神さまのお休み処!?珍しい信仰が残る奈良市「都祁」で神社・古墳めぐり

神さまのお休み処!?珍しい信仰が残る奈良市「都祁」で神社・古墳めぐり

更新日:2020/12/17 14:27

乾口 達司のプロフィール写真 乾口 達司 著述業/日本近代文学会・昭和文学会・日本文学協会会員
奈良市の東方に「都祁」と呼ばれる地区があります。山々にかこまれた都祁の地は、古代、闘鶏国造が君臨した「闘鶏国」のあったところとされ、ほかではなかなか見られない珍しい信仰の形態が残されています。今回は都祁の地に点在する神社や古墳をご紹介し、都祁の地の豊かな歴史に触れてみましょう。

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巨石信仰を残す都祁山口神社

巨石信仰を残す都祁山口神社

写真:乾口 達司

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「都祁(つげ)」は、奈良市の東方に位置する地域。山々にかこまれた都祁の地は、
2005年の市町村合併によって奈良市に編入されるまで、「都祁村」という独立した行政区でもありました。その都祁には、古代、神武天皇の皇子・神八井耳命の末裔とされる「闘鶏国造(つげのくにのみやつこ)」がおさめる「闘鶏国(つげのくに)」があったとされ、それゆえに古代の息吹を感じさせる神社や古墳がいまなお各所に残されています。

その代表格としてまずご紹介したいのが、こちらの「都祁山口神社(つげやまぐちじんじゃ)」。都祁山口神社は大山祇神を主祭神とし、創建の年代は不明ながら、闘鶏国造がこの地に氏神としてまつったことにはじまるとされます。

巨石信仰を残す都祁山口神社

写真:乾口 達司

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都祁山口神社で注目していただきたいのが、本殿の裏山にある巨石。これは「御社尾の磐座」と呼ばれているもので、かつて当社の境内に鎮座していた都祁水分神社の水分神が白龍のいでたちで降臨した地とされます。

巨石などの自然物を崇拝の対象としている意味で、都祁山口神社は古代の信仰形態をいまに残す社であるといえます。

巨石信仰を残す都祁山口神社

写真:乾口 達司

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御社尾の磐座へは、ご覧のような木の根道を登っていきます。本殿からだとせいぜい5、6分の距離ですが、普段は参拝者もいない森の奥にあるため、誰にも邪魔されずに拝むことができますよ。

禁忌の地である「森神さん」

禁忌の地である「森神さん」

写真:乾口 達司

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写真は遠方から都祁山口神社の森を撮影したものですが、手前に数本の樹木が茂っている叢林があること、お気づきになるのではないでしょうか。

こちらの叢林は「森神さん」と呼ばれており、樹木の伐採を禁忌としている聖域です。

禁忌の地である「森神さん」

写真:乾口 達司

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「森神さん」を近くで見てみましょう。わざわざ田んぼに張り出すように区画されていることがわかりますね。本来であれば、開墾されてしまうようなところですが、周囲をブロックでかため、あえて残していることからも「森神さん」がいかに神聖な場所として大切に守られているか、おわかりいただけるでしょう。

禁忌の地である「森神さん」

写真:乾口 達司

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ささやかな敷地には、都祁山口神社と向き合うように鳥居も建てられており、「森神さん」が都祁山口神社と深いかかわりを持つ聖域であることがうかがえます。

<都祁山口神社・森神さんの基本情報>
住所:奈良県奈良市都祁小山戸町
アクセス:東名阪自動車道「針インターチェンジ」より車で約15分

点々と連なる国津神社の「やすんば」

点々と連なる国津神社の「やすんば」

写真:乾口 達司

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しかし、「森神さん」のような禁忌の聖域は、何も都祁山口神社にだけ見られるわけではありません。都祁山口神社の北東に位置する「国津神社(くにつじんじゃ)」にも「森神さま」に類する聖域があります。

「森神さん」に類する聖域は、国津神社では「やすんば(休んば)」と呼ばれており、白石国津神社の東方数百メートルのところに鎮座する「雄神神社(おがじんじゃ)」とのあいだに計4ヶ所残されています。「やすんば」は神さまが国津神社と雄神神社とを往来する際に休むところとされています。

点々と連なる国津神社の「やすんば」

写真:乾口 達司

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写真は雄神神社側から国津神社方面を撮影したものですが、田畑のなかに点々とある叢林が「やすんば」です。

神さまがここで休みながら神社間を往来するとは、神秘的だと思いませんか?

点々と連なる国津神社の「やすんば」

写真:乾口 達司

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「森神さん」と同様、「やすんば」も田畑のなかに残されています。やはり禁忌の地とされていることが、おわかりいただけるでしょう。

<国津神社・やすんばの基本情報>
住所:奈良県奈良市都祁白石
アクセス:東名阪自動車道「針インターチェンジ」より車で約5分

「やすんば」の先にある雄神神社

「やすんば」の先にある雄神神社

写真:乾口 達司

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そんな「やすんば」の先にあるのが、雄神神社。雄雅山・雌雅山とから成る野々神岳のふもとに鎮座しています。

「やすんば」の先にある雄神神社

写真:乾口 達司

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拝殿には「金銀銅鉄」と記された扁額が掛けられています。ここからは雄神神社が金属や鉱物と深いかかわりを持つ社であることが推察されます。

珍しい扁額ゆえ、お見逃しなく。

「やすんば」の先にある雄神神社

写真:乾口 達司

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注目したいのは、雄神神社には、拝殿の奥にあるはずの本殿がないことです。ご覧のように鳥居が一つあるだけ。すなわち、雄神神社は野々神岳自体をご神体としてまつった社なのです。

この形態は三輪山自体をご神体とする大神神社と同じですが、やはり古い神社の形態をとどめたものであり、珍しいものであるといえます。

<雄神神社の基本情報>
住所:奈良県奈良市都祁白石
アクセス:東名阪自動車道「針インターチェンジ」より車で約5分

闘鶏国造たちの墳墓か?三陵墓古墳群

闘鶏国造たちの墳墓か?三陵墓古墳群

写真:乾口 達司

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神社に古い信仰の形態が見られるように、都祁には古墳もたくさん残されています。

とりわけ、ご覧いただきたいのが、写真の「三陵墓古墳群(さんりょうぼこふんぐん)」。円墳の西古墳と南古墳、前方後円墳の東古墳の三基からなる古墳群で、その規模から、古代の闘鶏国をおさめた闘鶏国造たちの墳墓と考えられています。

闘鶏国造たちの墳墓か?三陵墓古墳群

写真:乾口 達司

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現在、東古墳と西古墳は整備され、墳丘には円筒埴輪も多数復元されています。

神社ばかりに目を奪われず、三陵墓古墳群にも足を運びましょう。

<三陵墓古墳群の基本情報>
住所:奈良県奈良市都祁白石
アクセス:東名阪自動車道「針インターチェンジ」より車で約10分

都祁の地をめぐり、古代の息吹を感じよう!

都祁がいかに豊かな歴史を有する地域であるか、おわかりいただけたでしょうか。古い信仰の形態をとどめる神社あり、古代の闘鶏王国の繁栄をしのぶことのできる古墳群あり。都祁の地をめぐり、いまでは失われた古代の息吹を感じてみてください。

2020年12月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2019/04/20 訪問

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