悪病退散とも縁深い恵比寿駅そばの新富士坂と界隈史跡めぐり

悪病退散とも縁深い恵比寿駅そばの新富士坂と界隈史跡めぐり

更新日:2020/10/01 10:02

雲本 らてのプロフィール写真 雲本 らて 散歩ブロガー、坂道探検家
JR恵比寿駅界隈は歩いてみると高低差に富み坂道も多いエリアです。そんな駅からすぐの場所には疫病が蔓延している今だからこそ注目しておきたい坂道があります。「新富士坂」と呼ばれ、都内だけでも疫病よけなどと縁深い場所や坂道はいくつかありますが、ここもその仲間ともいえ、知る人ぞ知る坂道です。今回はそんな新富士坂を中心に界隈の坂道や史跡などについてもいくつか取り上げてみたいと思います。

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新富士坂とは?

新富士坂とは?

写真:雲本 らて

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「新富士坂」は、JR恵比寿駅からなら徒歩4分ほどの場所にあります。恵比寿駅の繁華街と住宅街の境あたりから西側へと緩やかに上っている坂道です。坂の名前の由来は、坂上あたりに新富士があったことからそう呼ばれるようになったという説が有力です。ただ現地には、坂の名前が記された看板はないため、ここは新富士坂という名前以外にも、「中山坂」や「観音坂」と呼ばれているなど諸説あることも付け加えておきたいと思います。

新富士坂とは?

写真:雲本 らて

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新富士坂の坂上あたりは、目黒区の別所坂の坂上とも合流しています。新富士坂の名前の由来ともなった新富士といえば、「目黒の新富士」として地域では別所坂と紐付けて語れることが多いです。

ちなみに新富士とは、江戸後期の幕臣近藤重蔵がこの付近の自邸内につくった、現在の代官山にある目切坂上の目黒“元富士”に対して“新富士”の名で呼ばれた立派なミニ富士のことで、多くの観光客が訪れる名所にもなっていたそうです。なお別所坂の坂上でもあり新富士坂との合流地点でもある場所に、目黒の”新富士”に関する案内看板もありますので探してみるのもいいでしょう。

悪病退散と縁深い場所

悪病退散と縁深い場所

写真:雲本 らて

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新富士坂の途中には、馬頭観世音菩薩をおまつりしているお堂があります。ここが悪病退散と縁深い場所です。現地には、お堂の横に「馬頭観世音」と書かれた案内看板もあります。

看板の説明によれば、享保4年(1719)にこの辺りで悪病が流行り、これを心配した与右衛門という人が、馬頭観音に祈って悪霊を退散させ、その後、石で観音をつくり安置したのがはじまりで、その後も村人が毎年念仏講を続けたので周辺に再び悪病が流行ることはなかった、というのがこの馬頭観世音の縁起とのこと。

ちなみに、新富士坂の別名として「観音坂」とも呼ばれているということをはじめの方で触れましたが、その坂名はこの馬頭観世音に由来しています。

悪病退散と縁深い場所

写真:雲本 らて

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なお新富士坂の途中には、「日本基督教団・聖徒教会」も隣接しています。教会なのでふらりと訪れるわけにはいかないかもしれませんが、平田建築設計事務所の設計による有名建築でもありますので、建築好きの方はぜひチェックしておきたい教会だと思います。

新富士坂の道しるべ

新富士坂の道しるべ

写真:雲本 らて

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新富士坂は、坂名がいつ頃からついたのかは不明ですが、目黒・麻布を経て江戸市内に入る最短の道で、江戸時代から存在している別所坂とも坂上で合流していることから、多くの観光客が通る主要道路であったことはたしかです。

新富士坂の道しるべ

写真:雲本 らて

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新富士坂の坂下あたりには、小さなお堂と石碑があります。石碑は大昔のみちしるべを今に伝えるためにそのまま残しているもので、お堂の横には「道しるべ」と書かれた案内看板もあります。

石碑は、江戸時代中期の安永8年(1779)にたてられたもので、中央に南無阿弥陀佛、その右側にゆうてん寺道、左側に不動尊みちと書かれてあります。なお石碑の台座には道講中と刻まれていることから、道標の役割とともに交通安全についても祈願しつくられたものであると考えられます。ちなみに現在の新富士坂はゆうてん寺道にあたります。

<新富士坂の基本情報>
住所:東京都渋谷区恵比寿南3丁目および目黒区中目黒1と2の間
アクセス:JR・恵比寿駅からから徒歩4分

恵比寿駅に隣接しているいなり坂

恵比寿駅に隣接しているいなり坂

写真:雲本 らて

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新富士坂を歩いたついでにまわれる坂道として「いなり坂 」があります。JR恵比寿駅の南西側に隣接している坂道で、西口からなら徒歩1分ほどの駅近です。坂道からは山手線の電車も見ることができます。

ここも新富士坂同様、坂道の名前の由来が書かれた看板などはありませんが、坂の途中にある福徳稲荷社が坂名の由来という説が有力です。福徳稲荷社は江戸時代にはすでに存在したとされ、諸説ありますが、800年前に創建された神社と言われています。ちなみにこの神社、言い伝えが多いことでも知られています。例えば、老婦人がお告げで祠の修理や整頓をしたところ、彼女の大病が数日のうちに治ったとか、恵比寿駅の建設工事の際、職人の中には境内で立ち小便をしたり、絵馬をたき火にして燃やしたりという行為もあったそうですが、その後立ち小便をした職人は死んでしまったり、たき火をした者たちも怪我をしたり原因不明の熱が出たりするなどしたという伝説が残っています。

なおこの福徳稲荷社の地下には今も古墳が残っていることでも知られています。

※福徳稲荷社は2020年9月時点では建替工事のため立入り不可になっています。

<いなり坂の基本情報>
住所:東京都渋谷区恵比寿南1
アクセス:JR・恵比寿駅からから徒歩1分

えびす像も見てみよう

えびす像も見てみよう

写真:雲本 らて

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恵比寿駅西口には、待ち合わせスポットにもなっているえびす像もあります。七福神の一人である恵比寿天の像で、昭和50年に東京恵比寿ライオンズクラブによって建てられたものです。いかにも縁起がようさそうですね。ここまできたら、せっかくですので坂道散歩とあわせて縁起物のえびす像もみて帰るといいかもしれないですね。

実は縁起のいい場所が多い新富士坂界隈

今回は、恵比寿駅からもすぐの場所にある新富士坂を中心に界隈の史跡などを取り上げてみました。新富士坂沿いには馬頭観世音や聖徒教会、いなり坂沿いには福徳稲荷社など、実は祈ることのできる場所がひっそりと存在している場所でもあり、そういう視点でみてみるのもおもしろいと思います。ぜひ恵比寿駅界隈を歩いたときはこれらの坂道や施設のことも思い出してみてください。

2020年9月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。

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