写真:浅井 みら野
地図を見る箱根で一、二を争うほど美術館が多く集まる仙石原に箱根ラリック美術館があります。目の前にはバス停があり、周囲は住宅やホテルに囲まれていますが、ひとたび美術館の敷地内に足を踏み入れれば、そこは静寂さが漂う森の中。ラリックも愛した自然を身近に感じられる環境です。
提供元:箱根ラリック美術館
地図を見るブローチ《シルフィード(風の精)あるいは羽のあるシレーヌ》 1897–1899年頃
フランスのシャンパーニュ地方で生まれたラリックは、19世紀後半から20世紀前半のアール・ヌーヴォーとアール・デコが台頭した時代に活躍したデザイナー。16歳で宝飾細工師に弟子入りし、その腕は30代の時にフランスの最高勲章を受章するほどでした。
しかし、ラリックの名前がより知られるようになったのは、彼が40歳を過ぎてからの話。1900年のパリ万博で、ジュエリー作家としてグランプリを獲得した後、次第にジュエリーからガラス工芸品に専念するようになり、数々の香水瓶をデザインしていきます。箱根ラリック美術館では、ラリックの生涯を網羅する約1,500点もの作品を収蔵しており、常設展では約230点が展示されています。
写真:浅井 みら野
地図を見るラリックが香水瓶を手がける以前、19世期末から20世期初頭の香水瓶 アダチヨシオ コレクシオン
企画展「ドラマチック・ラリック」では、ラリックが手掛けた香水瓶を紹介しており、作品を通してどんどんデザインの自由と可能性の枠が広がっていく様子が見られます。実はこちらの美術館では香水瓶に特化した企画展は今まで開催されたことがなく、ラリック生誕160年と美術館の開館15周年を記念するにふさわしい豪華な内容です。
1908年、香水商フランソワ・コティの依頼によりラリックは香水瓶と出合います。当時の香水瓶(写真)はシンプルな形に優雅なラベルを施したものが主流で、どれも似たようなデザインでした。
写真:浅井 みら野
地図を見る香水瓶《シクラメン》 1909年 コティ社
ラリックがコティのために初めてデザインしたのは、バカラ社製の香水瓶に溶着するガラス製のラベルでした。スイカズラの花から、花の精がふわりと舞い上がるような様子を描き、その香りから想像する可憐さや優美さを表現したのです。
香水は大ヒットし、ラリックは瓶全体のデザインに着手します。香水瓶《シクラメン》は形からしても従来の香水瓶とは異なる作品。さらに全体にラベルを貼っていないことで、シンプルながら伸びやかなラインが際立ち、柔和な印象を受けます。
写真:浅井 みら野
地図を見る香水瓶《シクラメン》(部分) 1909年 コティ社
目に見えない香りを表現しようとしたラリックの試みは、こちらにも。瓶には凛と咲くシクラメンと、その香りを楽しもうとする妖精の様子が。なんとも楽し気な、香水をまとう前から明るい気持ちになるデザインです。
写真:浅井 みら野
地図を見る企画展の見どころのひとつが、異彩を放っているウォルト社の香水瓶5連作。左から作品名をつなげると「真夜中に、夜明け前に さよならは言わない。私は戻ってくる、あなたのもとへ。」という叙情的な詩になっているのです。
写真:浅井 みら野
地図を見る香水瓶《ダン・ラ・ニュイ》 1924年 ウォルト社
さらに瓶ひとつにもラリックらしい遊び心が。《ダン・ラ・ニュイ(真夜中に)》は宙のような青に無数の星が散りばめられた愛くるしいデザイン。しかし、よく見ると星の部分は透明になっていて、入れる香水によって瓶の色が変化するのを楽しめます。
写真:浅井 みら野
地図を見る香水瓶《ジュ・ルヴィアン》 1931年 ウォルト社
そして復刻されるほど人気だったのが、ローズやジャスミンのほか、貴重なヒヤシンスなどフローラルをふんだんに取り入れた《ジュ・ルヴィアン(私は戻ってくる)》。第二次世界大戦の際、愛しい恋人や想いを告げたい大切な人へ贈ろうと兵士たちが買い求めた香水です。
この香水を付けるたびに贈り主の顔がよぎった女性もいたはず。再会する約束を言葉ではなく、香水に託す。想いを伝えたい当時の人々の背中を押した作品です。
写真:浅井 みら野
地図を見る香水瓶《来たるべき日》 1919年 アリス社とその広告
《ジュ・ルヴィアン》のように当時の時代背景を知ることで、香水瓶に忍ばされた物語がより雄弁になります。「そのため企画展の展示方法も工夫して、当時の雰囲気が伝わるよう香水の広告も収集し、実物と一緒に展示しています。当時のパリの様子が感じられますし、よく見ると広告に使用されているフォント(文字)も一枚一枚が香水瓶の雰囲気によって変えられていてオシャレなんですよ」と話す、学芸員の林田さん。
また香りは脳の深い部分や感情を左右するほどの影響力があり、プルースト効果ともいわれています。特定の香りを嗅ぐことで昔の記憶が蘇ったり、気持ちが安らいだりすることも。
《来たるべき日》と名付けられた香水の広告は、香水瓶を女性が両手で包み込む様子が描かれています。よく見ると香水瓶には、その女性と女性を愛おしそうに抱きしめる男性の姿も描かれており、香水をつけるとふたりの幸せな思い出が蘇り、来たる特別な日を想像させます。あえて透明な瓶にしたことで「あなたはこの香水でどんな思い出を作っていきますか?」と、持ち主に語りかけてきそうです。
写真:浅井 みら野
地図を見る見ごたえ十分な企画展ですが、視覚だけでなく嗅覚も楽しめるよう工夫が施されています。1931年に発売された《ジュ・ルヴィアン》の香りを復刻しており、当時の調香を体験できる貴重な機会です。
写真:浅井 みら野
地図を見る鏡コーニス《アカシア》 1925年
そして、その近くにさり気なく展示されている鏡《アカシア》もラリックの作品。「実は美術館が所蔵しているなかでも、初めて展示する作品なんですよ」と、秘密を漏らす林田さん。ガラス工芸から空間デザインへと発展を遂げるラリックの振り幅の広さに最後まで感嘆してしまいます。
提供元:箱根ラリック美術館
地図を見る企画展の期間中、美術館に併設しているカフェ・レストラン「LYS(リス)」では、ラリックがデザインした《ダン・ラ・ニュイ》をイメージしたスイーツがいただけます。丸っこい外見が可愛らしく、味だけでなく見た目も楽しめるメニューです。
ジュエリーから香水瓶へ、ラリックが手掛けた作品は女性の生活に彩りを、男性に愛を伝える表現を与えました。持ち主に寄り添って、その人の日常にちょっとした物語(ドラマ)を演出してくれるのが、ラリックの幅広い作品に共通することなのかもしれません。ぜひ訪れた際は、ラリックが創り上げたデザインとドラマが共存する世界を堪能してみてはいかがでしょうか。
2020年10月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。
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