しまなみ海道とは一味違う魅力!とびしま海道、下蒲刈島巡り

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しまなみ海道とは一味違う魅力!とびしま海道、下蒲刈島巡り

しまなみ海道とは一味違う魅力!とびしま海道、下蒲刈島巡り

更新日:2014/06/25 15:02

村井 マヤのプロフィール写真 村井 マヤ 中国・九州文化的街並探検家

米旅行サイト選定の7大サイクリングコースにも選ばれた「しまなみ海道」。
そのしまなみ海道の少し西側、呉市の安芸灘の美しい島々を巡るのが、今回ご紹介する「とびしま海道」です。2008年11月、豊島大橋の開通をもってとびしま海道は、愛媛県岡村島までを5つの橋で渡れるようになったのです。今回は、下蒲刈(しもかまがり)島の歴史と文化を中心に、静かで美しい港の風情をお楽しみ下さい。

歴史と自然に恵まれた、蘭の島!下蒲刈

歴史と自然に恵まれた、蘭の島!下蒲刈

写真:村井 マヤ

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呉市から、とびしま海道の玄関である安芸灘大橋を渡ってすぐ、白崎園という展望公園があります。とびしま海道の全貌や、下蒲刈島の散策案内板などがあるので、もし車や自転車で行かれる方は参考にされたらいいでしょう。

とびしま海道の島々は、主要道路がほぼ海沿いにあり、走るだけで美しい海の景色を眺めることができます。時間がなければ、ただ車で走るだけでも楽しめる最高のドライブコースなのです。天気がいいと青く美しい海が静かに煌めき、島独特の懐かしい風情に癒されます。

下蒲刈島は、安芸広島藩の朝鮮からのお客を迎える海の玄関

下蒲刈島は、安芸広島藩の朝鮮からのお客を迎える海の玄関

写真:村井 マヤ

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ミカンの島として有名な下蒲刈島ですが、江戸時代には、瀬戸内海航路の重要な港で、オランダの貿易船が寄港したり、朝鮮通信使が立ち寄り宿泊したりした場所でした。三之瀬地区は、本陣跡や朝鮮通信使の宿泊所跡などが残っています。当時の通信使へのご馳走の膳を再現した「ごちそう一番館」や復元した江戸時代の番所などが見られる資料館「松濤園(しょうとうえん)」があります。下蒲刈島の朝鮮通信使への歓待ぶりは、「安芸蒲刈御馳走一番」と言われるほどだったといいます。ぜひ、足を運んで見て下さい。松濤園については(下記MEMO蘭島文化振興財団公式HP参照)

下蒲刈島(三之瀬)へのアクセス
呉駅からJR呉線で9分、広駅下車。バス停広駅前から瀬戸内産交バス「中国労災病院発とびしまライナー」で22分「三之瀬」下車。松濤園は、バス停からすぐです。

蘭の島、蒲刈島!足利義満も立ち寄った港街

蘭の島、蒲刈島!足利義満も立ち寄った港街

写真:村井 マヤ

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下蒲刈島は、古くから潮待ち、風待ちとして栄えましたが、18世紀後半に、播州高砂で松右衛門帆(織帆)などが開発されると状況が変わります。丈夫な帆布が出回ることで、船は下蒲刈島の三之瀬を通過し、大崎下島の御手洗港へ寄港するようになりました。その結果、三之瀬港は衰退していくのです。
したがって古い建物などはあまり残っていませんが、蘭が自生し、豊かな自然に恵まれた島は美しい所です。かの室町幕府の将軍義満も、寄港した記録のある歴史ある風雅な島なのです。ちなみに蒲刈とは、蘭の花の時期が過ぎた後の、沢山出来た蒲の穂を刈り取ったことに由来するそうですよ。
松濤園周辺には、蘭島閣美術館や三之瀬御本陣芸術文化館などの文化施設があるので、時間が許せば覗いてみてもいいでしょう。(下記MEMO蘭島文化振興財団公式HP参照)

(上の写真は、上蒲刈島へ架かる橋、蒲刈大橋です。)

オランダ使節団もこの雁木から上陸した?江戸時代の長雁木

オランダ使節団もこの雁木から上陸した?江戸時代の長雁木

写真:村井 マヤ

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江戸時代に本陣の一環として作られた長雁木は、当時は長さ約113m、11段(現在は長さ約55.5m、14段)ありました。福島正則が幕命で作ったことにより、「福島雁木」とも呼ばれます。参勤交代をする西国大名や琉球・朝鮮はたまたオランダ使節も、江戸への往路、復路ともにこの島に寄港し、この長雁木から上陸したのです。今の静けさからは、江戸時代の繁栄ぶりは想像できません。
その頃の旺盛ぶりを知るためにも、上記で紹介した資料館などに立ち寄られたらいいのではないでしょうか。

浅野藩の接待所であった下蒲刈島を偲ぶ・・

浅野藩の接待所であった下蒲刈島を偲ぶ・・

写真:村井 マヤ

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実は、これまで紹介してきた資料館などは、新しく作られたものが多いのですが、そんな中でも長雁木などは多少縮小されたものの、当時の姿を留めています。また近くにある「丸木家住宅」は、藩政時代の接待所であった下茶屋役宅と思しき武士の邸宅です。御茶屋は、「上の茶屋」と呼ばれる高台にあったものと、「下の茶屋」と言って本陣北側の海岸の雁木に沿って設けられた二種類あったようです。丸木家住宅は、築250年以上経ており、建物の造りや古地図の下茶屋の範囲内にあったことなどから、御茶屋を管理する武士の役宅と思われています。江戸時代の建築様式を知るのに良い機会になりそうですよ。

下蒲刈島南部の梶ヶ浜でキャンプもできる!

下蒲刈島の南部には、梶ヶ浜という200mも続く美しい弧を描く白い砂浜もあります。文化施設や歴史散策をしたら、ちょっと寄り道してもいいでしょう。海開きは6月下旬だそうですよ。炊事棟やトイレ、シャワーを完備していてキャンプもできます。また古民家風コテージもあり、田舎体験もできます。(詳細は、下記MEMO海駅三之関参照。)

まだまだ魅力ある「とびしま海道」ですが、まずは最初の島である下蒲刈島の歴史と文化の旅をご紹介しました。栄華を極めた古い港の風情は、今昔物語として心に残る旅になるでしょう。

掲載内容は執筆時点のものです。 2013/11/29 訪問

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