一茶のふる里 信濃町、句碑を巡るだけでも一茶がわかる

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一茶のふる里 信濃町、句碑を巡るだけでも一茶がわかる

一茶のふる里 信濃町、句碑を巡るだけでも一茶がわかる

更新日:2014/06/17 15:34

長野県の信濃町は、小林一茶のふる里。町のPRキャラクターまで「一茶さん」だ。「やせ蛙 まけるな一茶 是にあり」「雀の子 そこのけ〜 御馬が通る」など、一茶の句を知らぬ人はいないだろう。64歳で、この地に没するまでに、その数2万を超す俳句を作った江戸時代の代表的な俳人だ。その俳句を記した句碑が、信濃町の町内だけでも軽く100を超す。この句碑を辿るだけでも、小さな「一茶の旅」が楽しめ、一茶がわかる。

駅から句碑 通りの名も「一茶通り」

駅から句碑 通りの名も「一茶通り」
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JR信越本線の黒姫駅。この駅名も、もともとは一茶の生地である「柏原」だった。
駅のプラットフォームに「やれうつな 蝿が手をすり 足をする」、昔ながらの駅舎を出た所には、「蟻の道 雲の峰より つゞきけん」の碑。駅舎の向こうに黒姫山、妙高山が見える。
「一茶通り」と名付けられた駅前の商店街を行くと、民家の前に、「福来る 門や野山の 笑額」。少し先に進み、立体交差左側の小高い丘になっているところが小丸山公園だ。ここには一茶が眠る墓と一茶記念館がある。
公園の入口には「是がまあ つひの栖か 雪五尺」。柏原は雪が深く、北国街道でも隣の新潟県への入口までが雪の難所だった。

記念館で「一茶」がわかる

一茶記念館に寄ってみよう。
記念館へ向かう坂道を登る左手に柏原小学校がある。ここに句碑「雪とけて 村一ぱいの 子ども哉」。いかにも小学校にふさわしい一句。
記念館は1960年(昭和35年)に開館して、10年余り前に新館が建てられ、一茶の生い立ちから、教えてくれる。入口に『おらが春』の真筆の碑が立つ。

一茶は、1763年(宝暦13年)に、北国街道・柏原宿のこの地に生まれた。1827年(文政10年)に亡くなる。晩年こそ、この地で終えたが、3歳で生母を亡くし、8歳で継母を迎えた幼年は恵まれていない。カエルやスズメ、アリなど、小さな生き物に託した平明でのびのびとした句の裏側に、そんな幼年時代があった。
継母に馴染めず数え15歳の春、江戸へ奉公に出される。そこで俳諧と出会い、20歳ころから俳句の道をめざす。俳句指導をして生計を立てるようになるものの、貧乏と隣り合わせの暮らしだった、という。

修行のために遠く近畿・四国・九州を歴遊、知人・交友を広げている。39歳で帰省したが、父親が1ヶ月ほどで病死、遺産相続を巡って継母と争うことになる。50歳を越して、ふるさとに永住するまで、10年以上にわたって、継母・弟との財産争いが続いた。和解が出来た後に結婚するが、若い妻との間にできた子供3人はいずれも幼くして亡くなり、妻まで死ぬ。最期も、家庭的には恵まれなかったようだ。

写真は、信濃町のPRキャラクター「一茶さん」。

記念館で「一茶」がわかる

「一茶ふるさと案内人」のボランティアガイドも

記念館の展示は、一茶が書き残した真筆の作品や旅帳などを中心に、一茶の俳句の世界、一茶のふる里の歴史まで、ぎっしりと「一茶」が詰まっている。一つ一つの展示を丁寧に見学していたら半日に及ぶだろう。
記念館の2階の吹き抜けのガラス窓からは、雄大な黒姫、妙高に飯綱、戸隠の山並みが見られる。
5月から10月までの日曜、祝日にはボランティアの「一茶ふるさと案内人」の人たちが記念館や周辺のガイドもしてくれる。

一茶記念館 
開館期間 3月20日〜11月30日(通常営業)
休館日  年末年始
※12月1日〜3月19日の間も年末年始を除き見学は可能。
 但し、土・日・祝日に見学する場合は、事前に電話(026-255-3741)で予約が必要。
開館時間 午前9:00〜午後5:00
入場料  おとな(高校生以上) 500円(20人以上の団体450円)
     こども(小中学生)  300円(  〃    260円)

「一茶ふるさと案内人」のボランティアガイドも
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俳諧寺から墓 明専寺へ そして終焉の旧宅

記念館の裏口を出ると、小丸山公園だ。
一茶の旅姿の像が立つ奥に、一茶を慕って建てられた俳諧寺がある。

俳諧寺は、昔の人たちが一茶にあやかって、句会を催したといい、お堂の天井には、ここを訪ねた著名な俳人たちの作品が掲げられている。脇には「初夢に 古郷を見て 涙かな」の句碑。

一茶の墓は、この俳諧寺のすぐ裏手。「小林家一族の墓」との標識を入っていくと、簡素な墓がある。ここからさらに裏手の細道を辿っていくと、一茶の菩提寺である明専寺がある。なかなか広壮な境内に、馴染みのある句碑。「我と来て 遊べや親の ない雀」。

明専寺の門をくぐると、国道18号線に出る。
角に郵便局。ここの句碑は「やせ蛙…」である。
18号線を南へ。八十二銀行の支店前には「ゆうぜんとして 山を見る 蛙哉」。
なぜかカエルは、この町にも多い。

小丸山公園から10分足らずのところに、一茶の終焉の旧宅がある。相続争いの末に得た住まいは、柏原の大火で焼けてしまった。最期は焼け残った土蔵で迎えた。
「門の木も 先つゝがなし 夕涼」

俳諧寺から墓 明専寺へ そして終焉の旧宅
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おわりに

黒姫駅から一茶記念館にかけては、あちらを見ても、こちらを見ても、一茶である。
なお、一茶記念館では、一茶の誕生日とされる5月5日に「一茶まつり」を、また命日の11月19日には「全国俳句大会」を開いている。芭蕉の「奥の細道」は東北だが、矢立は持たずとも、一茶の信濃路をお楽しみください。

この記事の関連MEMO

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/05/28−2014/06/03 訪問

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