縁結びだけじゃない!古代出雲の真の姿を荒神谷と加茂岩倉遺跡に垣間見る!

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縁結びだけじゃない!古代出雲の真の姿を荒神谷と加茂岩倉遺跡に垣間見る!

縁結びだけじゃない!古代出雲の真の姿を荒神谷と加茂岩倉遺跡に垣間見る!

更新日:2014/06/17 17:21

村井 マヤのプロフィール写真 村井 マヤ 中国・九州文化的街並探検家

出雲は、神話の国だ。高円宮典子様が嫁がれる千家国麿さんの家も天照大御神の子孫だという。皇室も同じく天照大御神の子孫なので、何千年の時を経て同じ先祖を持つお二人が結ばれることになる。
縁結びの神様である出雲大社の宮司を代々務めるお家柄という千家家。典子女王様との縁組は出雲大社が結んだ大きなご縁といえよう。そんな出雲大社を頂く古代出雲ってどんな国だったのだろう?ロマンと神秘の旅へ出かけてみよう。

出雲大社の宮司を務める国造家(こくそうけ)って?古代出雲国での役割って?

出雲大社の宮司を務める国造家(こくそうけ)って?古代出雲国での役割って?

写真:村井 マヤ

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典子様のお相手の千家国麿さんは、現在(2014年6月)出雲大社の禰宜(ねぎ)という職位に就かれている。禰宜は一般的に宮司の下位で、権禰宜(ごんねぎ)の上位職にあたる。出雲大社の宮司は、国麿さんのお父様千家尊祐(たかまさ)氏である。尊祐氏は、国造職を継ぎ出雲大社の祭祀を司っているのだ。この国造(こくそう、こくぞうまたはくにのみやっこ)とは古代日本においては、地方を治める官職であり、地方の支配者であった。大化の改新後は、主に祭祀を司る世襲制の名誉職となった。したがって、千家家は古代出雲の支配階級であり、ヤマト政権、吉備国に匹敵する勢力を持った古代の支配者ということになる。

大国主命の国譲り神話と出雲大社

大国主命の国譲り神話と出雲大社

写真:村井 マヤ

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有名な国譲り神話によると、大国主命が国譲りの条件として出したのは「大空にそびえる立派な神殿」を建てることだった。この神殿こそ天日隅宮(あめのひすみのみや=出雲大社)である。そして、これを祀ったのが天照大御神の勾玉から生まれた2番目の男神天穂日命(あめのほひのみこと)である。ちなみに最初に生まれた男神が皇室の祖先天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)だ。出雲国造は、始祖を天穂日命として、2代をその子天夷鳥命(アメノヒナトリノミコト)と続く。

その後国造は南北朝時代までは一子相伝であったが、以後2氏に分裂する。それが千家氏と北島氏だ。19世紀後半までこの両国造家は並立して、平等に祭祀の職務を分担していた。

出雲大社の東側、北島国造館から真名井の清水にかけての長い土壁と旧社家群がある通りを「社家通り」と言う。社家とは、代々特定神社の神職につく家のこと。
この社家通りには「北島国造館」などがあるので、出雲大社詣でをした際立ち寄るといい。静かで風情ある家々があり、にぎやかな神門通りとは違う厳かで美しい雰囲気を漂わせている。一味違った出雲大社観光スポットである。
真名井の清水は、出雲大社のご神水で、島根の名水百選の一つでもある湧水である。

社家通り
島根県出雲市大社町杵築東194

古代出雲国の強大な勢力?を示す遺跡群!荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡

荒神谷遺跡は、昭和59(1983)年、農道建設にともなう事前調査の結果銅剣358本、銅鐸(どうたく)6個と銅矛(どうほこ)16本が発見された。注目すべきは、銅剣の出土数である。発見された当時の全国の総出度数300本余り。この発見は、弥生時代の青銅器研究を覆すものとなった。現在荒神谷遺跡には、荒神谷史跡公園・博物館がオープンしていて、歴史的景観を守りつつきれいに整備されている。考古学ファンの方ならもうすでに訪れている場所であろうが、自然に触れ合い歴史に思いを馳せるだけでも楽しめる場所だ。学習室や研修フロアも使用でき、バーベキューコンロなども貸してくれる。遺跡以外の楽しみも多い。

荒神谷史跡公園・博物館
島根県出雲市斐川町神庭873-8、TEL 0853-72-9044
開園時間9時〜18時、年中無休、入園料無料。
博物館は、開館17時まで、年末年始(展示室は毎週火休み)、基本入館料無料だが、史料室は有料。(詳しくは荒神谷博物館のHP参照)

古代出雲国の強大な勢力?を示す遺跡群!荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡

写真:村井 マヤ

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国宝!国内最多の銅鐸(どうたく)出土、加茂岩倉遺跡

国宝!国内最多の銅鐸(どうたく)出土、加茂岩倉遺跡

写真:村井 マヤ

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平成8(1996)年、こちらも農道の工事中に偶然発見された。狭い谷道の奥まった崖の中腹が出土地点である。ここで詳しく考古学研究のことには触れないが、そもそも銅鐸に模様があったこと、時代によって微妙に形や用途が違うことなど学べて興味深い。
荒神谷遺跡も加茂岩倉遺跡もいまだに解明されていない謎の多い遺跡だ。ただ、この両遺跡は出雲国の存在価値を大きく見直すものとなったのは確かである。遺跡の場所やその埋蔵された状態を直に見ることで、また違った感慨を持たれることだろう。

加茂岩倉遺跡ガイダンス
島根県雲南市加茂町岩倉837-24、TEL 0854-40-1073
開館時間:9時〜17時
休館日:毎週火曜

加茂岩倉遺跡の銅鐸発見の状況

加茂岩倉遺跡の銅鐸発見の状況

写真:村井 マヤ

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銅鐸が発見されたときの状況(復元)。
銅鐸はいずれも入れ子状態で発見された。加茂岩倉遺跡ガイダンスに行くと、銅鐸のレプリカがあり、銅鐸に施された模様など見ることができる。

ヤマト政権も一目置いた出雲国

出雲には、上記両遺跡のほかにも個性的な遺跡が多い。考古学や歴史の深い知識がなくても、両遺跡は見ていただきたい。国宝級の出土品は、島根県立古代出雲歴史博物館に所蔵されている。ゆっくり遺跡を見られない方は、出雲大社から歩いて行ける距離の博物館にだけ立ち寄ってもいい。
ただし、感動は実際見た方が大きいので、遺跡群を見てから、出雲大社や博物館に行くことを提案したい。出雲国とヤマト政権の関係は、複雑で簡単には語れない。しかし、特出した遺跡群や国譲りの神話を見ても、特別な存在であったと推測される。縁結びだけでない、歴史的にも意味深い出雲大社と遺跡群。ミステリアスでロマンチックな旅の始まりである。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/04/16 訪問

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