かいに並ぶのは大正時代の長屋だ。狭い路地に肩を寄せるようにして平屋造りの建物が連なっている。手前にあるのは年老いた母と娘が2人で営む駄菓子屋。今ではなかなか見かけなくなったレトロな風情たっぷりの駄菓子を見れば、なんだか懐かしい気分になる。
店いっぱいに並ぶのは、駄菓子の他に紙風船やめんこ、おはじき、ベイゴマなどのおもちゃ類。多くは1銭(1円の100分の1)ほどで買えるものばかりだった。近所の子供たちはこういった駄菓子屋に集い、お菓子を食べたりおもちゃで遊んだり・・・毎日賑やかな声が響いていたに違いない。
店舗は同時に生活の場でもあった。奥にはちゃぶ台やたんすなどの生活道具が置かれた居間兼寝室、そして七輪や釜などの置かれた台所があり、狭い空間を効率よく使っていたことが分かる。
写真:藤井 麻未
地図を見る続いて薄板一枚を隔てて繋がっているのが、鍋ややかん、湯沸かし器など銅製の器具を作っていた銅壺(どうこ)屋だ。面白いのは作業場。金属片を溶かすために必要な石組みの炉や炭、鞴(ふいご)など、私たちの暮らしではまず出会うことの無い様々な道具が、まるでたった今までそこで作業をしていたかのように置いてある。生活に必要な道具を修理しつつ大切に使っていたこの時代には無くてはならない仕事であった銅壺屋。その一部分を垣間見ることができる。
写真:藤井 麻未
地図を見るここには4人の職人一家が暮らしていた。駄菓子屋と同じく作業場のすぐ隣に生活スペースが繋がっている。壁には古時計が時を刻み、習い事に使う三味線用の桐箱が立てかけられていたり、長火鉢にはお茶やお燗の準備も整っている。こういった昔の生活の一部にお邪魔した気分になれるのは、ここならではの楽しみの1つだ。
写真:藤井 麻未
地図を見る下町風俗資料館では、建物だけでなくその空間までもが再現されている。上述の駄菓子屋と銅壺屋は長屋に隣り合って生活していたが、限られた資源やスペースのため多くのものを共同で使っていた。例えば井戸。トイレなどは各戸にあったものの、洗濯や飲用水には共同の井戸を使っていた。井戸のそばには、貝殻の穴が水切りに丁度良いためせっけん皿に用いたアワビの殻や洗濯板などが置かれている。
写真:藤井 麻未
地図を見る下町の長屋暮らしでは路地のスペースも共同で使われていた。ここでは、そういった共用の裏路地の風俗がまた面白い。
狭い路地には洗濯ものが干されているが、物干し竿も譲り合って使われていたのだろう。地面に置かれた植物は、明治時代にブームとなった観賞用のユリ科の植物「万年青(おもと)」、薬用にも用いられた「雪の下(ゆきのした)」など。軒下に吊るされているのは、胃薬や香り付けの薬味、蚊よけにもなった陳皮(ちんぴ・乾燥させたみかんの皮)、洗濯のりや洗髪に用いた布海苔(ふのり・紅藻を煮て網状に固めたもの)、ほおずきなど。自然のものをうまく使った当時の人々の知恵には驚かされる。
路地を進んで行くと、左の長屋からは細く流れる小唄の音が聞こえてくる。まるで本当に当時の路地裏に迷い込んだような気分だ。下町では小唄や義太夫などを習う人が多かった。明治末期から大正時代には娘義太夫が人気となり、これに入れ込んだ男性が稽古に通ったという。
写真:藤井 麻未
地図を見る今でも東京の下町を歩くと、街角に小さなお稲荷さんを見かけることが多い。お稲荷さんは江戸時代には商売繁盛の他、土地や屋敷の守り神として盛んに祀られるようになり、その名残が明治、大正、そして現代へと引き継がれている。ここでも下町文化に欠かせない存在のひとつとして、路地の一画に小さなお稲荷さんが再現されている。
写真:藤井 麻未
地図を見る続いて2階へ上がってみよう。まず目につくのは、古びた木造の番台や引き戸、板間の床などが空間ごと再現された銭湯のエントランスだ。脱衣籠やレトロな体重計も含め全て実際に台東区内の銭湯で使われていたもの。大正末期に上野で営業していた「稲乃湯」の看板や昭和20年代の五右衛門風呂など、今では見ることのできない貴重なものも。ちょっと一風呂浴びに来た、そんな下町生活の風情溢れる一画となっている。
奥には昭和10〜30年代に一般的だった民家の部屋をそっくりそのまま再現している。ブラウン管テレビ、旧式の炊飯器、ミシンにちゃぶ台、黒電話など、既に私たちの生活からは姿を消してしまったアイテムが並ぶ。窓の外に割烹着が干されているのもリアルだ。実際にこの空間に身を置いてみると、なんだか不思議と居心地が良い。古き良き下町の庶民生活に思いを馳せてみるのもなかなか楽しいものだ。
写真:藤井 麻未
地図を見るこの他2階では下町地域ゆかりの歴史に関する資料、庶民生活や年中行事に関する資料なども展示されている。昭和時代の学生生活に関する展示や戦時下の生活に関する展示など、具体的なアイテムを見ながら解説を読めば、当時のことを詳細にイメージすることができる。
さて、今回は上野公園の不忍池畔にある「下町風俗資料館」をご紹介した。時代が移り変わり、生きた下町の生活は徐々に失われつつある。この小さな資料館には、そんな下町スピリットがギュッと凝縮されている。古き良き時代へタイムスリップしに、ぜひ訪れてみてはいかがだろうか。
住所:東京都台東区上野公園2番1号
電話番号:03-3823-7451
開館時間:午前9時30分〜午後4時30分 (入館は午後4時まで)
休館日:月曜日(祝休日と重なる場合は翌平日)
12月29日〜1月1日
特別整理期間等
2020年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。
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