秀吉・立身出世のきっかけとなった!大垣市の一夜城「墨俣城」

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秀吉・立身出世のきっかけとなった!大垣市の一夜城「墨俣城」

秀吉・立身出世のきっかけとなった!大垣市の一夜城「墨俣城」

更新日:2014/06/25 15:23

直 旅道のプロフィール写真 直 旅道 トラベルコーディネイター、通訳案内士(英語)

時は永禄9年(1566年)。信長は美濃(岐阜)の斉藤攻めのための拠点造りを筆頭家臣の柴田勝家らに命をくだすも、敵の強い抵抗にあいこれがことごとく失敗。
そこでしゃしゃり出た若き秀吉「御館様−!このさるめが一晩で城を作ってみせましょうぞ!心・配・ご・無・用!!ハハハ」と。周囲の冷ややかな目線をもろともせず、本当に一晩でつくってしまったといわれるのがこの大垣市に位置する墨俣城(一夜城)であります。

本当に一夜でできたかは諸説ありますが・・・

本当に一夜でできたかは諸説ありますが・・・

写真:直 旅道

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当時秀吉が建てたものは、天守閣をもつ立派なものではなく、戦のための前線基地になる砦のようなものと言い伝えられ、信長もここに入城し、斉藤攻略の指揮をしたとあります。
現在、この地には平成3年に城郭天守の体裁を整えた歴史資料館が作られており、墨俣城築城と秀吉の関係を示す書類や模型が展示されていまして、歴史好きにはもちろん地元の子どもたちの学習の場としても広く活用されております。

岐阜の街が見渡せます。斉藤の城である稲葉城(岐阜城)もよく見える(視力がよければ)

岐阜の街が見渡せます。斉藤の城である稲葉城(岐阜城)もよく見える(視力がよければ)

写真:直 旅道

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館内は5階建てとなっており、墨俣の歴史や築城の様子の資料が展示されたり、映像や音声を利用したマルチメディア解説もあります。5階の展望デッキからは、岐阜の街が360度よく見渡せます。当時の敵の城であった稲葉山も長良川の向こうに見ることができます。
信長が斉藤家を滅ぼした後、その稲葉山にはいり地名を岐阜としたのが岐阜市のはじまりです。
その後信長は、楽市楽座令を城下にだし、岐阜の城下町は空前の好景気に沸くこととなります。

桜の時期には多くの人がやってきます。団体旅行の観光バスも見かけます。(撮影時は新緑の季節)

桜の時期には多くの人がやってきます。団体旅行の観光バスも見かけます。(撮影時は新緑の季節)

写真:直 旅道

この一夜城周辺には 桜並木がありまして、桜の季節には観光バスも来て大変賑わいます。
屋台も並び、ほろ酔い気分で散策する人も少なくありません。
(写真は5月の桜並木。桜は終わっても新緑がきれいです)
 
桜並木街道の下に駐車場があり、観光バスもとめることができます。駐車場の横は広々とした、河川公園にもなっていますので普段でもここで子どもたちや親子連れのファミリーが元気よく遊んでいます。

墨俣からちょっと足をのばしてみよう・・・PLANT6

墨俣からちょっと足をのばしてみよう・・・PLANT6

写真:直 旅道

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墨俣城から歩いて10分ほどで、地元ではちょっと有名な「プラント6」という大型スーパーがあります。ここはいつも混んでいます。福井県が本社の会社で上場企業です。あえて何もないようなところに大型店をつくるというコンセプトでTBSの情報番組「がっちりマンデー」でも紹介され「がっちり!!」とかなり儲かっている模様です。プラント1から6まであり、数が大きいほど大型という意味でここにあるのはまさに最大級の大型店「プラント6」です。中に入ると食料品はもちろん、工具、衣料、自転車、電化製品、本、薬などが、ところ狭しと並べられ、何がメインなのかわからないような品揃えとなっております。
どこかアメリカンな雰囲気もするお店。ちょっとのぞいて見ても面白いですよ。名古屋の王道B級グルメ「すがきやラーメン」も入っています。

おわりに

秀吉が走った、立身出生街道の第一歩。
歴史好き・秀吉好きにははずせないスポットです。
長良川沿いの趣のある墨俣城で、若かりし頃の秀吉(藤吉朗)の夢に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/05/31 訪問

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